失われた騎士
◆「失われた騎士」
姫の騎士と言うのは特殊な地位です。基本的に騎士の中から選ばれるのですが、稀に騎士位にいないものが選ばれる事があります。それは主にロマンスといった部類の話で、平たく言ってしまえば愛人といったものでした。
対象が女性の場合、養子にして・・・といったもので、当然、ガルランドゥ少年はそれに当たりません。
本来大人が抜け道的に使っている方法をさらに例外的な使用例と言えます。
公の場ではサラーナヤーマの前及び、命を帯びている場合にのみ騎士として扱われます。
彼らの世界では姫の騎士は別名【姫懐剣】と呼ばれます。恋愛が不自由な上流社会で生み出された文化です。つまり騎士は人ではなく姫の持ち物と言う扱いなのです。ですから、子供が出来てもそれは主人である夫の子供と扱われます。それでも、醜聞は押さえられませんが・・・
当然のように実力の無い【姫懐剣】単純に愛人ですので誇れる物では有りません。
ですが、【姫懐剣】が単純に蔑称では無いのです。
その名の通り、姫の懐刀ですので、もし戦に負けて辱めを受けそうになった時にはその騎士が姫の命を絶ちます。その資格を有しているのです。
ですから、第二の騎士は特例中の特例でありえないのです。
そんな訳ですから、姫と【姫懐剣】とのロマンスは星の数ほどあります。
自分の成り上がりのために姫を利用した話、逆に恋多き姫に仕え死地へと去っていった騎士の話。愛し合い、それでも結ばれず運命に弄ばれ最後には最愛の姫をその手にかけた騎士の話。騎士位にあらず、臆病者と姫にそしられながらも姫を守るために命を散らせた者の話。
幼い二人にはあまりに重い契約となる訳です。蔑称でもあり憧れでもあるのですから。
少年の着任はひそやかにそれでも多くの人に祝福されました
王様は密かに少年が気に入ってました。密書を受け取った時も跪こうとしないのです。
「何故?」と問うと「主に悪い」とぶっきらぼうな言葉が返ってきました。
誰も彼もが跪き取り入ろうとする中、少年の無礼な態度は好ましいと思ったのです。その事は姫の手紙にもしたためられていました。
驚く事に、少年は状況を正しく理解しているのです。
宮廷で見かける嘲笑の渦中に少年はいました。ですが、田舎者の少年は何を笑われているのか判らないという風に愛想笑いを作っていたのです。それが痛ましくも思いましたが『子供ゆえ判らないのでしょう』という臣下の言葉を漠然と信じていた、ですが、王様も乱世を生きた戦士です。その経験から子供と言えど判らないわけが無いのです。何より英雄の息子なのですから・・・
英雄レオンの息子、名家スナグ家の長子という事よりも、殺されても文句が言えないと知っていながら姫を諌めた少年に好感を感じたのです。
「良い騎士になるだろう」
密書は親子の交換日記には留まりませんでした。城下町に抜け出しそこで姫が見た様々な事件。それに対する考察は、王様に別の視野を与えます。当然姫の日記はつたなく読み解くには難解な文面でしたが、その事を少年に問うと少年はサラリと答えるのです。
たとえば貧乏な親子が可哀想とかかれていたら、少年は戦争に働き手を取られ稼ぐすべが無い、そして、残った母親も深い傷を負いまともに働けない。
「慰労金があるはずだろ?ただ、それでも何時までもはもたない。父は腕の良い戦しだった筈だ。騎士の家に従士見習いで親子ともども引き取ってもらうというのはどうだろう?」
さらに
「手紙の親子はかなりの手練の家族だ。そこまで上質な物件はそうそう無い。でもそういった家庭は山ほどある。なら家族と言う物を捨ててまとめてコロニーとしたらどうだ?復帰できない負傷兵もいるだろうし、そういった人に戦い方を教わるんだ」
しっかりした物の考え方です。王様は少し意地悪をしました。
「そんな事をしてわが国にどんな得になる?」
国の為に闘った人の末路です。得云々は少年の正義感を刺激すると思いましたが・・・
「得はあります。まずは失った戦士の補充。十年先を考えて下さい。戦士の子供をみすみす孤児に消させるつもりですか?そして、治安。孤児として成長すればそのまま夜盗へと変わりますよ?今の子供達は在野の将です。放置すれば仇成すでしょう。・・・そして、何よりも臆病者の駆逐です」
「臆病者・・・?」
「そうです。今の子供達は戦争の結末を肌で知っています。もし市井として成長して戦場に赴こうとするでしょうか?鞭で打てば戦場には並びます。それでも、戦は出来ないでしょう。彼らは泥を舐めて生きるすべは身に着けています。ならば、見知らぬ戦場と昔通り過ぎた屈辱の日々どちらを選ぶかは自明の理です。当然、そんな奴は役に立たないと切って捨てるのもいいでしょう。ですが、今の彼らは子供です。そして、戦争は終りました。帝国がなったのです。単純に戦士だけを育てるのは愚作かと存じます」
王様は驚きを隠せません。単純に国を強くするどころか国を豊かにする視点で少年が語っているからです。
「何処で憶えた」
「酒場でおじさんたちが泣いてるよ。どうやって暮らしていこうかって、兵隊なんかになるもんじゃないって・・・」
そんな状況から子供ながらに真剣に考え答えを導き出したのです。
少年との対談は並みの騎士よりはるかに身になりました。何しろ最下層の生活の視点から判断しているのです。
王様は少年には告げませんでしたが、国政に大きな影響を与えました。重臣にはその事を明かし、ガルランドゥの来訪の意味を告げたのです。
確かに、国王と姫の文通は微笑ましい物です。ですが、それ以上に意味があると認識を改めました。
嘲笑の渦中の少年は並の騎士よりはるかに国に貢献していたのです。
王様はこの小さな騎士の来訪を楽しみにするようになりました。
騎士のあり方、王族のあり方、時には剣の稽古も付き合いました。
その頃になると姫は「わらわには最高の騎士がおる」と騒ぎ出しました。周囲は子供の言う事と笑ってみていましたが、国王は曖昧に言葉を濁すだけで『違う』とは言葉にはしませんでした。
二人にとって蜜月の時間だったのでしょう。
それは長くは続きません。
【風を睨む騎士】が倒れたのです。
二人にはお気に入りの女官がいました。本来はスナグ家の侍女で、ガルランドゥ付きの侍女でラシスといいます。
二人は泥だらけになって遊んだ後、ラシスの作ったお茶とお菓子を食べながら一日の武勇伝を語って聞かせるのが日課になっていました。それをラシスはニコニコ笑って聞いています。
二人の腕白ぶりは目に余る物でしたが、ラシスにはむしろその方が好ましいようで面倒見のよい姉のような存在だったのです。
そして、少年はその姉に憧れに近い物を抱くようになったのです。
姫はそれを見守りました。まだ少女だったのです。大好きな二人が結ばれるのは姫にとっても喜ばしい物です。ですが、胸がチクリと痛みます。ラシスにはそれが何であるかわかります。
ラシスにとって主ガルランドゥは他の侍女が言うほど悪い主ではありません。むしろ、好ましく思っています。侍女であるラシスは恋愛の練習台という自負もありましたし、それも悪くないと思っていたのです。
少年は思いを告白します。
少年はそんな事をする必要が無いのです。ラシスの側からすれば破格の言葉です。正妻の椅子が転がりこんだのですから・・・ですが・・・
姫の芽吹きもしていない恋心と、必要も無い事を知っていながらそれをよしとしない主の気性を知っています。
ですから、ラシスは正直にその話を断りました。
自分自身も恋というものはよく判らないし、何となく違うと思ったからです。
少年はそれを聞くと「そっか」と残念そうに、でも晴れやかな顔で答えました。
姫はそれを聞いて胸をなでおろし、少年を慰めます。少々乱暴な言葉でしたが・・・
その二人をみてラシスは穏やかに微笑んでいました。
・・・ただ、それをよしと出来なかったのは父である英雄レオンでした。
レオンの経緯からそれが度し難いのは当然の事です。
普通であれば交際を認めてもらいに来てレオンに断られるのが、よくある貴族の流れですが、妙に理解力があったのです。
レオンはガルランドゥの母に求婚を断られ、息子も断られたのです。
レオンはもし二人が愛し合っているのであれば、正式に一族に迎え入れるつもりで密かに話を進めていたのです。ラシスの親もこの話を喜んでいたのです。主家に対して正妻というのは破格の条件です。それがどれほどに忌み嫌われる存在だとしても、過分すぎる温情でした。
ラシスはスナグ家に激しく責められます。それに怒ったのが少年ガルランドゥでした。
貴族の悲恋とは全く逆の悲劇でした。
他の家にこの顛末は忌み子に相応しい末路だと笑われます。
少年は英雄に挑みました。犬など及びも付かない強敵です。殺す気でかかります。それくらい怒っていたのです。
それでも敵うはずが無いのです。
それで済めばよかったのです。
傷つき倒れた少年をラシスが優しく抱きとめます。
泣きながら「抱いてください」とか細くいうのです。
少年はその言葉が耳に響くたびに正気を繋ぎ合わせ、レオンに立ち向かいます。
そして、レオンはその様を見て喜びます。
「そうだ。その気迫だ!お前に足りないのはその気迫だったんだ!よしよし」
その言葉は少年の心を打ち砕くには十分でした。
それでも泣きながら狂ったように叫びながら襲い掛かります。
その凄まじさは、最後には折れた脛で立っていたと言うほどです。
それでも、少年の怒りは父に届きませんでした。
命の危機を察したレオンが少年の意識を刈り取ったのです。
姫様が何時も通り遊びに行くと、少年という名の襤褸きれしか有りませんでした。
その横に泣きながら謝るラシスの姿しか覚えていません。
道士が何人も少年の治療に当たってました。医療では追いつかないほどの重傷だったのです。
しばらくして、少年は意識を取り戻しました。
が、狂っていました。
壁に向かって指でカリカリとかく以外しなくなったのです。食事も排泄も人事のようで、日に日にやせ細っていきます。
ラシスはかいがいしくその世話をしますが、次第に反応を返さなくなっていきます。
姫は見ていられず逃げ出します。
母の元を訪れ、延々と泣き続けます。
それを見て母たちは只事ではないと思い、そのことを王に伝えます。
それを耳にした王は血相を変えて飛んできて問いただします。
大体の話はわかりました。異例な事ですが見舞いにも行きました。その傷跡は王様でも目を背けたくなる様な物です。酷すぎました。
話しかけてももう答えません。
王様はレオンに問いかけます。
「何故判らない?」
レオンには何の事かはさっぱりです。
レオンもまた追い詰められていたのです。
貴族の理屈ではレオンが正しいのです。しかし、貴族とは言えそういった感情が全く理解できないのは異常すぎるのです。
王様はレオンに暇を与えました。
正直に言えばこの一件を丸ごと預かりたかったのですが・・・
王様は姫に耳打ちをして席を外しました。
「・・・もしそうであったのであれば誇っていい」
「ガルランドゥ・・・あそびいこ」
カリカリ
「お菓子を用意しよう。あの焼き菓子また貰いにいこ」
カリカリ
「ガルランドゥ・・・」
カリカリ
少年は答えません。壁を書く音が空しく響くだけ・・・
「ガルランドゥ・・・返事をしておくれ」
カリカリ
「わらわは寂しいのじゃ・・・お願いだから・・・」
カリカリ
「もう!お菓子も何もいらないから!わらわを捨てないでたもれ!」
カリカリ
届きません。お姫様は泣いています。少年の背中に縋って叫んでも少年には届かないのです。
「何でもするから、何でもあげるから・・・」
カリカリ
「・・・返事をしておくれ・・・」
カリカリ
届かないという事は悲しい事です。それがお姫様初めて理解しました。
少年の指音は続きます。
止まりません。
「もお、いいんじゃ自分を責めるな!」
カリカリ
「もお・・・闘わなくていいんじゃ!」
ガッ
音が鳴り止みました。指が止まった訳ではありません。爪が剥がれ、血と肉で音がしなくなったのです。
姫は恐る恐る覗き込んでみます。
少年の口元には血と、ごくり、ごくりと定期的に飲み干す音が響きます。
お姫様は全てを理解して部屋を出ます。
ラシスの身柄を城で預かり、姫様付きの執事に指名しました。少年は生家のほうに戻される運びになりました。こうなっては家督を相続できないという判断からです。
お姫様は部屋に帰って一人になると大声で泣きました。
目の玉が溶けてなくなってしまうのではないかと、思うくらい泣き続けました。
少年は闘っていたのです。
叫んでも届かない。
闘っても勝てない。
少年に出来るのはたった一人中心人物を消す事だけだったのです。
そうそれは、自分。
それでも、悲しむ人がいるから少しでもマシな方法をと狂った振りを続けていたのです。
少年の性格では、後ろでお姫様が泣いていては戦えない。苦しめるだけです。
あのまま後ろにいたら死ぬまで少年は続けたでしょう。
王様はその可能性に気付いて部屋を出たのです。
騎士の最後を決めるのは姫の役目だからです。
そして、その決断は別離を意味します。
だから、姫の騎士は失われたのです。そして、知る数少ない人は沈黙を口にしました。
考えづらい事ですがそれが少年の意志です。
彼に敬意払うのであれば居なかった事にするしかないのです。
姫の言葉は騎士の呼び声であり、祈りだったのです。