風を睨む騎士の正体
◆「風を睨む騎士の正体」
【風を睨む騎士】の正体は姫の幼馴染の少年なのです。
騎士の名門スナグ家を担う少年は妾腹でした。望まれて生まれた子供ではなかったのです。
英雄である父レオン=スナグの元に妾腹でありながら誕生の知らせを届けられました。
戦場にです。愛する妻の子供であれば単純な慶事となるはずでしたが、その時レオンは未婚でした。
少年の祖父は英雄の恥部を高らかに宣言して回ったのです。
これで、戦は負けレオンは失脚しました。
少年の祖父はそんな当たり前の事が理解できなかったのです。
レオンがどう思ったのかは今になってはわかりません。少年の母親を妻に迎えようとしたところ、本人に断られたと聞きます。それで、レオンは妻を娶ろうとしません。
少年は実の父親に養子として引き取られると言う異例の事態で城にきます。
言ってしまえば田舎のガキ大将が良家のご子息になったわけです。
少年にはレンクと言う名前がありましたが、その名は取り上げられガルランドゥという名前を与えられます。
ガルランドゥとは古い言葉で原罪という意味です。
その一件は戦争終了を10年遅らせたと言われる物で、悲劇とも珍事とも噂される物です。
レオンは英雄です。全てを知っても英雄と慕う者も多いのです。
スナグ家は子供の名前に原罪の名を与え悲劇の清算を行ったのでしょう。
勝手ですね。
そんな厄介者の子供は同じく厄介な子供にあてがわれます。
当時『死刑』が口癖だったサラーナヤーマにです。
少年は姫をひっぱたきます。それを見ていた父に文句をいい更には王様までひっぱたきます。
唖然とする周囲を他所にやってはいけない事を延々と解きます。
少年にとって『死刑』は重大事であり、それを叱る事は当たり前だったのです。
当然、少年は怒られ、姫には嫌われます。
それは長くは続きませんでした。ある日姫が野犬に襲われます。それを助けたのがガルランドゥでした。少年にとっては当たり前の事でしたが、姫にとっては新鮮な出来事でした。
何より少年は名誉の負傷で血まみれだったのです。
王様が戦功褒賞を条件反射で呼んでしまうほどの壮絶な姿だったのです。
流石にその姿に反省した姫が、少年に懐くのは時間の問題でした。
二人は毎日駆けずり回って遊びます。お姫様の悪い遊びは全部少年が教えた物です。
悪ガキが増殖しました。
城を抜け出し、街の子供達と遊びます。厨房に忍び込みお菓子を盗みます。
そして、見つかり最後にはいつも三人で怒られます。
弟の王子が二人の後を付いて回っていたからです。
そうやって、善悪を学んだのです。
「兄貴に教わったんだ。これは内緒だぞ」
そう言って教わった事は星の数。何故内緒なのかは当時の姫にはわかりませんでした。
今になれば確信できる。少年は全部知っていたのです。
自分の名前の意味も、立場も、大人事情も全部知っていて子供の振りをしていたのです。
犬の一件もそうです。大人に頼めば多分犬は殺されたでしょう。そうでないかもしれませんが、少年が辛勝をもぎ取る事で両者の妥協案になったからです。
手加減した結果がアレだったのです。
少年にはそういう所がありました。
「危ないって止めるんだよなぁ・・・」
少年は苦々しく溢します。姫にとっても少年が傷つく事は好ましくありません。
ただ、自分が傷つく事には全く無頓着です。
「俺って臆病なんだ。すぐ怖気づく。兄貴と違って。だから、無茶はしていないんだ。ほんとだぜ?」
少年の弁は信じられません。姫にとって少年が怖気づいた所は想像もできないのです。
「兄上は凄いんじゃな」
「おう!兄貴が騎士になって俺は銃士になるんだ。騎士に出来ない事をするのが銃士の役目だ凄いだろ」
姫はそう言って笑う少年の笑顔が好きでした。
しばらくすると、少年の立場が実はひどい物だと言う事が姫にも薄々わかってきます。
そこでも少年はへらへら笑っています。
それが心苦しくて母親に相談します。
「その少年が貴方の騎士なのですね」
「騎士ではない。じゅしですお母様」
姫には銃士はちょっと言いづらかったようです。
「二つに差異はないのですよ。一括りで騎士でいいのです」
舌足らずの姫のために母親はそう諭します。
姫は呼び方に関しては納得しましたが、肝心の意味がわかりません。
サラーナヤーマの母親は後宮の一人でしたが、戦乱の世の中に生きた人物です。物事の善悪はしっかりしています。
「いいですか?サラーナヤーマ様。貴方は少年が間違っていると思いますか?」
「間違っていません!」
「では、大人の言う事が間違っているのですか?」
「・・・それは困るの」
「では大人が言うように変わって欲しいのですか?」
「やだ!」
姫様は思わず叫んでいました。母親はくすくすと笑います。
「では騎士になってもらいなさいな」
別の母親が言いました。
姫には意味がわかりません。
「騎士と言うのは共犯者なのですよ。貴方が望みそれを叶えるのが騎士の役目です。でもそれは建前なのですよ」
「・・・建前?」
「そうです。犬の一件は聞き及んでいますよ。他の件も大人としては褒めるわけにはいかないのです。これでスナグ家のご子息に何かがあればそれは大変な事です。判りますね」
姫様は頷きます。
「それでも最善手を選んだ事は判ります。だから折り合いを付けないのです」
「そうです。姫のわがままを叶えるのは騎士の勤めです」
「だから姫はわがままを望まなければいけないのです」
母親達はサラーナヤーマを諭します。
「・・・それではあやつが報われないのではないか!」
「だから、世界に負けないように貴方が褒め称えればいいのです」
「そうですよ。あの子は本当に頑張っています」
「陛下に意見する出来る騎士などいません。それがやってのけてそして間違っていないのであれば、最高の騎士です」
姫がその言葉の意味を知るのはまだ先の事でしたが、その一言が気に入りました。
姫は少年のところに駆けつけて提案します。自分の騎士になってくれと。
少年は少し考えて本当にいいのかと聞きます。
返答は待たずとも姫の気持ちは決まっています。
「判った。俺達はこれから共犯者だ。他とは違うだろう。俺はサーヤの名前を言い訳に使う。その代わり願いを叶える。・・・って間違ったら普通に怒るぞ」
「うむ」
「ちやほやなんかしないぞ」
「それはわしの仕事じゃ!思いっきりやるがいい」
「そうか判った!じゃあ王様に手紙を書け」
お姫様には何でそうなるのかわかりません。それでも言われるままに書き始めます。
最初は何を書けばいいのか思いつきませんでしたが、書き始めると次から次と話したい事が出てきます。姫と王様は親子ですが、その立場から王様とまともに話した事がないのです。
ガルランドゥを騎士にした経緯や、母親達との会話、以前は悪さの謝罪。街であった親子の振舞や、花が綺麗だとか長々と綴りました。
少年はその文を持つと「ちょっと行って来る」といって、お城の壁を登り始めました。
お姫様はびっくりです。
結局三回落ちて、ついには登りきりお城の中に消えていきます。
・・・すっごく怒られる。
姫はそう思いました。それと同時に少年の身の安否を気遣いハラハラです。少年の腕は変な方向に曲がってましたし・・・
次の日、少年は包帯まみれで現れました。そして、ぶっきらぼうに書簡を差し出します。
それは、父の返事だったのです。
「いや、密書を見るくらいの時間は取れるだろ?前々から思ってたんだよ・・・」
少年は城を抜け出す要領で忍び込み、それでも見つかる裏の部分は自分の身分を明かし、国王に謁見を済ませたのである。
「結構使えた」
それが少年の感想である。騎士の目は欺けないが、身元も素性も判っている相手が危急の文があると言えば・・・対応に困る。ある騎士は剣を喉元に突きつけたが、それでも引かぬ少年に「主命ご苦労」と返すだけだった。
国王にしてみればありえない王女のサプライズに腹を抱えて笑った後、少年を気遣いますが・・・
「次はうまくやる」
怒る気も失せました。
その後少年は父親に「無様」と拳骨を喰らいましたが、全く懲りてません。
姫はびっくりです。「すごい」しか口から出てきません。実際は、どう反応するか少年側の試験でもあったのです。身を案じすぎる様では辞退しようと思ってましたが、興奮状態の姫様は合格だったのでしょう。
喜ばれる事になれていない少年は照れくさそうでした。
それが姫と騎士のありようでした。だから彼はその忌むべき名前で呼ばれる事もなく、そして、【最高の騎士】なのです。
少なくとも姫サラーナヤーマにとってガルランドゥに敵う騎士は居ないのです。