Page.11「“悪魔”の思案」
何か考え込むような素振りをしてから、クロエは一人、仲裁へ向かった。
「……本当に、よかったんですか?」
クロエの方を見つつ、神父がそう言った。
「アイツのことだし、多分大丈夫だと思うぞ」
本気でヤバい状況ならさすがの俺でも『冗談だから』とでも言って止めてたし。
……クロエのヤツ、どうせ『傍観者にはなりたくない』とか考えてたんだろうな。
その気持ちはまぁ、解らなくもないけど。
「……貴方、私の前では彼を名前で呼びませんね」
不意に、神父が俺にそう声を掛ける。
「悪いかよ。名前で呼ばなくて」
今の神父の言い方だと、俺が普段は名前で呼んでるってこと、知ってるよな……。
「“人間嫌い”というか、貴方の場合は“見極めている”のでしょう?……その人間が、信頼しても大丈夫な人間かどうかを」
……どうだろうな。
別に警戒してるとか、そういう理由ではなく、なんとなくそうしてしまっているというかなんというか。
────自分のことほど、解らないモノはないな。
「そういえば、昔からそうでしたもんね……」
「普通に生きてたとき、俺がまともに友達って言えるヤツって、もしかしたらクレアだけだったんじゃねぇかな……」
────何が理由で、なんて考えたくないが。
けれど、一度巡り始めた思考は、止まることを知るわけもなく。
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“────聖女様が、我々と同じ“人間”のはずがないだろう?”
“『人間』のお前が、あのお方のことで口を挟むなよ、ガキ”
“────他人を、嫌いにならないでね?……いつか、貴方の味方になってくれる人が、現れるはずだから……”
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────巡らされた思考は俺が思い出したくもない“記憶”を甦らせた。
最後のは、絶対に違うけど。
まぁとりあえず────
「……ヤバい、色々と考えただけでイライラしてきた」
────俺が思ったことは、結局はそんな感じのことなんだけどな。
「えっ、どうして?!」
俺のその言葉を聴いていたらしいクレアが慌てて言う。
……今の俺が考えてたことは、いくら事情を知ってるとはいえクレアに伝える気にはならないな……よし、誤魔化すか。
「……お前、俺には敬語っていうか丁寧な口調、使わないって言ってなかったか?」
俺が今一番気になってることを利用して。
「ご、ごめん……なんか久しぶりに会ったからどうすればいいか分からなくて……」
しどろもどろになりつつ、クレアはそう答えた。
……相変わらず、だな。
「まぁいいけど。……気になってるのは神父も同じなんだがな」
遠回しではあるが、これでも『なんとかしろ』と言っているつもりではある。
伝わるかどうかは別として。
「……普通、人の口調なんて気にしますかね?親しい人にならともかく、他人にまで……」
「それは多分、お前だからだと思うぞ────“カイン・プロートス”」
と、俺は神父の本名を言う。
神父の目が、わずかに細められる。
「……どうして、私の名前を?」
「簡単なことだ。エヴァンから聞いたっていう、ただそれだけの理由だ」
ずっと前に、エヴァンから言われた。
────もし俺が居ないときに何かしらの問題が起きたときは、カインを頼れ、と。
顔も知らない相手をどう頼れっていうんだ、なんて言い返したような気がするんだよな……。
「……質問の内容を間違えたようです。なぜ、その名前の人間が私だと分かったんですか」
いやなぜって聞かれてもなぁ……根拠なんて、これっぽっちもないんだよな……。
「フゥ君って全く会ったこともない人でも名前を教えてもらう前に呼んでること、あったよね?私と初めて会ったときもそうだったけど」
ん、そうだったっけ……?
さすがに思い出す気にならないな……さっきみたいに余計なモノまで思い出すだろうし。
「あ、無理に思い出そうとはしないでね?!」
ハッとした表情を浮かべてからクレアが慌ててそう言ってきた。
そんなに心配しなくても大丈夫だっての……。
「……分かってる。……まぁ、クレアと会ったときのことと、お前がカインだと分かったことについては置いといて、だ。とりあえず俺はお前を、信頼に値する人間だと認めることにする。……頼れる人間は、多い方がいいからな」
後者は置いといたらいけない気もするけど。
「てなわけで、口調をなんとかしてくれ。親しいわけでもないが、とにかく俺は敬語とかそういう口調使われるのが、嫌いなんだよ」
結局遠回しに言った意味もなく、俺はそう言った。
……多分、俺が聖人になってから急に態度を変えてきた“アイツら”と姿が重なって見えるってのが、理由なんだろうな。
“お仕事モード”のキリカには……言うに言えない。
言っても無駄だということは、昨日のクロエとのやり取りを見ていて既に確認済み。
「自分勝手にも程が……」
などと聞こえたあと、神父はほんの少し考えてから、深々とため息を吐いてみせた。
そして────
「……なんで俺が“悪魔”であるお前の言うことをきかないといけないんだよ」
────不機嫌そうな口ぶりで言った。
「文句を言いつつ聞いてくれるってことは、結構いいヤツだよな……」
多分、頼まれたら断れないような、そんな性格なのだろう。
「まぁ、今日はどうせ神父としては休みを貰ってる日だからさっき話しかけたときも、この口調でよかったんだろうが……急に口調変えて話しかければ驚かれると思ってな……」
本当にいいヤツすぎるだろお前。
「……俺を信頼に値するとしたなら、彼のことも、普通に呼べるだろ」
「そこまで気にかけなくてもよかったんだがなー?」
────と、俺は自然と笑みを零しながら、そう言っていた。
普通に“人間”として生きていた時代に、こんな感じのヤツが俺の知り合いに一人でも居たなら、俺も少しは、変わってたのだろうか。
────なぁんてな?
ん、そういえば、やけに静かだなシエ……あ、寝ちゃってるのか。
さっきは散々俺がちょっかい出したからな……まぁ、疲れてても仕方ないか。
さて、そんなことよりも……今はアイツの方はどうなってるか確認しないと。
クロエが負けるなんてことは、まずないことは分かってるけど一応、な……。
────俺がちょうど視線を向けたとき、男達の中の一人が、手にしているナイフを使い、クロエのことを切りつけようとしているところだった。




