Page.39「不明瞭」
暫く音沙汰もなく申し訳ありませんでした……!!
「───うぐっ……眩、しぃ……」
窓から差し込む陽の光が刺激となり、たまらず目を覚ます。
ゆっくりと身体を起こし、刺激を避けるために陰となっている位置まで移動する。
「あっ……ご、ごめんねクロエ君?!まさか光が直撃するとは思わなくて……!」
「……いや、おかげで目が覚めたから結果としては助かったよ、ありがとう」
唐突に陽の光が差し込んだ原因は、シエラがカーテンを開けたから。
直撃するかしないかくらいの微妙なところだな……うん、仕方がないなこれは。
なんてことを考えていると不意に、息を殺して笑う声が聞こえてきた。
「プックック……だとしてもあんなにピンポイントで陽の光を浴びることはねぇだろ普通。相変わらずお前は運がねぇよなぁ?」
「……引きずり出して窓から捨てるぞ」
声のトーンを僅かに落として言葉を投げかけると「ちょっ、それは勘弁」と俺の影の中から自ら進んで姿を現したのは、クローだ。
「クロエ君、窓から投げるとさすがに下にいる人が驚いちゃうんじゃないかな……?」
「それもそうだなぁ、やめておくか」
「いやっ、心配するところそこじゃなくね?!」
冗談で言っていると解っていても、ちゃんと反応してくれる辺りクローは良いヤツだと思う。
───コイツも“悪魔”だとは、到底思えない。
「……ってあれ、なんか聖女様の喋り方、この前と違くないか?あと雰囲気も……だいぶ明るくなったな?」
「……クローって、人の数倍は洞察力が鋭いよな。フゥもそうだけど、人の変化に気付くのが早い。それが、ほんの些細なことであったとしても……」
感心する俺に対しクローは「そりゃここまで違えばさすがに気付くだろ。あと、お前は逆に気付かなさすぎだ。それに……俺は人間じゃないからな?」と答える。
「ん〜……どことなく、犬っぽい?」
『人ではない』というクローの言葉から何を思ったのか、ポツリとシエラはそう呟いた。
「あ、それは何となく分かるかも。クローはなんていうか……チワワとかポメラニアンとか、その辺の犬っぽさがあるんだよなぁ……」
「だぁれが小型犬じゃいっ!!!なに、俺が弱いって言ってんのか!?遠回しの嫌味かっ!?!」
なぜだろう、クローにまくし立てるように言い返されると同時に、脳内で簡略化された子犬が結構な勢いで吠えてる光景が浮かんだぞ……?
……それよりも、だ。
クローが“弱い”と言われてると思った理由は『弱い犬ほどよく吠える』っていう言葉から連想したからなのか。
いや、決して“弱い”なんてことはない。
「そんなこと言ってないから安心しろ、お前が強いことは俺がよく知ってる」
「そっか……なら、良い」
……なんか、急に大人しくなったな……。
「あはは……カッコいいと思うよ……?あと犬は強くて、賢いらしいし……」
『らしい』ということは、シエラはまだ犬すら直接見たことはないか……猫ならルブランの街中を歩けばどこにでも居るけど確かに、犬を見かけることはあまりないな……。
「あー……俺は犬ほど賢くはねぇよ。……また話が逸れたか。で、聖女様の喋り方、本当に変わったな?」
「あ、えと……実は…………」
クローからの質問に、どこか恥ずかしそうにしながらもシエラは、事情を話し始めた。
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「……ほぉ?そんなことがあったのか。良いことじゃねぇか!」
一通り説明を聴いたクローは心底嬉しそうにニカッと、笑顔を咲かせた。
「……からかったりしてくるかと思ったけどそれはしないのな」
内心、話し終えた途端にからかわれるんじゃないかと気が気じゃなかったんだけど……どうやらそれは杞憂だったようだ。
「純粋にめでたいことに対してからかうかよ。むしろ祝福すべきだろ、特に身近な存在の幸せであれば、な?あとはま、誰かが幸せそうにしてるのを見ると、こっちも温かい気持ちになるじゃねぇか」
クローのくせに、良いことを言うなぁ。
温かい気持ちになる、か……『妬ましい』とか『羨ましい』なんていう歪んだ感情ではなく、純粋に人の幸せを喜んでる辺り、この“悪魔”は人を守護る存ざ───
「ただし不幸は笑うぞ」
「やっぱお前最低だなぁ!?」
……前言撤回、コイツは単にタチの悪い“悪魔”だ。
相変わらずだな、そういうところは。
都合の良しで行動を変える自分勝手な“悪魔”。
最初に出会ったときから、コイツは───
「ん……クロエ、どうかしたか?」
「……いや、なんでもない」
思い返そうとしたけど、途中でやめた。
───同時に、あまり思い出したくないことまで思い出してしまいそうになるから。
「……そっか」
クローはただそう一言返しただけで、それ以上の言及はなかった。
シエラの方はそんな俺達二人の様子を不思議そうに眺めていたが何も訊こうとはせず───
「そろそろフゥ君達も起きてる頃かな……?」
───首を傾げながらそう尋ねてきた。
「さすがに起きてるんじゃねぇか?」
クローがそう言い終わると同時、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「三人とも、起きてるかー?」
フゥの声だ。
「ん、あぁ起きてるよ」
俺がそう返すと
「お、大丈夫そうだな。クレアも食堂で待たせてるから来いよなー」
フゥの声はそれだけを言い残し、遠ざかっていった。
「起きてたみたいだね?」
「さぁ、どうだろう」
「ふむ、どうだかなぁ?」
シエラの言葉に、俺とクローはほぼ同時に否定する。
否定されるとは思ってもみなかったのだろう、シエラはキョトンとした表情を見せた。
「普段は鈍感なお前も気になったか。なぁクロエ、お前はどの点が怪しいと思った?」
クローがどこか挑発的な目を向けてくる。
鈍感は余計だバカ。
僅かにムッとしてしまったがすぐに気を取り直して、ひとまず頭の中を整理していくことにした。
「……最初にノックしてきたとき、三人ともって扉の向こうの声は言った。普通に考えて、クローは滅多に出てくることのない存在だし、それにこの部屋は元から俺とシエラの二人でしか取っていない。それをフゥは知ってるはずだ。アイツも勘は鋭いけど中に居る人の正確な数までは把握できないはずだろ、それこそ魔法か何かを使っていない限りは……」
「だが今は非常事態というわけでもないからわざわざそんなことをする必要もないってことだな?」
そういうことだと、俺は頷く。
「それで、クローの方は?」
「……あのクレアって子を一人にすると思うか?しないだろ、さすがのアイツでもそんなこと。生憎とこの短い期間のことしか知らねぇけど、アイツが離れたのはあの子が眠ってるときくらいで、それ以外は常に一緒に居ただろ」
「た、確かに……!」
……俺が眠ってる間にクローが乗っ取っていったときのことが主だから俺自身は全く知らんけどシエラが納得してる辺りそうなのか。
「それに食堂に向かうにはどのみちここを通る。そのときに声を掛けてくれば……」
クローの話を遮るかのように、コンコンと二回、落ち着いた音がこちらに届く。
それに続く二つの声。
「クロエもシエラも起きてるか?そろそろ朝ご飯、食べに行こうぜ」
「私もうお腹ペコペコだよ……」
念の為に声の主を確認しようと、扉を開けに向かう。
扉の先に居たのは、見知った二人。
「お、まだ支度終わってないのならもう少しだけここで待っとくぞ?」
「あ、あぁ……でもクレアが『今にも死にそう』って顔してるから急いだ方がいいだろ?……う〜ん、フゥ達がここに居るってことはさっきのは一体、誰だったんだ……?」
俺の言葉にフゥは「……何の話だ?」と問い掛けてくる。
「つい数分前にもお前の声が、俺達を呼びに来た。残念ながらそのときは姿は見てないんだけどな」
俺の代わりに、いつの間にか後ろまで来ていたクローが説明してくれた。
「あ、お前も居たのか。っていやそうじゃなくて、たった今来たばかりだぞ俺ら……」
「でも確かに聞こえてきたの、扉の向こうからフゥ君の声が。……フゥ君の声だけだったし他にも色々とおかしいなって思うことが多くて、さっきまでクロエ君達が考えてたんだよ」
訝しげに眉をひそめるフゥにシエラがすかさずフォローに入る。
「……その話、事実なんだよな?」
フゥからの質問に、俺達はそれぞれ力強い頷きで返した。
「そうか……あー、食堂に向かいながらでもこの話はできそうだ。とりあえず先に支度だけ済ませてきてもらってもいいか?このままだとクレアが餓死する可能性があるんでね」
「うぅ〜……」
「人間そんな簡単に死んだりしないだろ」と言い返してやりたかったが弱々しく唸るクレアに申し訳ないと思い、どうにか踏み止まることにした。
「すぐ終わらせるから待っててくれ」
「あいよ〜」
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さっさと着替えを済ませ、部屋を後にする。
食堂へ向けて歩いていると不意に、フゥが口を開いた。
「───一人だけ、心当たりのあるヤツが居る。何が目的で、とかはさすがに解らないがどうせこういうことをするのはアイツだけだろうし、まず第一、他にできるヤツが居ない」
どうやら俺達が支度している間にもフゥはずっと、先程の出来事について考え込んでいたらしい。
「やけに自信があるんだなぁ?」
「フゥの知り合いなのか……?」
俺とクローが質問を投げ掛ける。
「別に自信があるってわけじゃないがまぁ、色々思うところがあって……一応、顔馴染みではあるよ。俺としては、極力連みたくはない相手だがな」
その言葉を聴きながら、俺達は食堂へと足を踏み入れた。
空いている席を探すためにあちこちに視線を向けていると───
「……ん」
フゥが何かを見つけたのか、スタスタと迷うことなく足を進めていく。
その行動に驚きつつも、俺達はフゥの後をついて行くことにしたのだった。
そしてフゥは、ある一つのテーブル席の前で立ち止まると不機嫌そうにこう声を掛けた。
「……どうせお前なんだろ、クロエ達に声を掛けに行ったのは。───どうなんだ、ロプト」
そのテーブル席に座っていたのは昨日俺達を危機を救ってくれた、あの従業員の男。
今にも貫かれそうなフゥの鋭い眼差しを前にしても男は決して臆することなく、ただ軽く口元に笑みを浮かべただけで。
───その瞳には、真っ直ぐな光が宿っていた。




