Page.34「『宿場町』にて」
森を抜けてしばらく歩くと、『宿場町』の関所と思しきものが見えてきた。
無事に通れるといいんだが……。
僅かに不安を抱えながらも、関所へ向けて足を進めることにした。
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「はいじゃあ四人ねー。どうぞ、ゆっくりしていってください」
そう言いながら、門番は俺達一人一人に通行証を手渡していく。
俺の心配をよそに、あっさりと通してもらえた。
なんていうか……ガクッとくるわ。
俺は門番から通行証を受け取りながら、そんなことを考えていた。
「……ルブランの関所が厳しすぎるだけなのか?」
「あー、その可能性は否定できないなー」
あの神父なら、厳しく取り締まっていてもおかしくはないだろう。
「ま、まぁ……通れたんだから、良かったんじゃないかな?」
「クレアの言う通り、通れることに越したことはないか」
フゥがクレアの言葉に頷いてみせる。
……確かに、こうして通れたわけだからそれに関して、今更とやかく言う必要もない。
「……ここであれこれ話してても仕方ないし、今はとりあえず町の中に入ってみようか」
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リギルの中心地と思われる場所に辿り着いた。
町の中心部とあってか、多くの人で賑わっている様子だ。
「す、凄い人……!」
「あー、苦手だもんな……これはまぁ、はぐれたら色々と面倒そうだ……」
シエラとフゥが口々に言う。
……俺も人混みはあまり好かないんだけどな。
だってそうだろう、かれこれ四年近くまともに外に出てなくて、キリカとフゥ以外の誰とも接してこなかったんだから。
クローに至っては姿を見せること自体が極めて稀なことだったし。
それに比べてフゥは平気だよなぁこういう人混み……自称『人間嫌い』なだけであって別に『苦手』ではないわけで。
シエラは……あ、ダメだちょっとずつ後ろに下がっ……いやなんで俺の服引っ張ってんの……!?
シエラが徐々に後退していくことで、服を掴まれている俺も自動的に後ろに下がっていく。
「お〜下がってく下がってく」
「お前何か楽しそうだなぁおい!」
そんな様子を、フゥが楽しそうな笑顔を浮かべながら眺めている……それどころか、ケラケラと笑っていた。
笑ってないでどうにかしろっての……!
あーもう、仕方ないなぁ……
「……ほら」
身体ごと後ろに向きを変え、さっと俺が手を差し伸べるとシエラは動きを止め、一瞬大きく目を見開いたが、すぐに自分の手をこちらに伸ばしてくれた。
───重ねられた手を静かに握る。
「一人になってしまったら探すの大変だしそれに……俺達が近くに居れば、まだ平気だろ?」
「そっ、それなら大丈夫です……!」
さっきは何も聞く暇もなかったから、つい勢いで手を取ってしまったわけだけど、嫌じゃなかったかな……。
なんてことを考えつつ、俺はシエラの手を引いてフゥとクレアのもとへ向かった。
「お、なんとかなったみたいだな?」
「マジでふざけんなよお前……俺まではぐれたらどうするつもりだったんだよ」
「本当にそうなりそうだったら俺でもさすがにもう少し早めに行動してるっての」と、フゥは呑気なことを言う。
「はぁ……まぁいい。それで、今からどうする?」
「無難に『今日の宿を探す』ってことでいいんじゃねぇの?『宿場町』とはいえ、この人の多さだ。万が一部屋を取れなかったら元も子もないだろ。別に町中を散策するのは、そのあとでもできることだろうしな?」
ん、フゥが正論を言ってくるとは珍しい……。
いやまぁ……普段は軽口を叩くことがほとんどだけど、時折こうして真っ当な意見を言ってくれることもあるんだよなぁ。
そしてそれは大抵皆が納得するようなものばかりだから『何なんだコイツは……』となることもしばしば。
これはもちろん、称賛しているのであって決して悪い意味ではない。
「それもそうだな……クレアもシエラも、それでいいか?」
「うん、それがいいかな」
「私も、それで構いませんよ……?」
こうして、俺達は今日の宿を探すことにしたのだった。
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「空き部屋ね〜、今日は二つほどなら空いてるけどそれでもいいかい?」
「…………あぁ、それで構わないのでお願いします……」
宿を探し始めてからおよそ一時間、ようやく空き部屋のある宿を見つけることができた。
二部屋あるのなら、それだけで十分だ。
「はい、これが部屋の鍵ね〜。お兄さん、見たところかなり疲れてるみたいねぇ……ウチの宿でゆっくり休んでいきなさいな」
「……ありがとう、ございます」
受付の女性に礼を言い、速やかに立ち去る。
「……鍵、もらってきた」
「疲れ切ってんなー。ま、あれほど歩き回ればそうもなるか」
フゥはなんでそんなに元気なんだよ……。
「ちなみに俺の体力はクロエが空き部屋があるかどうか聞きに行ってくれてる間に回復したぞ」
「そりゃ椅子に座ってるだけだからなぁっ……!!」
心底恨めしそうな声を出しつつ、俺はフゥを睨みつけた。
「そう怒んなっての」
ダメだコイツ、『悪い』みたいな気持ちが微塵も伝わってきやしねぇ……!
何を言っても無駄なのは分かるけども今だけは何か言ってやりたい……!!
だが何も思いつかない……さてどうしようか……あっ、そうだ……!
「お前の料理にだけニンジン増し増───」
「すいませんでしたそれだけはマジで勘弁してください」
「折れるの早っ!!」
謝罪までの想定外の早さに、クレアが驚きの声を上げる。
『向かうところ敵なし』のように思える“悪魔”にも、実は意外なところに弱点を持っていたりする。
その一つが、『食べ物の好み』である。
どういうわけかこの男、生前から“特定の野菜”がどうしても食べられないらしく、料理の中に入っていた場合は避けて食べる傾向にあるのだ。
キリカや、気まぐれで俺が料理を作った際にはかなり無理矢理ではあるが一応、食べ切ってはくれるのでそこは褒めてもいいと思ったりしている。
……嫌いなモノを最後の方に持ってくるから、苦しむんだと思うんだけどなぁ。
まぁそういうわけで、フゥが何かしらの悪さをしたときの罰や仕返しなどにはかなり有効だったりする。
「フゥ君、まだ苦手なんだね……」
「……だってアレ変に甘いし、場合によっては固くてまともに食べれるもんじゃねーもん」
拗ねた子どもかよ……。
……んー、今度は試しに『キャロットケーキ』を作ってみるのも手だな……。
「……何やら良からぬことを考えてそうな気がするがそれよりも今は、部屋に荷物を置きに行った方がいいかもしれないぞ。ロビーに居る人の数がだんだん増えてきたみたいだ」
「それは冗談抜きでマズい……!他の人の邪魔になってしまう前に急ごう!」
フゥの言葉にハッとなった俺達は、慌ててそれぞれの荷物を持って半ば急ぎ気味に部屋へと向かった。
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部屋の割り振りはシャルマンのときと同様に、俺とシエラ、フゥとクレア、というような形となった。
先程受け取った部屋の鍵を使い、中に入って適当な場所に荷物を置いた。
「さて、荷物も置いたことだし、散策でもしてみるかな……宿探しのときはまともに周り見れてなかったし……シエラはどうする?」
シエラに問い掛けてみる。
するとシエラはどこか気まずそうな表情で───
「あっ……わ、私はその…………少し疲れてしまったみたいで……ここに、残ろうと思います……ノア君だけでも、行ってきてください……」
───と恐る恐る答えた。
あー……まぁ結構歩いたわけだからなぁ……そう言うのも無理ないか……。
「そっか……えと、じゃあ……お言葉に甘えて、俺は行ってくるよ。日が暮れるまでには戻るようにするから」
「分かりました……」
明らかに元気がない様子のシエラを置いて出掛けるのはかなり気が引けるが、それでも「行く」と言ってしまったものは仕方ないので、俺は諦めて部屋の外に向かった。
廊下に出ると、フゥとクレアが既に部屋の前にまで来ていた。
「お、やっと来たか。あれ、シエラは?」
「疲れたから部屋で休んでおくそうだ。俺だけでも行ってきてくれって」
「あ〜、たくさん歩いたからね……」
俺の言葉を聞いて「なるほど」とフゥは言い、そして、「なら、シエラにどんなものが見れたか、きちんと報告できるようにしないとだな?」と柔らかな笑みを浮かべて、そう言葉を続けた。
「……そうだな、それが一番いい」
俺はフゥの言葉に頷く。
「まずはどこに向かう?」
「最初はやっぱ大通りだろ、人が多いけど」
「いい発見が、あるといいね!」
そんなこんなで、シエラを除いた三人で『宿場町』の散策を行うこととなった。
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「───はぁ…………どうして、あの人のことを考えると、こんなにも……」
部屋に残ることを選んだ少女は一人、長いため息を吐きながら、自らの内側で確かに揺れ動いている“感情”に、戸惑いを隠せないでいた。




