うそつき姫の受難
さあ大変だ
◆「うそつき姫の受難」
姫には当然敵も多かったのです。時には悪巧みを姫の機転で台無しにされた貴族もいたのです。
【うそつき姫】は格好の的でした。宮中でも笑い話の種でいつも笑われていました。
それでも、言い続けたのです。かたくなに。
その理由は姫と王様しか知りません。大事な友人二人も知らないのです。その事で喧嘩もしましたが、最後には・・・
「サラーナヤーマ殿下は傑物です。それならば理由もあるのでしょう」
と理解を示しました。
姫の敵は悪意に限った事ではありません。
とある名の有る騎士、ジグムントが忠誠を捧げます。姫が何をしているのか看破した稀有な騎士です。
「ここ数年の平穏の立役者はサラーナヤーマ殿下の働きに相違ない」
と公言して憚りません。
事実多大な戦功を上げた騎士本人の言葉です。無下には出来ません。
心ある人は「居ない騎士に拘らず・・・異例ではありますが、第二の騎士の名を与えてはいかがか?」と進言するほどです。
それでも姫はかたくなに首を縦には振りません。
「せめてその騎士とお手合わせだけでも!」
ジグムントは自分の腕に自信があっただけにそう言わずにはいられません。
「わらわの騎士は風を睨む騎士だけじゃ、心得よ!」
姫はその大きな目に涙を溜め言い放ちます。
「ならば私はその騎士を軽蔑しない訳にはいきません。今殿下が涙を溜めていると言うのにそれが窮地ではないと!?」
「そうじゃ、窮地ではない。わらわが我慢をすれば良いだけの事じゃそんな物は窮地ではない!」
姫は叫んでいた。
ジグムントは必死です。姫も必死です。
二人の真心のぶつかり合いは見るものには格好の笑い話だったのです。
「わが国最高の騎士は姫の涙を笑うのでしょうか?」
「風を睨むのに忙しいのでしょう。多分、臆病風を睨むのに」
「おお、うちの騎士はそれ以下という事になりますな。わが国も威信も地に落ちた」
万来の嘲笑。姫はそこでじっと耐える。
ジグムントは自分の過失を悟りその場を後にします。しかし、嘲笑はやむ事はない。
耳を澄ませば、物陰からそんなささやきが聞こえて来るのです。
それでも姫は元気だった。強くあろうとし続けました。
そんな最中、イーリアが去りました。
それは愛想が尽きた訳ではなく。前々から進言していた竜騎兵への昇格が決まったからだ。
夢の成就を姫は喜んだ。
イーリアは後ろ髪を引かれる思いで、姫の下を去ります。
引き止める事もできたのですが・・・自分の騎士にすればいい。それでも、姫はそれをしなかった。
イーリアもその覚悟は知っていたので強く求める事はできなかったのです。
次いでアリューシャが去った。
病状が悪化したのです。
親元に帰って余生を刻むに至った状況で引き止める事はできなかったのです。
「きっと良くなる。きっとじゃ」
姫は泣きじゃくって病気の快癒を願ってわかれました。
それでも、無理だろうと言う事はわかっていました。むしろ、そんな身体で友達でいてくれたアリューシャの気丈さに深い感謝表し、奇跡を願った。
姫は両翼をもぎ取られた様な物。
「最高の騎士様もたいしたことないのね。アリューシャ様をお見捨てになるくらいだから」
確かに大ピンチだ。
姫は静かに祈る。こんな時にいつも驚くような結果をもぎ取って来てくれた騎士に・・・
さらに姫の窮地は続く。
今度は近隣を騒がせる大悪党【人食い】を名乗る男が城に攻めてきたのです。
たった一人で。
先日、討伐隊に千人の騎士が向かったばっかりでした。
その騎士団は連絡が取れない。倒されたのでしょう。
男は城門で高らかに宣戦布告をしました。世にも珍しい個人対国の戦争です。普通に考えて敵うわけがないのです。
しかし男は攻め上がって来た。その動きは速過ぎて布陣が間に合わないのです。布陣を敷かなくてはその男は止められない。騎士、兵士、荒くれ者でも敵う者はいないのです。
その叫びは軍勢を切り裂き、人食いの字の通りこちらの布陣の裏をかき攻め上がって来るのです。
そしてついには城内への侵入を許したのです。
兵は脱兎の如く逃げ出し、並みの騎士では構えを取るのがやっとです。それでも名の通った騎士達は勇敢に襲い掛かったのですが・・・
投げ飛ばされ、肩を貫かれ、吹き飛ばされました。
銃を片手に剣を片手に
男はよろよろと歩きます。その黒装束も血にまみれ、その顔は判別も付きません。ただその眼光だけが印象的で・・・
姫と目が合いました。
おつきの侍女たちが庇って勇敢に襲い掛かる。捨身の構えです。
「わっ!」
男の一言で侍女は白目を剥いて倒れました。
「何故・・・」
「・・・女首は恥だ」
その男は悪党とは言えど一廉の武人だったのです。
「姫!お逃げください」
そういったのは以前姫を窮地に陥れた騎士ジグムントでした。
しかし、ジグムントをもってしても人食いには敵いません。
街一つをたった一人で支配下に置いたほどの男です。
何度切りかかっても弾き返されます。その力量の差が判れば判るほどジグムントは頑なに切りかかります。本当に勇敢で良い騎士だったのです。
次第に合数も増えますが、ついにジグムントの足に立つ力が切れました。
倒れる、ジグムントを庇うように姫が立ちさけびます。
「ジグムントは良い騎士じゃ、首が欲しければ恥と一緒に持っていけ!」
ジグムントは目を疑います。騎士はその身を捨ててでも主を守るもの、本末転倒甚だしい。
それ以上に自分でも逃げ出したい相手に立ち向かい大言壮語吐く気概。
感謝と屈辱と恥辱がない交ぜになったジグムントはたった一つの事を悟ります。
この人だけは死なせてはいけない。
その覚悟を決めた時、人食いはクルリと背を向けました。
たった一言「学べ」と残して。
人食いの向いた先にはサラーナヤーマの父である王様がいたのです。
「訊きたい・・・俺は人を食う・・・文字通りな。何で俺の元にその身を捧げるやつらが列を作っているんだ?」
「喰うに事欠かないとは結構な事だ」
「お蔭様で、元気が余ってしまってな。力比べといこうじゃないか」
ドカッ
王様は吹き飛ばされます、人食いが王様を殴ったのです。
「力比べと言った筈だ。見せてみろ!その剣一本で国を作った力を!」
「構わないが手加減できないぞ?」
「口ほどの腕があればいいな」
そこからの戦いは凄まじいものでした。幾千の雷をまとめて鳴らしているかのような音が響き渡ります。
剣のぶつかり合う音。銃の音。それを弾く盾の音。殴る音。蹴る音。そして二人の叫ぶ音。
王様は本当に強かったのです。その証拠に王様が受けたのは最初の一発だけで他は全部防ぎました。
逆に人食いは傷だらけです。それでも全て浅いもので一概に王様の勝ちとは言えません。
決着の付かない二人は呆れるほど闘うと国王が持つ宝剣。神剣とも言われる神代の武器を人食いがへし折ったのです。
満身創痍とは言え、国王の剣をへし折ったので戦いは途切れました。その際に人食いが「力比べは成った」と引いたので国王も追いませんでした。
当然追撃という案は出ますが、追いかけても恥の上塗りです。
国が個人相手に戦争をして決着が付かず、引いた相手に追い討ちをかける。戦争で考えれば良い笑いものです。さらに、それでも人食いは倒せないと王様自身が言い切りました。
闇討ちや追撃はむしろ人食いの方が得意なのです。王様自身闇討ちであったら勝ち目がないと言いました。
現に城まで攻め込まれたのです。それでも騎士達の気持ちは収まりません。
そして、王様が言った言葉が・・・
「人食いを止められる騎士は風を睨む騎士だけだ」
と、太鼓判を押してしまったのです。
さぁ大変。お姫様は目を白黒させます。
ジグムントは『それほどの騎士であったか・・・』と悔しそうにそれでも納得できた。
王様は「サーヤよ。良い騎士を持ったな」と満足そうな顔で頷きます。
しかし姫様はそれ所ではないのです。
実は風を睨む騎士は非常に弱いのです。