Page.26「襲撃」
和気藹々とした雰囲気の中で、つい先程までは笑顔を見せていたはずの“悪魔”の表情はなぜか曇っていた。
何かを、警戒してるのか……?
その表情の意図が気になり、声を掛けようと俺は口を開いた───だが。
それよりも先に動いたのは、フゥの方だった。
突然、ハッと何かに驚いたかと思うと───
「───急いでコイツらを連れて家に入れ!!」
───とフィリアに向けて叫んだ。
「え……?それは、どういう───」
「説明してる暇はないっ!いいから急───」
フゥの言葉の意味を理解しきっていないフィリアに、フゥが声を荒らげるも、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
───森の木々の陰から、“何か”が飛び出してきたからだ。
「ひっ……!?」
フィリアは突如現れた“何か”に驚き、思わず目を瞑ってしまう。
「───あーもう、めんどくせぇなぁ!!」
不満を漏らしつつもフゥは、自ら発動させた複数の魔法を駆使しながら“何か”を迎撃していく。
そしてふと、何か思いついたのかハッとした表情をみせたかと思うと徐に左手を背に回し、指をパチンっと一度鳴らした。
すると───
「───へ?」
───フィリアが素っ頓狂な声を出した。
……まぁ、無理もないだろう。
フゥが指を鳴らした直後、フゥを除いた俺達の足下が一瞬にして“消滅た”のだから。
あるのは、先の見えない真っ暗な闇のみ。
───『転移術式』。
任意の場所同士を繋ぐ空間干渉型魔術の一つ、なのだが───
「これ、どこと繋いってぇ!?」
……言い終わる前に家の床と思しき地点に、尻もちをつくような形で落ちた。
かなり痛い……。
なんてことを思っているといきなり、白い影が俺の視界に飛び込んできた。
というか───
「うおわぁっ?!」
「ひゃあっ!?」
───俺の上に降ってきた。
同時に上がった悲鳴は二つ。
一つは俺のもので、もう一つは少し高めの声だったが、その正体はというと───
「シエラ……また、小さくなってるのか……」
───昨日ぶりの、幼くなった方のシエラだった。
「あぅ……気づいたらからだが浮いてた……こわかった……」
どうやら、『転移術式』が作用している最中に幼くなったらしい。
「それはまぁ、びっくりするよな……」
と同情の意を示しつつ、俺はシエラの頭をそっと撫でてみせる。
なぜだろう、幼い方のシエラだとどういうわけか無性に頭を撫でたくなるな……。
「え、えっと……シエラちゃん、ですよね……?」
不意に背後から声を掛けられる。
俺達と一緒に落ちてきていたフィリアだ。
「あぁ、見た目が幼くなってるけど、間違いなくシエラだよ」
「おねーちゃん私のこと知ってるの?!」
俺がフィリアの疑問に答えた直後、間髪入れずにシエラは昨日の俺に訊いたことと同じようなことを尋ねた。
「このお姉さんはついさっき、シエラの友達になってくれた子だ」
「ほんとっ!?」
ぱぁっ……と顔を輝かせながらシエラはフィリアの方にパタパタと足音を立てながら走っていった。
そんな先ほどまでの様相とは全く異なるシエラに、フィリアは「あはは……」と少し困惑した様子だ。
「なぁ、この家って一体誰の……」
ふと気になり、フィリアに問いかける。
「……ここ、私の家ですよ。でも、あの人はどうしてここが……?」
フィリアは不思議そうに首を傾げる。
「『転移術式』は使うときに細かい場所の指定は要らないって確か前に言ってたな……まぁつまり、その魔法の使用者が対象となる場所の位置を知っておく必要はないんだ。だから多分、君の家っていうことしか条件に入れてなかったんだと思う」
俺がそんな説明をしているのをよそに、俺達とは少し離れた場所に立っているクレアはただぼんやりと、窓の外を眺めていた。
「フゥ君、大丈夫なのかな……」
と、クレアは不安そうな声で呟く。
その言葉に、俺は何も答えることはできなかった。
今はただ、無事であることを祈るしか───




