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Raison D'être  作者: 澪音
Ⅱ.旅路
36/47

Page.32「新しい朝」

 ───ゆっくりと、意識が現実へと向けられる。


「ん……」


 ぼんやりとした意識のまま、私はゆったりとした動きで身体を起こした。


「あ……おはよう、ございます……」

「ん、おはよう」


 私が挨拶をすると、目の前のソファーに座っていたノア君も挨拶を返してくれた。


 なんだか、元気がないような……?


「……どうかしたんです?」

「あー、いや大したことじゃないんだけどさ…………昨日の晩、俺はシエラから見て左側(こっち)を枕代わりにして寝たんだ。……なのに起きたら、なぜか右側(こっち)になってたんだよなぁ……」


 えぇと……その理由ってもしかして……


「……お前が原因か、クロー?」


 私が答えを出すよりも先に、怪訝そうな顔をしたノア君は、僅かにうつむき加減に……自らの影に向かって声を掛ける。


「───お、予想以上に気付くのが早かったなぁ?」


 そんな言葉とともに、にゅっと、まるで水面から覗くかのように頭だけ姿を現したのは、ニヤリと“悪魔”さんの浮かべるものと同じような、悪戯っ子の印象を漂わせる笑みをこぼす青年だった。


「……出るならさっさと出ろ」

「お前、相変わらず俺に対しての接し方が酷いよな……」


 「そうなった原因のほとんどはお前にある」と言いながら、ノア君は強引に青年を───“裏ノア君”を影の中から引っ張り出した。


 タッと小さな音を立てながらも、バランスを崩しそうになっていた裏ノア君はどうにか体勢を建て直し、床に着地した。


「痛てて……無理矢理にも程があるだろ……」


 そう文句を言う裏ノア君の言葉を無視し、ノア君は不機嫌な顔をしながら、ふいとそっぽを向く。


 ───視線が絡み合う。


「あ、えっと……」

「……あー、どう説明したものか……」

「昨晩ぶりだな、聖女様?」


 ノア君は私と視線が交わるとほんの一瞬、大きく目を見開いた後、少し気まずそうに視線を逸らした。


 そして今の自分の置かれた状況をいかに説明するかを考えていたが、裏ノア君が私に投げた言葉に対し、驚きを隠せない様子だ。


「んなっ……はぁっ!?お前、何もしてないだろうなぁ?!」


 ノア君はどこか慌てたように裏ノア君に問い掛ける。


「……何もしてないから安心しろ。なんならあの“悪魔”とこの村の聖女様にも訊いてみるといい」


 「何をそんなに慌ててんだ」とでも言いたそうに目を細めながら裏ノア君は淡々と言葉を返していく。


「……何もされてないよな?」


 ───と、不安そうな声でノア君は私に尋ねてきた。


 う〜ん……多分特にどうといったことはされてないような……?


 でも、一つ挙げるとするなら……


「……頭を撫でられた、くらいですかね……?」


 私がなんとなくそう言うとノア君はジトーっと、裏ノア君に目を向けた。


「別に獲って喰ったりするつもりはねぇよ」

「喰っ……!?私を食べても美味しくはないですよ?!」


 裏ノア君の口から零れた物騒な言葉に、私は両手をブンブンと大きく横に振りながら抗議する。


 そんな私の様子に裏ノア君は、一瞬キョトンとしたが、フッと軽く笑ってから───


「……残念ながら、俺にその返しは何の意味も持たねぇんだよなぁ……」


 ───と、どこか哀しげな表情を浮かべたのだった。


「え……?それって、どういう───」


 私がそう訊こうと声を掛けようとした、そのときだった。


 ───コン、コン、とドアがノックされた。


「お二人とも、もう起きていますか?朝ご飯の用意ができましたよ〜」


 ドアの向こうに居るのは、どうやらフィリアさんのようだ。


「ん、すぐ行くよ」

「分かりました、冷めないうちにお願いしますね!」


 そんな楽しそうな声が聞こえた(のち)、ドアの向こう側からする足音は徐々に遠ざかっていった。


「さて、そろそろ俺は消えるとしますかねぇ……あの聖女にはまだ俺がこうして出てきてること、気付かれてないし。ま、気が向いたら後でまた出てくるかもだけどな」

「……勝手にしろ」


 ノア君は変わらず不機嫌そうに、吐き捨てるように裏ノア君に対して言葉をぶつけた。


 裏ノア君の方は嫌な表情をするわけでもなく、むしろクスリと笑ってから、すっ───と再び影の中へと溶けて消えたのだった。


「はぁ〜……ご飯、食べに行こうか」

「は、はい……!」


 長い溜め息を吐きながらだが、ノア君はそう言ってくれた。


 フィリアさんがせっかく作ってくれたのだから、冷ましてしまうなどという失礼なこと、できるわけがない。


────────────────


 フィリアが用意してくれた朝食を食べ終えた俺達は、食後の後片付けを手伝った(のち)、一息つきながら今日の予定を話していた。


「今日は皆さん、どうするんです?」

「んー、そうだな……とりあえずシャルマンを出て、森を抜けて……出た場所次第だけどどの辺りがいいんだ……?」


 途中から独り言のようにボソボソと言いながら、俺は右手をパッと開いてその手の中に地図を出現させた。


「相変わらず便利だよなー、クロエの能力は」

「俺からすれば、フゥの能力も十分便利だと思うけど?」


 などと言葉を交わしつつも、俺の視線は地図に向けられていた。


「えぇと、ここから近いのは……“リギル”かな……」

「リギルか……確か、『宿場町』って呼ばれてるくらいには宿屋が豊富だとか?」


 フゥの言う通り、リギルは通称『宿場町』と呼ばれているほどに宿が多いところとして有名な町だ。


「『宿場町』……シャルマンは『幸運を呼ぶ村』、だったかな」


 世界中にある様々な国、街、小さな村・集落にはそれぞれの特色を活かした『異名』を持っている。


 俺達の住んでいた街の『異名』は───


「私達が居た“ルブラン”には『奇跡の街』や『復興都市』、『交易都市』などなど……色々な呼び名があるんだよね」

「『復興都市』の謂れの理由は俺だけどなー」


 フゥはそう、涼しげな表情(かお)でクレアの言葉に一言、付け加える。


 そんなことを平然と言ってのけるフゥに、俺は何も返すことはなかった。


 というより……


「───お前はいつも、そういうことをなんでもなさそうに話すよなぁ?」


 ……返す前に返された。


 声の主は言わずもがな。


 ───クローだ。


 先程とは違い、今回は自ら進んで影の中から出てきてくれた。


 初めからそうしてくれれば良かったのにな……。


「ん……あーお前か……一度たりとも家に居たときにはちゃんと姿を見せたことはなかったのに、どういう風の吹き回しだ?」


 想定外の存在の登場に、フゥは一瞬驚いた表情を浮かべた。


「あの“悪魔狩り”の子が居ないなら、こうして姿を見せても大丈夫だろうと踏んだ……ただそれだけの話だ」


 淡々と理由を述べていくクローに対しフゥはというと「へぇ……?」と疑り深い目で見つめているようだった。


「で、一体何の話をしてたんだ?俺は『復興都市』の謂れのくだりからしか聞いてなかったんだが」

「……ここから近い町がリギルっていうところで、『宿場町』の呼び名があるって話になって結果的に逸れたんだったな……」

「いや逸れすぎだろ」


 話が逸れるのはよくあることだからどうしようもない、諦めろ。


「あの、昨日の方ですよね?」


 フィリアがクローにそう声を掛けた。


 本当に俺の身体乗っ取ってたんだなコイツ……。


「あぁそうだ。結局、ココアは飲めたのか?」

「はい!ちゃんと飲みましたよ!!」


 昨晩何があったのか、俺の記憶の中には残念ながら残ってはいないため、何の話なのかさっぱりだ。


 だけどまぁ本人達の中で解決する話なら、干渉は避けておくとするか。


「そっか、なら一安心だ。それでクロエ?すぐにでもここを発つのか?」

「んー、まぁ一応そのつもりではあるぞ」


 お世話になった分、流石に片付けとかはするけど。


「何かあったの……?」


 クレアがどこか不安そうにクローに問い掛ける。


「…………いや、なんでもない」


 クローはただ一言、返すのみだった。


 何か思うところがあるんだろうが、こうして何も言わないところを見ると『その必要はない』と判断したのだろう。


「あっ!忘れてしまう前に渡しておかないと……!!」


 突然フィリアはそう言いながら席を立つと、スタスタと奥の部屋へと入っていってしまった。


 バタバタと、奥の部屋から音が聞こえてくる……一体、何を……


「ありましたありましたっ!はぁ〜思い出せて良かったぁ……!!」


 心底嬉しそうにしながらフィリアは両手で大事そうに何かを持ちながら戻ってきた。


 喜び方がどこかキリカと似ているなぁこの聖女は……。


「というわけではい、ここを発たれる前に私からの贈り物です」


 ───と、そういうとフィリアは手の中にあったモノを、シエラに向けて差し出した。


 ───それは、小さな小瓶だった。


 首から下げられるように、紐が括りつけられている。


 よく見ると、中には四つ葉のクローバーが入っていた。


「へ……!?ど、どうして私に……?」


 まさか自分に向けられるとは思っていなかったのか、シエラは素っ頓狂な声を出した。


「どうしてってそりゃあ、友達だからじゃないか?」


 ニマニマと、腹の立つ笑みを浮かべながらクローがフィリアの意図を代弁する。


「まさにその通りですよ。そういうこともあって、皆さんの代表としてシエラちゃんに渡すことにしたんです」


 ニッコリと、眩しい笑顔を振りまきながらフィリアはズイっと、シエラに突き出した腕をさらに伸ばして受け取るように催促を(おこな)っている───ように、俺の目には写った。


「え、えぇと……ありがとう、ございます……」

「どういたしまして!……あ、ちなみにそれを持っていれば、この『迷いの森』で迷うこともないのですよ!」


 シエラが受け取ったところで、フィリアは渡した小瓶の効果を説明してくれ……え、普通に凄いなぁ!?


「───“聖女の加護”をそれに適応させてるのか、器用だな」

「私はただ、祈りを込めただけですけどね」


 そんな会話をよそにシエラはというと、貰ったモノを大切そうにキュッ……と握りしめていた。


「首から下げるモノが、また増えてしまいました……」

「あのペンダント、身につけてるのか」


 俺が尋ねると、シエラはコクっと頷きで返した。


「あの……お返しした方がいいですよね」

「ん、いや別に構わないぞ?“『助けたい』って思う人に渡すように”って、母さんも言ってたわけだし」


 俺にとって、その存在はシエラだし。


 そう付け加えるか迷ったが、結局俺はそれを口にすることはなかった。


「んで、このまま長々と話していてもいいのか?」

「あー……良くはない、よな……」


 ───クローからの質問に遮られて思考がそちらへと向けられてしまったから、ということにでもしておこう。


 ……恥ずかしさに駆られたということはこの際、隠しておく。


「さて……じゃあ貰うモノも貰ったわけだし、そろそろ出立準備をしに行くとしますかね」


────────────────


 準備を終え、借りた部屋も綺麗に片付けをし、清々しい気持ちで部屋を、フィリアの家をあとにする。


 クローはというと、部屋の片付けをしている最中にいつの間にか姿を消していた。


 ……おそらく、片付けをしたくないからみたいな理由で既に影の中に戻っているのだろう。


「もう少しお話していたかったんですが……仕方のないことですよね」


 シャルマンの出口に着くと、フィリアが残念そうにしながら言葉を零す。


「まぁ旅を始めてまだ二日目だからな俺らは……まぁ、しばらくしたらまた会えるんじゃねぇの?な、クロエ」

「どのみちある程度したら戻るつもりだしな」


 俺は別れが嫌いだけど、また会えると思えばどうってことない。


「ならまた、会えることを期待して日々を過ごすとしましょう!」

「戻ってきたら、必ずここに立ち寄るとするか」


 俺がそう言うと皆がそれぞれに、力強く頷いてくれた。


「あ、あの……これ、大切にしますね……!」


 あたふたしながらも、シエラはフィリアにお礼の言葉を伝えた。


「そう言っていただけると、私もお祈りした甲斐があったのですよ!」


 そんなシエラの言葉に、フィリアも嬉しそうな表情を浮かべる。


「……じゃあ、行くとするか」


 俺が声を掛けると───


「だな」

「ですね」

「だね」


 ───と、各々の言葉が返ってきた。


 くるりと背を向けて、俺達は新たな地へ向けて一歩を踏み出す。


 ───次の町ではどんなことが起こるんだろう?


 そんな期待に胸を膨らませながら。

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