Page.20「出立」
まさか、朝からあんなに大笑いすることになるとは思わなかったな……。
人の笑顔を見るのはいいことだが、自分も笑顔になるのは、もっといいことなんだろうなと思う。
───『笑顔は伝染する』。
昔、何かの本で目にした言葉が不意に脳裏に浮かぶ。
こういった言葉は、実際に体験して実感するものだと、改めて思う。
「クロエ君、なんだか楽しそうだね?」
「ん、そうか?ただ単に懐かしい言葉を思い出しただけなんだけど……」
興味津々、とでも言うかのようにキリカが話しかけてくる。
「おぉ、どんな言葉なのかな?」
「別に大した言葉じゃないし……教えるつもりもないな……」
あえて答えようとしない俺に対してキリカは、僅かに不服そうな顔を見せる。
「え〜……教えてよ!」
「嫌だ」
しばらく同じようなやり取りを繰り返しているとフゥが笑いを堪えているのか、肩を上下させているのが視界に入った。
「……なんか無性に腹立つ」
「他人の言い争いってのは、見てる側としては面白いからなぁ?」
「面白がらないで?!」
イラつく俺と、ニヤニヤと腹立つ笑みを浮かべるフゥと、それに必死に抗議するキリカが口々に言葉を発するせいで最終的に、誰が何を言っているのか分からないくらいに騒ぎながらも、いつもの部屋に向かった。
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ガヤガヤしながら部屋に入ると、当然のことだが、ソファーに座っているシエラとクレアが居た。
「た、楽しそう……ですね?」
「はぁ……いやもう楽しさとか、そんなものの欠けらもないぞ……ただただ疲れた……」
若干困惑しているような、そんな表情を浮かべているシエラにそう言われ、俺はヘトヘトになりながらもそう答えた。
いつもの場所がシエラに取られてる……仕方ない、その隣にでも座らせてもらうとするか……。
「クロエ君が答えてくれないのが悪い」
「大した言葉じゃないって言っただろうが」
未だにムッとして不満げにしているキリカに呆れつつ言い返す。
「えぇと……二人は一体、何の話をしてたの?」
「かなりくだらないことだからまぁ、別に気にしなくていいぞ」
適当な返答をするフゥに「えー」と文句を言いたげな声を上げるクレアだったが、それ以上訊いてくるようなことはしなかった。
「えっと……出発、するんです?」
「ん、あぁ、朝ご飯を食べた後にでもそうしようかなと思ってるけど……行けそうか?」
ただの予定でしかないから不都合ならいくらでも変えることはできるけど……。
「私は大丈夫ですよ、いつでも」
俺の質問に、柔らかな笑みを見せてシエラは言う。
「クレアは?」
フゥがクレアに尋ねる。
「ん、大丈夫だよ?でも、キリカさんに全部任せちゃったの、何か申し訳なかったな……」
申し訳なさそうにするクレアに対しキリカは───
「んー?そんなに気にしなくても大丈夫だよ、私は頼られるのが好きだから。それに二人の服装を考えるのも楽しかったし」
───と、心の底から嬉しそうな表情を浮かべながら言った。
そういえばキリカって昔からそういうの結構好きだもんなぁ……。
“服の組み合わせを提案する職業”とか向いてそうだ。
「さてと……そろそろ朝ご飯作らなきゃね!」
俺が色々考えている間にキリカは、朝食を作るために部屋をあとにした。
「さて……俺は少し出掛けてくるかな……」
キリカが部屋を出ていったのを確認するとフゥは唐突にそう言った。
「出掛けるって……どこにだ?」
「んー……まぁちょっと準備しに行くだけだ。面倒事を避けるためにも、先手を打ちに行ってくる」
詳しい場所までは教えないんだよな……いつものことだけど。
「キリカが朝ご飯作り終えて俺らを呼びに来る前に戻れればいいか……」
小さな声で呟くようにそう言うと、フゥは軽く床を蹴ってそのまま姿を消した。
「“面倒事を避けるために”って……」
「フゥ君にも何かしらの考えがあるのではないかと」
クレアが静かに言う。
「昔からそうだったのか?」
「う〜ん……誰にも何の相談もせずに自分一人で勝手に行動してるような、そんな感じ……だったかな……?」
あっ、今と全く変わってないなそれ。
「“悪魔”さんは自分を“悪魔”だと言い張る割にはその……言動が矛盾してるというかなんというか……」
シエラの言う通り、確かにフゥの言動は矛盾している。
自分に関わることで、その関わった人にまで迷惑が及ぶことを恐れているからだと、思うんだけどな……。
「ん、誰か今、俺の言動が矛盾してるって言ったかー?」
「あ、いえ……な、なんでもない、です……」
何の前触れもなく戻ってきたフゥにそう訊かれ、かなり動揺の色を見せるシエラ。
「動揺しすぎだろ。別に怒ってねぇから安心しろ」
そんなシエラを見て、純粋な笑みを零しながらフゥは言う。
「準備、終わったのか?」
「あぁ、ちゃんと終わらせてきたぞ」
一体どこに何をしに行ったのかは知らないが、かなり早くないか……?
そう尋ねようと思ったが───
「ご飯出来たよー!」
───という、キリカの呼び出しがかかったため断念せざるを得なかった。
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「あ、そうだすっかり忘れてた……会計長がこの家の財産の全権を握ってるんだよな……」
「あ……本当だ忘れてた……何か足りないとは思ってたけど、肝心なお金を渡していなかったね……」
朝ご飯を食べ終えた直後の俺とキリカのやり取りは以上のものだった。
先ほどのやり取りは、お互い別に怒っていたわけではないので数分も経てばケロッとしている。
「四人で分割して持っておくのが一番得策だよな……予算、全く決めてないけど」
「そこら辺は大体で大丈夫だろ。もし仮に所持金が底を尽きてもまぁ、どこかで働き口探せばなんとかなるだろうし」
マジでヤバくなったときの最終手段だなそれは……。
「えぇと……ちょっと計算してくるね……」
「別に均等に分ける必要はないからなー?」
フゥがキリカに向けて言うが、その言葉が届いたのかどうかは、分からずじまいだった。
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それから数分後、計算を終えてきたらしいキリカは、俺達にそれぞれ一つずつ財布を手渡した。
……かなり分厚い気がするけどまぁ、そのくらいは必要か。
「あ、ちなみに均等ではないからねー」
「別に均等にしなくても結局、後でひとまとめにされるからな」
フゥの言葉、ちゃんと届いてたか。
「えぇと……これ、私達が持ってていいんです……?」
あたふたしている様子のシエラに対し俺は、
「ん、別に持ってていいし何なら、勝手に使ってくれてもいい。あ、ただし何に使ったかは報告してくれないと後々困りそうな気がするからそれだけ気をつけておいてくれれば」
まぁ要はお小遣いみたいなものだと思ってくれ、と最後に付け加えてそう伝えた。
「使い過ぎは厳禁だけどなー」
「いやその辺りは言わなくてもちゃんとするだろ」
子どもじゃあるまいし。
「さ、さすがに加減くらいはできますよっ……!」
「本当か〜?」
フゥがニヤニヤしながら問い掛ける。
こういうときのフゥの表情はかなり活き活きとしている。
正直なところめちゃくちゃヤバいヤツでしかないと思っている。
「ほ、本当です……多分」
先程までの威勢はどこへやら。
なんで途中から自信なくなっちゃったんだ……。
キリカなら、強引に勢いで乗り切るんだけどな……。
「あ、もうすぐ十時だけど……どうするの?」
突然、壁に掛けてある時計を確認したキリカがそう尋ねてきた。
「ん、どうと言われてもな……行くか?」
俺がなんとなく訊くと───
「私はいつでもいいと言いましたよ」
「俺は最初から異議なしって言ったぞー」
「私も大丈夫だと……」
───口々に言われた。
その言葉を聞いてから俺は───
「───よし、じゃあ行くとするか!」
───皆の顔を見つつ、そう言ったのだった。
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そんなこんなで現在、街の出入口である関所前に俺達は立っている。
「さて、関所まで来たのはいいけど……難なく通れるのかどうか……」
シエラが聖女であるということは周知のことだ。
止められでもすると確実に“規則”を破ろうとしている不届き者として俺達は捕まるんだろうなぁ……。
「あぁ、そのことなら問題ないと思うぞ」
あれこれと思案を巡らせている最中に、フゥが口出ししてきた。
「……まさかと思うけど、さっき出掛けたのって」
「門番に直接言いに行ったわけではないけどな。多分アイツのことだし頼んだことくらいはやってくれてそうだ」
アイツ……?
一体誰のことだろうかと思っていると、不意に一人の門番らしき人がこちらに向かってきていた。
「よぉ門番、ちゃんと仕事してるなー」
「お前は歳上に対する礼儀ってものがないのか」
フゥがわざとらしい声色で話しかける。
それに対し呆れたような口振りで門番は返答した。
「俺が大人を嫌ってるのは、お前も知ってるだろ?」
「はいはい、平等に見てくれてるってことにしといてやるよ」
なんだろう、やけにこの門番はフゥの扱いに慣れているような気がするな……。
どうやら俺が外に出てない間にも、フゥはこの門番と交流があったようだ。
「おや、そちらの方は……」
───と、門番の男は急にこちらの方に視線を向けてきた。
何か言われるか……いやでも、フゥが大丈夫って言ってたしな……。
「何かあったか?」
大丈夫とは言ったものの、フゥも少し焦っているのか僅かに早口で尋ねる。
「あぁいや、別に何というわけではないんだ。ちゃんと神父からの伝言は届いているから安心してくれ」
門番は俺達が内心焦っているということに気付いたのか、すぐにそう答えた。
さっきフゥが言ってたアイツって、神父のことだったのか。
「……そうか、ならいいが……と言いたいところだけど二人のことをじっと見てるのが普通に気になるわ」
「いやぁ……聖女様を間近で見られる機会なんてそうそうないから目に焼き付けておこうと思ってな」
正直なのはいいがなんかこっちとしては謎の不快感があるな……。
自分に対してではないにも関わらず。
「それ以上見たら俺はお前を“攻撃対象”と見なす可能性があるから気を付けろよな」
「おぉ……お前が言うと怖いんだよ、冗談じゃないから」
その様子だと前にも似たようなことを言われたことがあったのか……。
「当たり前だ。……なんか、話すのも面倒になってきたな……それで?俺らは関所を通ってもいいのか?」
心底面倒くさそうにフゥが言う。
「あーそうだったそうだった。神父からの伝言は確かのようだしな、別に構わないさ。それでは───皆さん、良い旅を」
いかにも関所の門番らしいその言葉に、フゥは自然と笑みを零した。
「言われなくてもそうするさ、なぁクロエ?」
そして唐突に俺に話を振ってくる。
「あぁ。言われなくても、だな」
そんなことを言いつつ、俺達は街の外へと一歩、踏み出した。
───こうして、俺達の長い長い旅物語は、幕を開けたのだった。




