Page.32.5「幕間 ~名案~」
遠ざかっていく四つの影が完全に見えなくなるまで見届けてから、私は溜め息を一つ吐いた。
賑やかな人達だったなぁ……。
正義感が強いノアさんに、初めてできた私の友達と呼べる存在のシエラちゃん。
飄々としていて掴みどころのない“悪魔”さんと、そんな“悪魔”さんのことを優しく見守るクレアさん。
あと姿は見えなかったけど、謎の多いクローさんも……
「……きゅっきゅ!」
「キュキュ」
出会った人達のことを思い返していると急に、木々の陰からいつものあの子達が出てきた。
それと……
「はぁ〜ぁ疲れた……悪ぃな、ここまで連れてきてもらって……助かった」
……何故かクローさんも一緒に……えっ、あれ!?
「な、なんで貴方がここに……」
「ん?あぁ……そりゃ驚きもするか、アイツらと一緒に居ると思われてた存在がここに居たら。まぁ理由を言うとするなら……“昨日の一件”を解決しに行ってたんだよ」
“昨日の一件”……?
「本来は村の方にまで来ることのないはずの“魔獣”が姿を見せ、挙句の果てに人を襲おうとした。その原因を潰してきた、ただそれだけだ。……どうやって、とかは聞かないことをおすすめするぞ」
「どうしてなのかは訊いても……?」
私がそう尋ねるとクローさんは少し考える仕草をして───
「……俺は、“悪魔”である以前に“バケモノ”だからな」
───と、どこか寂しそうな、哀しそうな表情を見せた。
その表情はまるで、一人ぼっちの子どものようで……私は、胸を締め付けられるような感覚に襲われた。
この人は一体、何を抱え込んでいるんだろう……この人の中で渦巻く闇は、どれほど深いのだろう……
「キュキュッ」
「きゅ〜……!」
「痛い痛い、悪かったってば冗談だから……!」
突然そんな声が聞こえたため、私の思考は強制的に現実へと引き戻された。
あの子達はどうやらクローさんの言葉で私が傷ついたり、不安な気持ちになったとでも思ったのだろうか、器用に羽のような部分を勢いよくクローさんの足に当てて猛抗議をしているようだった。
「嫌な気持ちにさせたのなら謝る。……ごめんな」
「い、いえ大丈夫ですよ……!」
謝罪の言葉を口にするクローさんに対し、私は慌てて言葉を返す。
「大丈夫なら、良かった。……あ、この村の周囲の木に、いくつか“守護用の魔石”を括りつけておいたから、しばらくは“魔獣”の被害も減るんじゃないか?」
「え……あ、ありがとうございます……!!」
まさかそんなことまでしてくれるとは思わず、一瞬理解が追いつかなかった。
「ま、聖女様の居る聖域下であればそういう心配も要らないとは思うけどな?」
「いえいえ、私はまだ未熟な身ですので……」
立派な聖女になるためにも、日々努力をしないと……
「頑張りすぎるのもよくないからな?くれぐれも身体を壊さないようにはしろよな。友達からのお説教は、できるだけ避けたいだろ。あー……んじゃ、そろそろ行かねぇとだな……完全にはぐれるとマズいし」
そう言いながらクローさんは私の横を通り抜けていく。
真横を通っていったその瞬間───ふわりと、ほんの僅かに、鼻につく臭いがしたような気がした。
まるで、鉄のような───
「……っ!」
慌てて振り返るも既にクローさんの姿はなかった。
「本当に……貴方は一体、何者なんですか……何を、したんですか……」
そんな私の言葉は届くことはなく、虚空へと溶けて消えてしまった。
「……きゅ?」
「キュッキュッ!」
心配そうにこちらを見つめてくるこの子達の表情を見て、私は気持ちを切り替えて「大丈夫だよ」と告げる。
「あのお兄さんをここに連れてきてくれてありがとうね」
「きゅっきゅ!……きゅきゅ?」
「キュ!」
長くと接しているうちに、いつしかこの子達の言いたいことを理解できるようになった。
今は「どういたしまして」に続いて「……他にやることはないの?」と問い掛けているようだ。
んー、他にやること……あっ、そうだ!
突如舞い降りた“名案”を私はこの子達に提示する。
「ねぇ君達、『郵便配達員』になる気はないかな?お手紙を運ぶの!」
「キュ……?キュキュッ!」
「きゅっきゅっきゅ〜!」
どうやら興味を持ってくれたみたい。
「じゃあ今から私がある人に手紙を書くから、それを届けて欲しいの。場所はね……リギルっていうところなんだけど場所、分かるのかな……」
「きゅっきゅきゅ!」
「キュキュ!」
「分かるよ!」と言った感じなのだろう、私がボソッと呟いたその言葉に反応してかこの子達は力強く頷いてくれた。
「そっか、なら安心だね!じゃあ……今から手紙を書くから、家に戻ろっか!」
「キュ!」
「きゅっ!」
私の言葉にこの子達は、いつも通り元気よく返してくれた。
────────────────
そうして家に戻った私は、頭を悩ませていた。
───手紙の書き出しはどうしよう?
───内容はどんなものにしよう?
───どのようなものであれば喜んでもらえる?
そんな考えが次から次へと湧いてきて、頭がパンクしてしまいそうで。
だからこそ私は、今溢れそうになっているこの思いをどうにか形にして一つ一つ消化していこうと決め、ようやくペンを握ったのだった。
宛名はもちろん───




