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Raison D'être  作者: 澪音
Ⅰ.すべての始まりは──── その①
2/47

Page.1「夢か現か」

 ────夢を見ていた。


 いや、正確には夢に“居た”、という方が正しいか。


 あるときから頻繁に見るようになった夢。


 それは『真っ白で何もない空間に自分一人だけが存在している』、といった内容のものだった。


 でもその日見た夢は、どういうわけかいつもと少し、違っていた。


 いつものような色すら存在しない空間ではなく、ちゃんと色も景色も存在していたのだ。


 ────いくつかの燭台によって仄暗く照らされた広い空間の中央には鮮やかなステンドグラスが鎮座している。


「……教会?」


 目の前に広がっている場所は、まさしく教会の“礼拝堂”だった。


 ……なんで、今日は教会なんだ……?


 そんな疑問を抱きながら、辺りを見回していると────


「────誰、ですか……?」


 ────と、背後から声が聞こえた。


 振り向くとそこには、一人の少女が立っていた。


 その少女は真っ白な服に身を包み、目深にフードを被っている。


「……もう一度お訊きします。貴方は誰です?それと……どうしてここに?」


 んー、どうって言われてもなぁ……。


「……その質問、そのまま返してもいいか?」

「先に私の質問に答えていただけたら、いいですよ」


 ……まぁ、そうなるだろうな。


 質問にはちゃんと答える。


 けどその前に────


「……人と話すときは、ちゃんと相手の顔を見て話そうか」


 ────と、俺は一気に少女の目の前まで距離を詰め、半ば強引に被っていたフードを外させた。


「────っ?!」


 少女の驚いている表情が露わになる。


 この反応の仕方は……突然のことすぎて思考が追いついてないって感じ、か……?


「な、なん、で……フード、外したん、ですか……?!」


 そんな風なことを顔を真っ赤にして言われた。


 いや、違うか……思考が追いついてないというかこれは……


「えっと……もしかして、『人見知り』とかだったりするのか……?」

「もしかしなくてもそうですよっ!……ただでさえ人と向き合って話したこともないのに……ましてやこんな距離でなんて、一度もありませんよっ!!」


 顔を真っ赤にしながら、少女は抗議をしてくる。


「あー、いや……なんかごめん……」


 とりあえず、謝っておくことにした。


「……それで、貴方は本当に誰なんです?」


 少女はムスッとした顔をしつつ、再三同じ質問を投げかけてくる。


 これ、答えないと先に進ませてくれない感じだよな……。


「……クロエ・ノアール。それが俺の名前で、どうしてここに来たかっていうのはむしろ、俺が訊きたいんだよなぁ……」


 仕方ないので、嘘偽りなく答えることにした。


「……クロエ・ノアールさんですね、覚えました……ん、ノアール……?あの……もしかして、『悪魔が棲む家』の?」


 おぉ、その言葉が今ここで出てくるか……。


 実際、この少女が言っていることは間違いではない。


 確かに俺の家には、“悪魔”が棲んでいる。


 “悪魔”、といっても別に物語とかに出てくるような悪い性格をしているわけではない。


 ────少なくとも()()()は。


「……()()()のことを何も知らないから、そういう風に言えるんだろうな……周りの人は」

「何か訳ありのようですね、その様子からすると……まぁいいでしょう。……それで、どうしてここに来たか、解らないと言っていましたが……?」


 不思議そうな表情をしながら、少女は首を傾げる素振りを見せる。


「君がどうなのかは知らないけど、俺からすればここ、夢の中なんだよな……」


 夢の内容を操作できるなら、こういった場所は普通、選ばないだろう。


 俺の言葉に対し少女が、驚いたような表情を浮かべながら俺の顔をバッと見た。


「え……貴方も、同じなんですか……?」

「ん、その反応だと君も同じ状態って感じか?」


 ……いつも見る夢から醒める方法は『ただひたすら歩き続ける』ってことだけど、この場合、どうやったら醒めるんだろうか。


「……まぁ、いいや。俺は君の質問に答えたんだ。だから今度は、君が答える番だ」

「……分かりました。自分が言い出したことですし、ちゃんと答えますよ」


 少女は諦めたような表情を浮かべながらも、そう言った。


 それからふと、何か思ったことがあったらしくいきなり────


「というか私のこと、見て分かりませんか?」


 ────と訊いてきた。


 ……いやいや、分かるわけがないだろう。


「生憎と、俺はあまり外に出ないからな……」


 理由は……言わないけど。


「どうしてですか……貴方は私と違って外を自由に歩き回ったりすることが出来るんですから、ちゃんと外に出たほうがいいですよ……」


 どういう意味だ……?


 ────と、そこまで考えたが自己解決した。


 ……あぁ、そういうこと。


「君は“聖女様”、か……なるほどな」


 ────“聖女”とは。


 どんな小さな集落であったとしても、必ず教会は存在する。


 そこには、一人の“聖女”もしくは“聖人”が居て、“神のお告げ”を聴き、それを人々に伝えるのが役目なのだという。


 本での知識しかないからあまり記憶にないけど……確かそんな感じだったはず。


 まぁ俺は外に出ることはまずないから基本、そんな人とは無縁のはずなんだけど……どうしてこうなったんだ……。


「……知ってはいるんですね、聖女のことを」

「最低限のことだけだけどな。それで……さっきの話聞いて思ったんだけど……聖女様って、外に出ることとか許されてないのか?」


 聖女は地位としてはそれなりに高いはずだ。


 だから、別に外に出る程度のことなら許されてもおかしくないと思うんだけど……?


「許されてませんよ、少なくとも私は。それと、()()()と呼ぶの、できれば()めてもらいたいのですが……」

「……名前教えてもらってないから呼びようがない」


 話が逸れたのは……あ、俺のせいか。


「そういえばそうでしたね……私の名前はシエラ……シエラ・ホワイトと言います。好きに呼んでくれて構いませんよ。一応ここは夢の中ですから、誰も来ることはないかと……」

「俺は例外扱いなのかな」


 呼び方、か……。


「んじゃまぁ、シエラって呼ぶことにするよ」

「なんの躊躇もないんですね……」


 好きに呼んでくれていいって言ったのはそっちだと言いたい。


 それはそうと……


「それで……なんで、外に出ることを許されてないんだ……?『外に出たい』って考えることくらい、あるはずだろ?」

「……物心ついたときからずっとここに居ますから今更、疑問に思うことすらありませんよ。……まぁでも、外に出ようとする度に皆さんが止めに入ろうとしてくるので多分、それが煩わしくて、自分から外に出ることを諦めたんだと思いますよ」


 何事もないかのようにシエラは言う。


 ……へぇ。


 みんなが寄ってたかって、てか……?


「えぇと……()()、さん……?」

「ん、なんだ……って、そう呼ぶことにしたのか」


 家名を変えなきゃいけなくなるぞ。


「呼び方は別にいいじゃないですか……そんなことよりも……今、なんだか怒ってるように見えたので……少し、心配になったんです」


 心配してくれるんだな……。


「ちょっと、思うことがあってな……なぁシエラ、もし仮に……」


 俺はふと思い浮かんだ質問をシエラに投げかける。


「────もし仮に、外に出られる可能性があるとしたら、君はどうしたい?」


 質問に対してシエラは一瞬、大きく目を見開いた後、(おもむろ)に口を開いた。


「……外に出られる、可能性……ですか?まぁ、そんなものがあるなら……出来ることなら、その可能性に賭けたい、ですね……」


 シエラならそう言うと思った。


「────なら、俺が何とかしてやるって言ったら?」

「……え?」


 シエラが最初の驚き以上の表情を浮かべる。


「可能性があるなら賭けたいって言ったのはシエラだ。……言い直させないからな?」

「……それは確かに……そう、ですけど……で、でも一体、どうやって……」


 ……シエラを連れ出すのは多分、俺一人じゃムリだ。


 体力とかはまぁ、大丈夫のはずだけど。


 ……()()()()に協力してもらうか……引き受けてくれるかどうかはこの際考えないことにするとして。


「俺にだって協力してくれる人くらい居る……はずだ」

「そこは自信持ってくださいよ……これでも私、少しは貴方に期待してるんですから」


 お、期待はしてくれてるんだ。


「……分かったよ。じゃあ一つ、約束しよう。んー、そうだな……“今夜”、俺はシエラを外に連れ出す。それでいいかな?」

「随分行動が早いですね……私は別にそれで構いませんが……もし仮に、ここでのことを覚えてなかったらどうするんですか?」


 確かに、それは問題だな……どうしようか……。


 そんなふうに考えていると……


「────モノ」


 突然、シエラがそう言った。


「ん、モノ……?」

「お互いのモノを持っておいたら、忘れないんじゃないでしょうか。仮に忘れていたとしても、思い出せるかも……僅かな可能性ですが」


 なるほどな……まぁこの際、その僅かな可能性に賭けるのもありか。


 それに────


「……もうあまり時間が残ってないみたいだし、とりあえずその案を採用することにしようか」


 ────少しずつ、視界に映る景色が薄れてきている。


「分かりました……では、これを」


 そう言うとシエラは、どこからかビーズで作られたブレスレットを取り出し、俺に差し出した。


「随分とまぁ可愛らしいモノを……」

「私が小さい頃に作ったモノです。これくらいしか、今は手元になかったので……」


 ……俺が今渡せるモノ、か。


 そんなことを考えつつ、身体のあちこちを探ってみる。


 ……ん、ちょうど良いモノがあった。


 そう思い俺は、ポケットから“それ”を取り出し、徐にシエラに差し出した。


「これ、は……ペンダント……ですか?」

「俺が子どもだった頃に母さんが俺にくれたモノだ。『助けたい』って思う人が現れたら、その人に渡せって言ってたような気が……」


 『()()()』っていうのが『助けたい』の前に付いてたような気もするが今はどうでもいい。


「……それが私、だと?」

「まぁこの場合、そういうことになるな」


 そう言いながら俺は、シエラに向けてペンダントを差し出す。


 そして、お互いに差し出されたモノを受け取った。


「それでは、また────」

「────また、“今夜”に会おう」


 こうして、俺達の約束は交わされた。


 ……まるで見計らったかのように、そこで俺の意識はふっと途切れた。


────────────────────


 ────意識が現実へと引き戻される。


「ん……」


 まだぼんやりとした意識のまま、俺は思考を巡らす。


 何か……夢を見てたような……?


 なんの夢……だった……?


 いつもの夢なら、確実に覚えてるのになんで……今日に限って……覚えてないんだ……?


「ん、やっと起きたか。いくらなんでも寝すぎだろ……おい、大丈夫か?」

「……え……?」


 急に声を掛けられた俺は、即座に答えられなかった。


「いやなんか、ボーッとしてるみたいだけど?」

「あぁいや、実は……いつもと違う夢を、見たはずなんだ……なんていうかこう……忘れたらいけないような、そんな感じの」


 そう言いながら、俺は今の状態を確認する。


 どうやら俺は、いつものようにソファーで寝てしまったようだ。


 そしていつも通り、ソファーの背もたれ部分の向こう側から、“悪魔”が覗き込むようにして俺の方を見ていた。


「へぇ……珍しいな、クロエが夢の内容を忘れるなんて。……だったら、いつもの夢じゃなかったんじゃねぇの?」

「そういうもの、なのかな……?」


 確かに、その可能性も考えられる。


 けど、“忘れたらいけないような夢”って……一体、何を根拠に……?


 などと考えていると────


「あ、クロエ君やっと起きたんだ〜!」


 ────と、奥の部屋から明るい声が聞こえた。


「キリカは変わらず元気だなぁ……」


 声の主は俺の家に居るただ一人の使用人、キリカだった。


 彼女の本名はキリカ・イレーネ。


 よく使用人が着ている典型的な形の服を身につけ、家事などを何でもテキパキとこなす万能人だ。


「クロエ君が元気ないだけだと思うよ?ねぇ、フゥ君もそう思うでしょ?」


 そう、キリカは“悪魔”こと────フゥ・ティーグルに同意を求めた。


「いや、キリカは人の倍以上元気だと思うぞ?あ、もしかしてお前……無意識のうちにクロエの元気を奪ってるんじゃないのか?」


 ……などと、フゥはニマニマと薄ら笑みを浮かべながら茶化すように言った。


「わ、私はそんなことしないよ!」


 そんなフゥの言葉にキリカは腕をばたつかせながら猛抗議する。


「本当かぁ〜?」

「ほっ、本当だよっ!?」


 ……なんだかんだで仲良いんだよなぁ、この二人。


「クロエ君も何か言ってよ!」

「なんでここで俺に話を振るんだよ……面倒だから何も言わないぞ」


 俺がそう言うと、頬を膨らませながら軽く拗ねているキリカが────


「あ、もうすぐ九時だ……そろそろ準備しないと……」


 ────と、急に慌て始めた。


「ん、何かあるのか?」

「十時から教会に“お告げ”を聞きに行くんだよ!……あ、そっか。クロエ君はこの時間なら寝てるもんね!」

「……十時からなら別にそんなに急がなくてもいいんじゃ?……あぁ、ご飯の買い出しを先に済ませるってことか」


 てか、俺がその時間まで寝てることをそんな元気に言わなくても……あ、れ……?


 教会……お告げ……


「……聖女……?」

「え……クロエ君からその言葉が出てくるとは……あれ……?」


 キリカが何かに気付いたらしく、俺の左手を指さしながら────


「ねぇ、その()()()()()()って誰の……?クロエ君のモノでは……ないよね?」


 ────と、訊いてきた。


 一体、何のことだ……?


 そんなことを考えながら、俺はキリカが指さしている左手の方に視線を向ける。


 するとキリカの指摘した通り、明らかに俺のモノではないビーズで作られたブレスレットが手首に嵌められている。


 それに気付くと同時に自然と、胸元へ手をやっていた。


 でもそこには、ただ服の感触があるだけで他には何もなく。


 “────随分とまぁ可愛らしいモノを……”


 “────私が小さい頃に作ったモノです”


 ……頭の中で、聴こえるはずのない声が、確かに聞こえた。


 あぁそうだ……この身に覚えのないはずのブレスレットも、ペンダントの行方も……


「すっかり忘れてた……」


 ────俺は欠落していたモノの全てを思い出した。


「クロエ君……?」

「ん、クロエ……?」


 ……とりあえずまず先にやるべきことは、この二人に経緯を説明することから、か。


 いくつか気になることがあるし、まぁ……それは話しながら整理していくことにしよう。


「……二人に話さないとだな、俺が昨日見た()の話を」

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