Page.38「抱えた想い」
遅くなってしまい、申し訳ありませんでした!!!
今回はいつもの数倍長いのでどうぞ、自分のペースでお読みいただけると幸いです……!!
皆それぞれ食べたい料理を頼み、運ばれてくるのを待ちながら雑談をする。
「鈍すぎるのかな俺……」
「クロエが鈍感なのは今に始まったことじゃないだろ」
分かってはいたことだけど、それを口にして欲しくはなかったなぁ?
「ま、お前の場合は仕方のないことなんだろうがなー?」
「……それはフォローしてるのか?」
目の前に座るフゥは「してるつもり〜」と雑に返してきたけど、『つもり』はしてないのと同じだからな!?
長い溜め息を吐きながらガクッと肩を落とす俺の様子を見て、シエラはクスクスと笑っている。
「なんつーか……モヤモヤしてたものが取り除かれて、晴れて自由になったって感じだなー?」
「純粋に嬉しそうなシエラを見るのは、いつぶりかなぁ……」
そんなことを言うフゥとクレアの表情にも、笑顔が浮かんでいる。
「……見てて楽しい?」
ずっと笑い続けているシエラに、俺はそう声を掛けた。
「えっと……クロエ君が落ち込んでるの、なんだか可愛いなぁって思ったからつい……」
「どこが!?」
勢いで返すと目の前の二人が、
「「そういう反応が」」
と言ってきた。
俺には可愛さ要素なんてゼロだっての。
というか、そんなもの別になくても……
「か……があろうがな……前は……るだろ」
フゥが何か言っているらしいが、周りの音が急に騒がしくなったせいでほとんど聞き取れなくなっていた。
「な、なんて!?」
俺が聞き返す仕草をするとフゥは眉間にシワを寄せ、不機嫌そうな顔を見せる。
原因は一つ。
俺の方から見て斜め前のテーブル席に座る男達だ。
「ギハハハッ、それはマジでハンパねぇっスわセンパイ!」
「だろぉ!?あんときのアイツの表情と来たら……クククッ……」
「先輩もヒトが悪いですねぇまさか押しかけるとは……」
なんの話をしているかは定かじゃないがとにかく騒がしい。
「あの人達、また来てるのね……あ、お待たせしました。えぇと、ほかの料理はもう少し待っていただけると……」
いつの間にか給仕係の女性が料理を運んでやって来ていた。
「あ……ありがとうございます……」
俺とシエラの頼んだ料理が先に来てしまったか……まぁ、皆揃って食べたいし、待つとす───
「あっ、あれ……フゥ君?!」
……忽然と、フゥの姿が視界から消えた。
「───なぁ、ちょっといいか?」
───かと思えば、喧騒の原因である男達のテーブル席に立っているのが見えた。
「あァ?なんだお前……」
「───周りのヤツらが迷惑してるんだ、少し静かにしてくれないか?」
フゥにしては珍しく丁寧に、頼み込んでいる。
……と、いうことはつまり───
「ハッ、誰がお前みたいなヤツの言うことなんぞ聞グハァッ」
───すこぶる機嫌が悪いということだ。
「よ、容赦なくグーで……」
「あれは……相当怒ってるなぁ……」
シエラと話している間にも、目の前では乱闘が繰り広げられている。
とはいっても、フゥは相手の攻撃を難なく躱しているわけだけど。
周りに居る誰もが加勢しようとはせず。
いやまぁこれは……加勢しない方が正解だろうなぁ……。
「フゥ君、昔から食事中に騒がしかったりすると大人相手でもお説教してたから……宴会のときは、度が過ぎる人にだけだったけど……」
あぁ、それは昔からなのね……
「返答次第では穏便に済ませられたはずなんだけどなぁ……?」
「う〜ん、どうだろう……」
「だ、ダメなの……!?」
シエラの言葉にクレアは頷きで返し、またフゥの方に視線を戻した。
「チッ、全然当たりゃしねェ……!」
「そりゃぁ動きが単調だからなー……バーカ」
軽やかな動きで男達の攻撃を躱していたが、その一つ一つの攻撃の間にできた僅かな隙に、フゥは右手を前に突き出した。
スッ───と、淡い翡翠を宿す瞳が、一瞬にして琥珀のように鮮やかな色を帯び始める。
「───“捕縛せよ”」
そんなフゥの口から耳慣れない言葉が聞こえたかと思うと突然、辺りの影から鎖が現れ、男達を絡め取った。
「なっ、なんだぁッ!?」
「クソッ……外れ、ねぇ……!!!」
ガシャガシャと、男達が暴れる度に鎖が擦れて音を出す。
しかしどれだけ暴れようとも、その鎖が外れる気配は全くなかった。
「……なんなんだ、アンタ……」
男の一人の問い掛けにフゥは面倒くさそうな表情を浮かべ、渋々答える。
「俺か?……フゥ・ティーグル。お前らには、“大災厄の悪魔”って言ったら伝わるのか?……まぁ、どんな存在が相手であろうと、侮るのはオススメしないなー……?」
周りの空気が瞬時に凍りついたのは、さすがの俺にも伝わってきた。
あぁ、そうか……ルブランでの皆の対応が当たり前だと思っていたけど……本来は、こんな…………
───皆一様に怯えたような表情を浮かべる中、唯一“大災厄の悪魔”を前にしても表情を変えることのない者が居た。
「ククッ……いいのか?お前のお仲間がどうなっても───」
チラリと、リーダー格の男が俺達の方へと視線を向けたのが見て取れる。
「おっ、と……マジか……」
俺はその視線の先を辿り、振り返るとそこには、体格のいい男が一人、立っていた。
言葉を発する様子はないが、何もせずとも気圧されそうになる。
ど、どうするべきだこれ……どうやったら抜け出せる……?
“物体操作”で迎撃……はダメだ、危険すぎるし……。
───それに何より、また同じ過ちを繰り返したくない。
う〜ん……フゥに頼りきりなのも良くないし……
俺が思考を巡らせる中、フゥは───
「───どうでもいい」
───ただ、一瞥しただけで終わった。
「「「んなッ……!?」」」
さすがに男達も動揺すると思っていたのだろう、予想外の反応に驚きを隠せないでいるようだった。
あっ、それだけなのね……。
まぁ、『どうでもいい』か……『どうなってもいい』ではなくて。
別に、見捨てたとかそういうわけではないらしい。
なんてことを考えていると不意に、『極力動かずに、じっとしててくれ』とフゥの声が聞こえてきた。
その声は俺だけではなく、周りの人にも聞こえていたようで皆、不思議そうに周囲を見渡しているのが目に映る。
……“魔法”って、何でもアリだよなぁ……。
思わず感心していると……
「───失礼ですがお客様……他のお客様のご迷惑になりますので席の移動はご遠慮いただきたいのですが……あと───」
体格のいい男のその背後から、声が飛んできた。
少し体勢を変えて声の方を向くと、華奢な体格の男が立っていた。
従業員、だろうか。
にしては何か、不思議な気配が……気のせい、か?
「───危害を加えようとなさるのは、倫理的にいかがなものかと」
俺がじっと観察している間にも従業員と思しき男は勢いよく相手の男の腕を捻り上げ、そのまま床に組み伏せた。
「ッは……あっちの方は……まぁ、任せても大丈夫そうか……」
軽く息を吐き、男はフゥの方に視線を向けて何かを言ったようだが、すぐにこちらの方へと視線を戻した。
「お客様の中で何か、縄のような縛れるモノ、お持ちの方は居られませんか?」
男は爽やかな笑顔を湛えながら辺りを見回す。
その間も一切、力を緩める様子はなく。
「縄、か……なら、これくらいで足りそうか?」
生憎と持っていなかったわけだけど、俺には“能力”がある。
すぐに手にグッと力を込め、パッと脱力。
開かれたその掌には、長さも太さも十分であろう縄が存在していた。
「ありがとうございます」
縄を受け取ると、男はテキパキと相手を縛り上げていく。
「はい、出来上がりです」
周りから「おぉ〜……」と少し歓声が上がる。
「あとは、そちらにお任せしますよ」
ニコッと、背を向けたままのフゥに笑いかけて男は立ち去った。
「はぁ〜……お言葉に甘えて、好きにさせてもらうとするかー」
フゥの言葉に、男達の顔から血の気がサッと引いていくのがはっきりと見えた。
「命は取らねぇよ……取ったところで、俺が得することなんて何もねぇんだし」
ポツリとそんな言葉を零した次の瞬間にはパチンッと、弾けるような音が響き渡った。
「「「えっ……」」」
男達は素っ頓狂な声を上げた途端、絶叫とともに姿を消した……というか正確には落ちていった。
───フゥが得意とする魔術の一つである、『転移術式』の中に。
ん、一緒に体格のいい男の姿も消えてる……。
「あー……ヤベェ……」
周りに被害が及んでいないのを確認すると安堵からか、フゥは僅かによろめいてしまう。
「フゥ君……!」
その様子を見たクレアがすぐさま駆け寄っていく。
よろめく直前に、鮮やかな琥珀の瞳は、元の淡い翡翠の色に戻っていったのが視認できた。
「あ〜くっそ……空腹の状態でやることじゃねぇなやっぱ……」
「た、倒れたりしないでね……!?」
心配するクレアに対しフゥは「それは大丈夫そう」と笑いかけながら、身振り手振りで伝えている。
「大丈夫、かな……?」
「アイツの『大丈夫』は大抵当てにならないけど、今回は単に空腹状態での魔力行使が原因だろうからなぁ……」
過去に何度か、似たようなことがあったから恐らく今回もそうなんだろう。
なんてことを考えながら、クレアの肩を借りて戻ってきたフゥを迎え入れる。
「よう、おかえり」
「ただいまー……あ〜空腹だ……」
フゥの腹の虫が再び鳴き始める。
お前の腹の虫も結構うるさいなぁ……!?
虫じゃねぇよもはや……え、なに……腹の中に猛獣でも飼ってるのかコイツ……。
「あー……シエラ達の料理、冷めちゃったかな……」
「ん〜、まだ温かそうだよ?」
シエラはお皿の縁に触れ、温度を確認する。
「温くはなってるだろ……悪いな、今回は俺のせいだ」
「別に謝るほどのものでもないと思うぞ?もとより、悪いのはアイツらなんだし」
俺の言い分に、シエラもクレアも深く頷いている。
「そうか……?俺もその悪いヤツらの中に入っててもおかしくないはずなんだが……」
なんてことをフゥが首を傾げながら言うと、それを聞いていた周りの席に座る人達は「いやいやいや……!!」と首を横に振っていた。
「否定されてるね……」
「ん〜、“大災厄の悪魔”の時点で十分、悪いヤツだと思うが……」
周りの必死な様子に、不思議そうにフゥは言葉を零す。
「『それとこれとはまた話が違う』ということですよ。はい、お待たせしました」
先ほどの給仕係の女性が料理を運んできてくれた。
周りの人の総意を添えて。
「随分と都合のいい話だな?」
「いつの時代でも、人間というものはそういうものなのではないでしょうか?『自分にとって都合のいいように捉え、考えを押し付ける』というものは……」
女性の言い分に、フゥは「自分勝手なのは、早々治るもんでもないか」と薄ら笑みを浮かべて言葉を返した。
そしてまた、腹の虫が鳴いた。
いやお腹空きすぎだろ……。
「ふふっ、どうぞごゆっくり」
その光景を見て、女性は笑いながらそう言うとそのまま仕事へと戻っていった。
「……そういえばフゥ、お前さっきなんて言ってたんだ?」
ふと、さっき聞き逃した言葉が気になり、俺はフゥに問い掛ける。
「ん?あーあれか……いやまぁ、くだらないことだから気にすんな」
めちゃくちゃ気になるわ。
……でも、フゥは一度『気にするな』と言えばそれ以降答えてくれないんだよなぁ。
「とりあえず食べよっか、空腹で今にも倒れちゃいそうな人が約一名居るみたいだし!それに、シエラ達の料理も本当に冷めちゃうよ?」
クレアの言う通りだ、それは困る。
「それもそうだな、食べるとするか!」
「だね!」
俺の言葉にシエラが元気よく答え、ニコッと笑った。
「んじゃ……いただきます!」
「「「いただきます!!」」」
“料理を作ってくれた人”と“食材”への感謝の気持ちを表す東の方の国の文化に則り、きちんと手を合わせて行う。
『交易都市』はその名の通り、各地から様々な文化が入ってくるため、割とどの家庭でもみられる光景なのだ。
「お、美味いな」
「ん〜、美味しい!!」
「身体が温まる……」
「満たされる……」
皆それぞれが料理を口に運び、感想を述べていく。
やっぱ料理は人を笑顔にするから良いよなぁ……俺もまた久々に何か作ると……
「ん……?」
ふと、フゥの料理が目に入った。
フゥが食べている料理は、クレアと同じだ。
だけど何か違和感があるような……あっ。
「どうかしたか?」
「……お前の料理、ニンジンが綺麗に抜かれてる……」
違和感の正体は“色”だった。
鮮やかな“色”が一色足りないのだ。
「あ、本当だ……料理名には書かれてないからそもそも入ってるかどうかは分からなかったけど、私の方にはニンジン、入ってるよ。えと……要る?」
「いっ、要らない!!!」
クレアは自分の料理の中に入っていたニンジンをスプーンでいくつか掬ってフゥの方に差し出すも、フゥは全力でそれを拒んでいる。
嫌いにも程があるだろ……。
「ニンジンとピーマンは食べ物じゃねぇって言ってるだろっ!!?!」
「れっきとした野菜だわ!!栄養満点だぞ!!!」
食材への侮辱を許すつもりはない。
機会があればフゥの料理にだけ増し増しにしておいてやろう……。
「く、クロエの目付きが変わった……俺、どっかのタイミングで死ぬのか……」
「ま、まだ死ぬと決まったわけじゃないんじゃないかな?!」
シエラが慌ててフォローするも、「もうダメだー」とフゥは既に諦めモード。
……まぁ死なない程度に、な?
にしても、どうしてフゥの料理にだけ…………あ〜、受付のところで散々言ってたわけだから、従業員の誰かがそれを聞いていたとしても、何ら不思議ではないか……だとすると、ちょっとした“お礼”のつもりなのかも?
「あ、えぇと……そういえばさフゥ君、さっきの人達ってどこに行っちゃったの……?」
「お、シエラが初めて名前で呼んでくれた。やればできるじゃねぇか。んで、さっきの不良共か……街の手前に落としておいた。さすがに“迷いの森”だと死ぬかもしれないからな?」
……さすがに死人は出したくないか。
「関所、通れるのかな……」
ポツリと、シエラが呟く。
「どうだろ……通行証を持ってるのなら、事情を話して入れると思うけど……」
その辺りのことは俺も詳しいことは分からない。
「ま、あとはアイツらの運次第ってことで」
「運任せな状態にしたの、お前なんだけどな」
あっ、目を逸らしやがったコイツ……。
「やっぱニンジンを増───」
「いやなんでだよっ!?別に機嫌損ねるようなことしてないだろっ?!?!」
「言い方の問題、かな……?」
「う〜ん、クロエ君のことをまだよくは知らないけど、『なんとなく』だったりするのかなぁ……」
などとギャーギャー騒ぎながらも、俺達は夕食を堪能したのだった。
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夕食を食べ終えた後、シエラ達とは別々に部屋へと向かった。
フゥ君も私も、今は特に何をするわけでもなく、ただベッドに腰かけ、ボーッとしている。
「───羨ましい、と思ったか?」
「え……?」
すると突然、フゥ君に声を掛けられる。
「クロエとシエラのことだよ。顔に書いてる」
「あ、あはは…………まぁ……羨ましくない、と言えば嘘になるかな……」
むしろ、羨ましく思わないわけが───
「……ごめんな、辛い思いばかりさせて」
───不意に私の思考をぐしゃぐしゃに掻き乱したのは、温かなフゥ君の手だった。
撫でるついでなのか、絡まった髪を解こうとそっと優しく梳いてくれている。
それがどうもくすぐったくて、でも決して嫌ではないから避けようとはせずに少しだけ我慢する。
そんな私の姿がどう映ったのかは分からないが、フゥ君は確かに笑っていた。
「辛くはないよ……寂しかったのは、あるけどね」
教会に居たときのことを思い出しつつ、私はそう零した。
私の言葉に、先程までフゥ君の顔に浮かんでいた笑顔は、徐々に苦笑いへと変わっていった。
「あの時間は地獄だったなー…………もうずっと、逢えないかもって諦めてたところとかあるし」
だけど、それでもフゥ君は私を見つけてくれた。
───“あの日”と、同じように。
「……見つけてくれてありがとうね、フゥ君」
「あー……礼を言う程のものでもないだろ。俺はただ……自分の中で決めたことに従ってるだけなんだから」
───“再会の日”のフゥ君の表情は、今でも思い出す。
驚きと嬉しさなどの様々な感情が入り交じって、今にも泣き出してしまいそうになっていた、あの表情は忘れることができない。
「なぁクレア……一つ、訊いてもいいか?」
「う、うん……いい、けど……」
声のトーンが僅かに変化したのを、私は聞き逃さなかった。
不思議と身構えてしまう。
「───お前は、自分を殺した犯人を知っているのか?……何故か、“大災厄”のことだけは、記憶が曖昧でさ……」
「……う〜ん、私もあんまり……憶えてない、かな……別に、無理に思い出さなくても、いいような気もするけど……」
思い出してどうするんだろうと、そんな疑問が自然に湧いてくる。
「どうしてだろうな……思い出さないと、先には進めないような……そんな気がするんだ……本当に、なんでだろうな?」
───私がその問いに答えることは、なかった。
────────────────
夜も更け、いつの間にか眠っていた私はふと、目を覚ましてしまった。
隣のベッドでは、フゥ君が規則正しい寝息を立てて眠っている。
「…………少しだけ、風にあたってこようかな……」
さすがに部屋の窓を開けるとフゥ君が風邪をひいてしまうかもしれないので、一旦私は部屋を出ることにした。
物音を立てないようにそっとベットから降り、ドアへと向かう。
そしてドアを開けると───
「ん、おや……」
「あれ、貴方はさっきの……」
───夕食時に居た、従業員の男性が通りがかった。
「どうかなさいました……?」
「あっ、えぇと……夜風にあたろうかなと、思いまして……」
私がそう言うと、男性は「この時間だと、さすがに冷えますよ?」と薄ら笑みを浮かべている。
「……お仕事、ですか?」
「いえ、勤務時間は終わっています。ですので今はただ、辺りを彷徨いていただけですよ」
男性はそう言うと軽くため息を吐き、「この喋り方、いつまで経っても定着しないなー……」と呟くように吐いた言葉が私の耳にまで届いた。
「えっ……」
「……っていうのは冗談で、まぁ本当のところ、アンタに興味があって来たんだけど。……別に、何かしようってわけじゃない。もし行動を起こせば、アンタの傍に居るアイツが黙っているわけがないからな?」
この人は、フゥ君のことを知っている……?
一体、どこまでを……?
「俺が知っているのは“大災厄”で何があったのかくらいだよ、アイツから聴いた程度のだけな。あとは……アンタに会うまでどう過ごしてたかくらいか?」
「ルブランに、居たの……?」
男性は首を縦に振り、肯定の意を示す。
「それほど多くはないが何度か、行動を共にする機会があったよ。まぁ俺の方で色々あって勝手に途中で抜け出した結果、今はこうしてここに居るわけなんだが……アイツ、ずっと死に場所を探していたのに、あるときから突然それをやめたんだ。それまでは『自分に、存在る理由なんてない』って言い続けてたのになー?」
「フゥ君が……そんなことを……」
真剣な眼差しで、「だから興味があるんだ」と男性は言葉を続ける。
「アイツの心を変えるような何かが、アンタにはある。……それが一体どんなものなのか、気になるじゃねぇか」
そう言うと、右手をこちらに伸ばしてくる。
何故か私は、動くことができな───
「───お前、やっぱそうか」
───不意に、ほんの少し耳にするだけで心に安らぎが訪れる声が聞こえたと同時、私の目を覆う形で少し大きな手がぐっと後ろに抱き寄せた。
「……ったく、人が寝てるってのに部屋の前で喋んなよなー?あと、人の連れに手を出そうとするな」
心底眠そうな声で紡ぐフゥ君の言葉の中には、紛れもない“敵意”が込められている。
しかし私は、そんなことよりも……
……フゥ君の手、すごく暖かい……。
抱き寄せられたことで背後から熱が伝わってきており、そのため今の私の頭の中は、先程までの焦燥感は搔き消され、代わりにフゥ君のことで満たされてしまった。
「……地獄耳かよ。この宿のドアそんなに薄くないはずなんだが……それに、別に手を出すつもりはないって前置きしたのに……」
「お前はそう言っておきながらやる性格だってことを俺は知ってるぞ、“ロプト”」
“ロプト”───そう呼ばれた男性は「ははっ、バレたか」と笑って答える。
「急に居なくなったことについて何か釈明は?」
「ないな、ただの気まぐれだ」
そ、即答……?!
さっきは『色々あって』って言ってたのに……何か、理由があるのかな……?
「あぁそう……何訊いても答えなさそうだからこれ以上はやめだ、寝るぞ。……クレアも、別に風にあたりたいのなら窓開ければよかっただろうが」
「えっ、フゥ君が寒い思いしてほしくない……」
私が思わずそう零すと、フゥ君はちょっぴり嬉しそうな、複雑な表情を浮かべた。
「あ、嬉しそう」
その僅かな変化を見逃さなかったロプトさんはニヤッと笑いかけ、フゥ君に向けて言葉を投げた。
「お前は明日にでもぶっ飛ばすからな!」
私を先に部屋の中へと入れながら、フゥ君はロプトさんにそう返す。
そんな脅しの効果は全くなさそうで、ケラケラと笑う声だけが聞こえてくる。
フゥ君が私の後ろに続き、パタンとドアを閉めて即座に鍵をかけた。
「……はぁ〜っ、アイツと話すと調子が狂うから嫌なんだよ……」
「ご、ごめんねフゥ君……私が部屋の外に出たから……」
フゥ君は「いや、気にかけてくれたからこその結果だからクレアは別に悪くねぇよ」と、そっと先程と同じように、頭を撫でてくれた。
───あぁ、今の私はただそれだけで満たされてしまう。
“───思い出さないと、先には進めないような……そんな気がするんだ”
あの言葉がふと、脳裏を過る。
……心のどこかでは、『先へ進みたい』と密かに思っている私が居る。
でもそうするためには、“あの日”のことと向き合わないと……だけどそれはつまり、フゥ君の───
「……大丈夫か?」
「ぇ……」
思考を遮るようにフゥ君が、私の顔を覗き込んでいる。
「随分と考え込んでるみたいだが……」
「なっ、なな、なんでもない……!!」
フゥ君の顔が思いのほか近すぎて思わず私は、まるで人見知りを発動させたシエラのように慌てふためいていた。
「そうか……?ならいいんだけど……さて、明日も旅は続くわけだし、今はさっさと寝ようぜ。俺もまだ眠いし」
フゥ君の方は不思議そうな顔を浮かべたかと思うと今度は大きな欠伸を一つ、漏らしたのだった。
「あはは、そうだね……」
その様子を眺め、どこかぎこちない笑顔で言葉を交わし、それぞれのベッドに入る。
ベッドに潜り込んでもなお、まだ少し、私の身体に温もりは残っていて……果たしてそれは一体、どちらの温もりだったのか。
私自身のものか、それとも───
……なんてね。
『明日も旅は続く』。
───その“明日”は、いつまで続いてくれるのだろう?
■□■□■□■□■□■□■□■□
───様々な思惑が絡み合い、だが夜はそんなことを気に掛けるでもなく、さらにその深さを増していくのだった。




