Page.27「各々が持つ“能力”」
今回はいつもより少し長めの話となります!
(*pω-)。O゜
───いや、そんなことはない。
“祈る”以外のことは、別に“聖人”でもない俺にもできるのではないか。
───最低でも、標的から外す程度のことは。
「どーしたの?」
あれこれ思案していると、幼いシエラが不思議そうな表情を見せながら再び、俺の方に歩み寄ってきた。
「あー……いたずら好きな髪の長いお兄さん、覚えてる?」
「うん、おぼえてるよ!」
俺の問いかけに、シエラは元気よく答える。
そしてようやくフゥがこの場に居ないことに気付いたのか、キョロキョロと周りを見渡し始める。
「あのおにーちゃんは……?」
「今は……外に居るよ。俺達を守るために一人で戦って……」
俺がシエラからの問いかけに答えていると、それを途中で遮るかのように突然俺の両頬を、シエラの小さな手が挟み込んだ。
「な、なに……?」
「───おにーちゃんは、どーしたい?」
僅かに動揺する俺に、シエラはそう尋ねてくる。
───一片の曇りもない、透き通った瞳が俺の姿を映し出す。
「俺、は……」
どうしたいか、か……それはもう、シエラに声を掛けられる前からやろうとしていたではないか。
「……助けたい。……『死なないから』とか、そんな理由であの状況を無視できるほどの歪んだ思想を、生憎と俺は持ち合わせてはいないから」
嘘偽りなく、今思っていることを正直に伝える。
するとシエラは俺の返答がお気に召したのか、心底嬉しそうな笑顔を浮かべて───
「なら私は、いーっぱい“お祈り”するねっ!」
───そう言うとすぐにシエラは両手を組み、僅かに顔を伏せて“祈り”の姿勢をとる。
「私が“お祈り”してたら、きせきが起こるんだって、神父様が言ってたの!」
……それは果たして“能力”によるものなのかそれとも、神父が勝手に言っていたことなのか、どちらなのだろうか。
まぁそれはあとでシエラに訊くとするか。
俺はしっかりした足取りでクレアの居る窓際の方へと歩みを進める。
「ノア君……?」
「少しだけ下がってて」
静かに一言そう言うとクレアは素直に後ろに下がってくれた。
そして俺は窓の外へと目を向ける。
「……あぁ、やっぱりそうか」
あのときはフゥが咄嗟に『転移術式』を作用させたから“何か”の姿を具体的に見ることはできなかった。
だが今はちゃんとその姿を捉えることができる。
「“魔獣”、ですよね……」
フィリアが小さな声で言う。
窓の向こうで蠢いている影───“魔獣”と呼ばれる、人にとっての“良くないもの”が寄せ集まってできた生命体を目の前にしながら。
「この辺りでは普通に居るのか?」
「……居ますよ。ですが本来ならこんなところに来ることはないはずなのに、どうして……」
“魔獣”は人の居る場所を比較的避ける傾向にある。
なのに“シャルマン”を訪れるというのは……
「……まぁ、とにかく今は“魔獣”を退けさせないと」
「え、できる……の?」
クレアが驚愕した表情を見せる。
「やらないとダメだろ、あのままだとフゥの体力が限界になる方が先になる」
「それは……そうだけど」
『どうやって?』という疑問が湧いているんだろうな。
「フゥが話してなかったか?俺の持ってる“能力”は三つあるとかなんとか」
「あ……」
フゥのことだから話しているんだろうなとは思ったけどやっぱりか。
「……“物体創造”、“物体操作”……あと一つは───」
そう言いながら俺は“魔獣”を注視する。
すると───
「───“不幸操作”だ」
───一瞬にして“魔獣”が自らの影に“呑まれて”いく。
「フゥに言えばよかったなぁ……意識的に操ることが今はできるってこと」
なんてことをぼそっと呟くようにして言っていると───
「───ほんと、そういうことは早めに言ってもらわないとなー?」
───若干傷だらけになったフゥが俺達の後ろに現れた。
「フゥ君……!」
その姿を見たクレアが慌てて駆け寄っていく。
「だ、大丈夫……?」
「まぁこれくらいはな」
と言いつつ、フゥはクレアに手を差し出す。
クレアはすかさず、差し出された手を取るとギュッと強めの力で握りしめた。
すると不思議なことに、フゥの傷が瞬く間に消えてなくなっていった。
「ん、助かる。……あ、それはそうとクロエ、お前“魔獣”の行動を操ったりとかしたか?」
不意にフゥがそう尋ねてきた。
「ん……?いや、俺はただ“良くないもの”を奪っただけだけど……」
「そう、か……だとすると、シエラか、もしくはフィリアか」
フゥが視線を向けると、フィリアは首を横に振ってみせる。
「……私の“能力”はちょっとだけ『運気を上げる』だけですよ。四つ葉のクローバーを見つけられやすいとか、その程度の」
“能力”の効果が随分と可愛らしいなぁ……。
「あー……ならシエラか……ってまた縮んだのか。……また俺がどうにか……ん?」
フゥの反応が気になり、俺もシエラの方を見てみる。
「……蒼い、蝶?」
フィリアが驚いたような表情を見せる。
俺も一瞬、目の前に広がるその光景に目を奪われた。
シエラの周りを、複数の蒼白い蝶が飛び交っているという、そんな光景に。
───まるで、主人を守護るかのように。
ただただじっとその光景を見ていると不意に一羽の蝶がシエラの下へと舞い降り、肩に留まる。
次の瞬間、その蝶は光の粒子となり弾けて消えた。
そしてそれに伴ってか、周りを飛交う蝶も、どこかに留まりはしなかったが、先ほどの蝶同様に光の粒子となって弾けた。
あまりの光景に何度が瞬きをしていると、いつの間にか幼かったはずのシエラの姿が、元の背丈へと戻っていた。
「あ、れ……?」
シエラが首を傾げながらあちこちを見渡す。
「一体どういう“能力”を持ってるんだよシエラは……」
「えぇ……?わ、私には何が起きたのかさっぱり、なんですが……というかここ、どこなんですか……?」
訝しげな声を出すフゥにシエラは相変わらず、先ほどまでの状況を何も覚えていないようで不思議そうに質問を投げかける。
「シエラの質問はまぁ……答えるけど俺からの質問にも答えてくれ。……自覚があるもので何の“能力”を持ってる?」
「えっと……自覚があるというかカインさんに言われたりしたものだったら“奇跡を起こす能力”とか、ですかね……私が“聖女”だったのも、その“能力”のこともあったからでしょうし……」
“奇跡を起こす能力”、か……。
「あー……だからか、途中から突っ込んできた“魔獣”が自分でコケたりしてたのは」
なんなんだその光景ちょっと見てみたかった……。
「“奇跡”、なんですかねそれは……?」
「“奇跡”が具体的にどんなものかっていう明確な答えはないだろ?」
フゥの言い分にシエラは『……確かに』と納得したようだった。
「では……私は質問に答えたので、今度は私からの質問に答えてください。……先ほどまで、私は一体何をしていたのでしょうか?」
「……さっきの言葉、さすがに憶えてたか」
フゥ、シエラが訊かなかったら説明するつもりなかったのか……俺以上に面倒くさがりだろお前……。
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「えぇ……昨日に引き続き、また小さくなってたんですか私は……」
俺達からの説明を一通り聞き終えたシエラの最初の言葉はそんなことだった。
「昨日と違うのは“第三者の手を借りることなく、元の背丈に戻った”ってことだな」
「あの蝶は“第三者”の扱いではないんですね……」
あの蝶の発生源は多分、シエラからだろうしなぁ……一応“自力で”ってことになるのか……?
「シエラちゃんが小さくなるのってそんなに頻繁に起こることなんです?」
フィリアが小首を傾げながら尋ねる。
「ここまで頻繁ではなかったと思うけど……何が理由でそうなるんだろう……」
教会に居た頃のことをよく知っているクレアですらも、あまり理由は分かっていないようだ。
「んー……謎が多いなぁ……」
なんてことを言うと───
「ご、ごめんなさい……」
───なぜか謝られた。
「いや別にシエラが悪いわけじゃないぞ?」
咄嗟に俺はそう返した。
「そう、ですか……?」
シエラ以外全員が首を縦に振って肯定の意を示す。
「……皆さんの“能力”って使い勝手が良さそうですよね……」
急にフィリアがそんなことを言い出した。
「そうか……?俺が思うに、フィリアの“能力”は見方を変えればクロエやシエラの“能力”に似通ったものがあると思うけどなー」
フィリアの“能力”はどちらかというと俺とは対になる気もするけど……。
「まぁクロエの場合は“不幸”を奪ったり逆に与えたりするって感じだけど……シエラの“奇跡を起こす”ってのは部分的にだけど“運気が上がってる”ってことと同じなんじゃないか?」
俺の場合は“危険回避”の用途くらいにしか使い道はないけどなぁ……例外として適応されるのが“魔獣”ってだけだし。
なぜか“魔獣”だけは消滅させることが可能だったりする。
だが“人ならざるモノ”には効かないため、シエラを教会から連れ出した際には『逃げる』という選択しかできなかったのだ。
「あー……まぁこの中で一番優秀な“能力”となると個人的に思うのはクレアの“能力”か?“なおす能力”ってヤツ」
「……事態が収束してからじゃないと手の施しようがないのがちょっと私としてはもどかしいところだけどね」
単なる治癒能力ではない、のか?
「クレアの“能力”はあらゆるモノを“なおす”んだ。壊れたモノを“修理す”とかさっきみたいに傷を“治療す”とか……色々“なおす”ことができるからかなり有能だと思うぞ、俺的には」
有能を通り越して万能に思えるけどなぁ……。
「私がきちんと認識しているモノにしか作用しないけどね……」
「十分凄いじゃないですか……!」
フィリアのテンションがかなり上がっているようだ。
「“運気を上げる”だと……くじ引きとか強そうだな……それはそれで羨ましい……」
フゥが本気で羨ましがっている……珍しい。
「……“悪魔”さんの“能力”には何か、欠点とかあるんですか?」
「俺の?もちろんあるけど……俺のは“空間転移”で色んな場所に“跳べる”わけだけど……まぁ、俺が『過去に行ったことのある場所』でないと作用させられない。地図を見ながら『この辺りに街があるのかー……よし行ってみよう』とはならないってことだ」
……あったのか、欠点。
「あ、あるんですね…………えっと……」
フィリアに質問しようと、視線を向けるも、名前を呼ぶには至れなかったようだ。
突然視線を向けられ、フィリアは戸惑っているようだが、流れ的に自分にも同じことを訊かれているということを解ってくれたらしい。
「えっと……私は時々、反動が来ますね……ちょっとした“不幸”に見舞われます」
“能力”の効果は可愛らしいのに反動来るとかそれはちょっと理不尽じゃないか……!?
「えぇ……反動、あるんですか」
「あるんですよー反動……運気だだ下がりですよー」
だだ下がりて……まぁでも、全員“能力”に何かしらの欠点があるってことは分かったな……。
───『“能力”は有能ではあるが万能ではない』。
“能力者”の間でしか理解し合えない言葉が一瞬、俺の脳裏を過ぎっていった。