Page.3「再会」
何年ぶりなのかすら分からないほど、久しぶりに外に出た。
とりあえず思うことは……人、多すぎだろ……。
「クロエ君、大丈夫?」
「……暑い」
人の熱によってとかではなく、ただ単にこのパーカーを着ているせいで暑いという、俺のミスだ。
「なんでパーカー着てきたんだよ。他にも服、あっただろ……」
「人目に触れるのが嫌だ」
「クロエ君らしい感想だね……」
などとまぁ、いつも通りの会話を交わしながら、人で溢れかえる街中を歩く。
しばらく歩いていると、他の道よりも少し開けた場所に出た。
「さて、教会に着いたわけだけど、クロエ君達はどうする?この辺りならあまり人は居ないけど……“お告げ”は聞こえないかもね……」
「別に俺の目的は“お告げ”を聞くことじゃないから、ここでいい。……フゥは?」
と、俺はフゥに声を掛けた。
「俺もここでいいぞ〜。この位置でも確認は出来るから」
「ねぇ、フゥ君の目的……“確認したいこと”って、一体何なの?」
キリカが不思議そうに訊く。
それはキリカだけじゃなく、もちろん俺も気になっていることだ。
「んー……まぁ、今更隠す必要もない、か……」
────と、フゥは少し考えながらそう言った。
「……んー、どう説明したものか……そうだな……ちょっとした“人探し”、ってところか?」
「……“人探し”?教会に誰か知り合いでも居るのか?」
俺が昨日の夢の話をしたときには特に何の反応も示さなかったから、シエラのことではないんだろうけど……
「まぁ、そんなところだな。────それで、キリカは礼拝堂の近くまで行くんだろ?」
「うん、その方がちゃんと“お告げ”を聞けるからね!」
ん……?
今、フゥに話を逸らされた気がする。
「あ、フゥ君はクロエ君が迷子にならないように見張っておいてね〜!」
「ん、了解ー」
「二人は俺を何歳だと思ってるんだよおい!」
「「十七歳!!」」
「分かってるなら言うなっ!」
────と、ふと湧いた疑問も消えてしまうようなことを言われ、少し機嫌が悪くなる俺だった。
……そんなやり取りをしている間に、キリカは“お告げ”を聞くためにさっさと人混みの中へ行ってしまった。
「────気になったか?」
キリカの姿が人混みに紛れて分からなくなったあと、フゥが突然、俺にそう訊いてきた。
「何が……?」
「俺が話を逸らした、って思っただろ?」
何で分かるんだよ怖ぇよ。
「……なんとなくそんな気がしただけ、だけど……?」
「クロエの予想は合ってる。確かに俺はさっき、わざと話を逸らしたよ」
「……なんで、そんなことを?」
特に理由は無さそうだけど……。
「まぁ、“昔のこと”を思い出してたって感じかな……もう少し詳しいことは家に帰ってからなら話すけど……」
「別に、無理に話せとは言ってないだろ」
話したくないことくらい、誰にでもある。
無論、俺にだって……。
「あー……いや、クロエには知っておいてもらった方がいいかもしれないな……“命を懸けても助ける”ってクロエは確かにそう言ったんだ。……俺の二の舞には、絶対にさせたくない」
何、言って……
そう訊こうとして僅かに口を開いた、けど────
「さて、この話は終わりにするぞー。クロエはクロエの目的を果たせよ、な?」
────今度は逸らすどころか無理矢理終わらされた。
「……分かってる。そういえば、フゥの目的は済んだのか?」
「ん、俺はもう終わったぞ。教会に着いた時点でな」
いくらなんでも早すぎるだろ……。
「てかクロエ、たくさん人が居るわけだけど……見えるか?」
確かに、人が多い……多すぎる……。
でもまぁ、人と人の隙間を上手く使え、ば……
「────あ、居た」
ほんの一瞬だったが確認するには十分だった。
昨夜見た、あの夢のときと同じ服を身に纏った少女がそこに居た。
そして首元にはペンダントが二つ、下げられている。
間違いない、シエラだ。
「へぇ……あの子が……当代の聖女、か……てか、顔が全然見えないんだけど……」
「“人見知り”だからなまぁ……仕方ないと思うぞ……」
「そういえば怒られたって言ってたなぁ?」
などと、フゥはいつものように茶化すように言う。
「あまりしつこく言うようなら怒るぞ」
「怒られるだけで済むならマシな方だ。普通、殴るとかそういう脅しの方が多いぞ……ん、終わったみたいだな」
フゥの言う通り、話しているうちに“お告げ”が終わったらしく、人が少しずつ離れていくのが見えた。
「さて、俺らもキリカと合流するか」
「そうだな……あ」
フゥの言葉に同意したそのとき、視線の先に居たシエラが、俺に気付いたようだった。
ペコリと軽く会釈された。
「気付いたみたいだな、あの子」
「……どうすればいいと思う?」
「俺に訊くなよなー」
とりあえず、ずっと手首に嵌めたままだったブレスレットを見えるように手を挙げる。
違和感のないよう、日差しを遮るかのように。
────シエラは薄ら、笑みを浮かべたような気がした。
だがすぐに、別の何かに気付いたらしく、俺に何かを言った。
声は聞こえない、けど……口の動きで大体察することが出来た。
『い』の形、『え』の形、そしてもう一度『え』の形……なんとなくだけど“この状況”からすると……
「マズいぞクロエ……神父にも気付かれたみたいだ……」
「シエラのあの様子だと捕まったら面倒なことになるのは明白だろ……にしても『逃げて』、って言われても一体どこに……!」
シエラが危険を知らせてくれたのはありがたいけど一体どこに逃げればいいんだよ……!
「はぁ……仕方ない、“能力”使った方が手っ取り早いみたいだな……クロエ、とりあえず走るぞっ!」
そう言うとフゥは、すぐさま俺の腕を掴むとそのまま引っ張るように走り出した。
────後ろから、俺達のものではない足音が、喧騒の中から聴こえたような気がした。
「ちょっ……!?フゥの“能力”を今ここで使ったら……」
「細かいことはどうだっていい!……と言いたいところだけど、どこか路地に入り込めれば……」
フゥから焦りの感情が伝わってくる。
……少し走ったあと、どこか分からない路地に入り、そして……
「クロエ、『せーの』で“跳ぶ”ぞ!……せー、の!」
フゥの合図で軽くジャンプした。
────次の瞬間、見えていた景色がぐるりと廻った。
「────っと……はぁ、久々に使ったけど……大丈夫か?」
「頭痛いし……目が、回る……」
「あー……“転移酔い”したか……目を瞑れって言えばよかったな」
……もう遅い。
そんなことを思いながら、ゆっくりと周りの景色を確認する。
するとそこは、先ほどまで居た路地ではなく、街の広場にある公園だった。
「便利だな、“空間転移”……」
改めて俺は、フゥの持つ“能力”に感心の声を漏らす。
フゥの“能力”は今俺が言った通りである“空間転移”だ。
文字通り、様々な場所を瞬間移動することが出来る。
先ほどのように、“触れられた相手”にも“能力”は発揮される。
「キリカ、置いてきたけど……大丈夫だったかな……」
何度も言うが、フゥの“能力”はフゥ自身が触れた人にしか発揮されない。
だから、触れられていないキリカはまだ、教会に居────
「あ、こんなところに居た〜!もう、二人とも勝手にどこかに行っちゃうんだからぁ!!」
────なかった。
即座に見つけられた。
「ん、キリカか。よく見つけたな、俺らのこと」
「使用人だもん、主人がどこに行ったかなんて、大体分かるよ!」
そんなことを、ドヤ顔で言われた。
いや、俺の意思でここに来たわけじゃないんだけど……まぁ、いいか。
「てか、キリカがすぐに見つけたってことはさっきのヤツも……」
「それは大丈夫だと思うよ?フゥ君の“能力”は優秀だから、追跡されることはないんじゃないかな?」
その口ぶりだと、キリカも気付いてたのか……。
てか、“優秀”だって言うならどうしてキリカは俺達を見つけることができたんだ?
「さて、これからどうする?結局買い出し、後回しになっちゃったけど……」
「教会の周辺さえ歩かなければ大丈夫だろ」
「フゥの口ぶりだと、買い出しにもついて行くつもりだな……まぁ、この際、行くしかないけど」
……面倒だけど仕方ない。
現状、一緒に行動しないと家に帰る道すら分からないし。
「じゃあ……ご飯、何食べたい?」
キリカが要望を尋ねる。
「ん、俺は別になんでもいいぞ〜」
「俺も同意見だな……その場で何か献立を考えればいいんじゃないか?」
基本的にキリカの作る料理はお世辞でも何でもなく、純粋に美味しいし。
「なんでもいいっていうのが一番困るんだよね……まぁ、仕方ない。じゃあ、市場に行こうか!」
キリカって号令かけるの好きだな……。
あ、そういえば……家に帰ったらフゥの話も聴かないとだな……。
そんなことを思いつつ、俺は二人と一緒に人で賑わう通りを歩いていった。
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家に帰ったあと、買ってきた食材で適当にご飯を済ませた。
今日も安定して美味しかった。
「……なぁフゥ、さっき言ってた“昔のこと”って一体、どんなことなんだ?」
ソファーに座り一息ついてから、俺はフゥにそう尋ねた。
「ん、何の話〜?」
「フゥが“昔のこと”を話すってさっき言ってたから……」
────俺の説明のせいか、徐々にキリカの表情に影が差していった。
「……そっか。フゥ君の“昔話”……」
「キリカ……?」
突然の表情の変化にさすがの俺も少し、驚いた。
「……あっ、ごめん!私、食器片付けてくるね!……終わったくらいに、戻ってくるから……」
キリカはそう言うと、さっさと奥の部屋に引っ込んでしまった。
「大丈夫、なのか……?」
フゥにそう訊いたが、あまり気にしている様子はなかった。
「さぁな……さて、それじゃあ話すとするか……」
フゥはそう言うと、座る姿勢を正した。
「『一人の人間を守ることすら出来ず、最終的に憎しみを抱えたまま命を落とした哀れな男の話』を、な」