累遊び
累 かさね るい とも読む
意味
わずらい。
かかりあい。
まきぞえ。
「-を及ぼす」
参照 広辞苑。
最奥の席から教室を見渡す。
差し込む陽の光が傾き、赤く焼けた光が窓を抜けて教室を赤く染め上げる。
誰も居なくなった教室は閑散として、並んだ机が物悲しさを誘う。
「創作七不思議の怪。累遊びか……」
呟く僕の声は、教室に溶けていった。
僕が所属している新聞部の卒業することなく失踪した先輩が残した七不思議の一つ。
この学校が創立した当初から存在している新聞部の伝統で、我が校の起こった些細な出来事を伝えると共に、空想の出来事を伝え、生徒がどういった反応を示すのか。といった理念で始まったのが創作七不思議の怪。
この話は、その中の一つであり、その先輩の作った話なのだ。本来は卒業する前に新聞部のメンバーの前で発表して、歴代の七不思議ファイルの中に入る予定のだったのだが、発表されること無くお蔵入りになった。
今では、新聞部も誰一人としてこの話に触れず、忘れ去られたタブーとしてひっそりと存在していた。
先輩は、卒業するひと月前に失踪した。この話を完成させ、僕に見せてくれたその翌日に。
先輩は、入学当初から僕に良くして居てくれ、友達が少ない僕の拠り所になっていたのだ。
そして僕は先輩が所属している新聞部に入り密な時間を共に過ごした。
そんな僕たちが付き合い始めるのにそんなに時間はかからなかった。
しかし、そんな幸せな日々だったが、僕が2年の中ごろから段々と先輩が合ってくれなくなっていた。
先輩の卒業が1月前に差し迫った、まだ寒さの残る季節のことだった。
ある日の放課後。先輩に呼び出され、3年の教室に来ていた。
「ねぇ、新聞部のあれ。あの創作七不思議の怪のやつ。出来たんだ。見てくれるかな?」
そう先輩は言い、ルーズリーフを差し出してきた。先輩の目にはすごい隈が出来ていて、その姿はやつれている。
随分と変わってしまった先輩の姿を僕は気にもしなかった。ただまた会えるようになったのが嬉しくて。
「どうしたんですか? 最近連絡しても電話出なかったし、在ってもくれなかったじゃないですか? ちょっと寂しかったですよ」
そう言ってルーズリーフを受け取る僕に。
先輩は慌てて、「浮気なんかじゃないよ? それ!! その七不思議の怪のやつ。題材探しで詰まっちゃってさ、やっと出来上がっての。だから見てほしくて」
手をバタバタと振り否定した。
「でも先輩。そんなに隈出来るまで頑張ったんだから、すごいのが出来たんじゃないですか?」
僕の問いかけに、ゆるゆると首を振った。
「私、ホントはこの話を題材にするつもりじゃなかったんだけどね。この学校で起こった事件だから忘れてしまわないようにって。でも今はホントにこの事件で話を作って良かったのかなって思ってる」
「そんな事ないですよ。事件を忘れないようにって言うなら、新聞部の本懐じゃないですか。それに先輩もそんなになるまで頑張ったんですから。皆気にしないですよ」
「そうかな? でもね? 話を作るためにその事件の事を知ってた用務員さんや、教育指導の先生にも聞いたんだけど、事件の被害にあった女の子は死んでしまったんだけどね、その女子生徒にある噂が立ったんだよ」
あの女生徒の話をすると呪われると。
「先生も、用務員さんも顏真っ赤にして怒ってたよ。「そんな事ある訳ない!! 亡くなった生徒の気持ちも考えずに面白おかしく作った悪質な噂だ」って」
彼女が俯き、語った。その話に僕も同意したが。
「そうですよ。そんな酷い話、その無くなった女生徒が可哀想だ」
「でもね? 当時噂話を調べた新聞部の人が、学園新聞に載せる筈だった原稿を見つけたの。当時の新聞を読んでも、悪質な噂話だとしか書いてないけど、本当の原稿は違った。 それを見た先生が記事に許可を出さなくて差し替えたんだと思う。その原稿にはね。 係るな。呪われる。あの生徒は恨んでいる。って書いてた。私も初めは、その新聞部の酷い悪ふざけだと思ったの。だから興味本位で題材にしようと思った。でも違ったの!!」
先輩は酷く怯えたように語気を荒げ、ガタガタと震えながらも僕の腕を掴んで訴える。
それに困惑して僕は言葉に詰まってしまう。今までにこんな先輩は見たことが無かったのだ。
「こんな七不思議作らない方が良かった!! この遊びは呪われる!!」
「先輩どうしたんですか。何か有ったんですか?何でそんなに怯えてるんですか」
そう僕が問い掛けた時だった。先輩は教室の後ろをジッと見つめ、言った。
「ごめん。私帰るね。私は、私が、私を、私なんでしょう!!」
先程の錯乱に打って変わって静かな、だが何かを伺わせる響きをもって、先輩はそう言うのだ。
「何を言ってるんですか?先輩。どこを見てるんですか」
先輩が見つめる方に振り返ろうとして、
「見ちゃダメ!!」
先輩が声を張り上げるも遅かった。
しかし、振り向いた。しかしそこには見慣れぬ雰囲気の3年の教室しか見えず、変わった様子は無い。
先輩の方へ振り返ると、先輩はバタバタと足音を立てて、教室から出て行ってしまった。
それが僕の見た先輩の最後の姿だった。
それからというもの、先輩にいくら連絡しようとしても電話も繋がらず、先輩のご両親に聞いても先輩は家に帰ってないと言う。学校でも、一時期では話題になったが直ぐに廃れてしまった。
もう、先輩は存在しないかのように……。
そうして時間が経ち僕は三年になり、僕も新聞部の七不思議の怪を作る番になった。
しかし、僕にはどうしても先輩の最後が気になり七不思議の怪を作る気になれない。
先輩が最後に残した言葉。「この遊びは呪われる」。そう言い残し、先輩は消えた。
先輩は最後何を見て消えたのか。先輩はあの日教室で、僕には見えない何かを見ていたのだ。
何が、「私」だったのか。
分からない事だらけのまま、時間だけが過ぎてしまった。
いざ自分が、自分が七不思議を作る側に回ると、あの日の先輩の事が頭から離れず、僕は先輩の作った七不思議の怪「累遊び」をやることに決めた。
累遊びのモデルは、この学校で起きた事故らしい。避難訓練中に起きた事故で、階段を降りていた最後尾の学生が足を滑らし、将棋倒しになり先頭にいた女学生が押しつぶされ、死亡した。
その時女学生の死に方が酷かったらしい。悪いことにその女学生は苛められており、根も葉もない噂を流されていた。その女学生が死亡した事によって噂や誹謗中傷はどんどんと加速していった。それは生徒の中で広がり、一つの大きな噂を生んだ。「あの女生徒の話をすると呪われると」
調べる事ができたのは、ここまでだった。
別に、この女子生徒に同情している訳では無く、正義感を持っている訳では無い。
僕が思う事は、先輩は何を思いコレを作ったのか。
そして願わくば、先輩にもう一度会う事ができるなら。
また、あの笑顔の隣でまた一緒に居ることができるなら。そんな思いで累遊びを始める僕だった。
この遊びを行うに当たって用意するもの。こっくりさんに使用した10円玉を七枚と同じくこっくりさんで使用した五十音表。バラバラに解体した人形と赤いインクとトマトを用意する。
累遊びを行う時刻は夕暮れ。行う場所の指定は無いが階段、または教室が望ましい。尚、教室で行う場合はしっかりと教室のカギを施錠する。
教室と階段の2種類ある理由は、どっちがより怖いかを先輩が試す意味合いで書いているとしか思えない。書いてる事が、「どっちも試してみてね?」との事だ。
何とも先輩らしい事だ。この文章を書き入れる時の顔が思い浮かぶ。きっと自身が失踪する事など考えもしなかっただろう。僕は、手元のルーズリーフの指示に従い準備を始める。
初めに、五十音表を置き、上に10円玉を7枚円を円を描くように並べ、その中に赤いインクを垂らす。
インクは五十音表に広がり、あっという間滲み、円からはみ出ていく。
そこにバラバラにした人形を置き、その上にトマトを置く。そのトマトを体重をかけて押し潰していく。
準備は整った。この状態で、こう言う。
「いい気味だ。もう一度潰れろ」
こう宣言する事で、死んだ女生徒が現れると言うが……。
教室内を見渡しても、何も変わった様子は無い。
流石に、溜息が漏れた。僕は何をやっているのか。こんな事で先輩が見つかるとでも思ったのか。僕は。
散らかした机を見やると、机の天板にインクが染み込んでいる。これを片付けるのか。
後片付けまでは考えて無かった。しかしどうしよう。
取りあえず、このインクまみれの人形をカバンにどうやって仕舞おうか、そう考えていると不意に僕の携帯電話が鳴った。
僕は、ちょっと身構えてしまった。自慢できる事ではないが、信用できる人にしか番号を教えていないため僕の番号を知っている人は少ないのだ。
誰だろう……?
そう思い、画面に映された着信に思いっきり動揺した。
「先輩?」
そう。着信は先輩からだったのだ。僕はすぐさま携帯のボタンを押し、耳が潰れてしまうほどの力で先輩の声を聴こうとした。
「先輩!? 今、どこに居るんですか!! 先輩!!」
だが、先輩の声はおろか、物音一つとして聞こえてこない。しかし、今まで電話すらかかってこなかったのだ。
こんな事で諦める訳にはいかない。
「先輩!! 聞こえてますか!? 先輩!!」
すると、電話の向こうから、なんとも表現しにくい音が聞こえだしたのだ。
きゅるきゅるとも、ざらざらとも、ざりざりとも。
聞き方にとって、どうとでも取れる音が聞き取れるのだが、全く先輩の声は聞こえない。
根気よく呼びかけを続けるうちにある声が聞こえだした。
「ぉ……っ……ぉ」
「先輩ですか!?」
今、確かに女性の声が聞こえた。 だが、声が小さく聞き取れない。 しかし反応が有った。 このチャンスを逃すまいと僕はさらに呼びかけた。
「すいません!! もっと大きな声で言ってください!! 先輩何て言ったんですか!?」
「ぉ……っ……ぉ」
しかし、声は一向に大きくならず、ボソボソとした声が、きゅるきゅるとした音に消され、言ってる事は分からない。だが、同じ事を言っている様だ。
このままでは埒があかない。そう思った瞬間だった。
「逃げて!!」
今までで、一番大きな声がした。しかもこの声は。
「先輩!!」
確かに先輩の声だった。だが、先輩の声はその言葉を残して、また聞こえなくなった。何だ? 逃げてとはどういう意味だ。
その意味を考える間もなく、今度はきゅるきゅるとした音がどんどんと大きく、速くなっていく。
雑音がとんでもなく不快で、耳から離そうとした瞬間。
「「お前も潰れろ」」
ゾッとする声が電話から聞こえた。しかも、聞き間違いではなけば、声は後ろから―――!!
反射的に後ろを振り向くと、そこには。ねじり曲り潰れた体で、血にまみれた女が、携帯電話を持って立っていた。その体は常人では立って居られぬ程で、生きているのも怪しい筈なのに。
「……っ」
喉から漏れ出す音は果たして、僕の物か。
べたり、ずるりと、ゆっくり近づいてくる女の姿は歪で、その足取りは怪しい。
「ぁ……っ、ああっ!!」
僕は必死に足を動かそうと、逃げようとしているのだが、蛇に睨まれた蛙の様に全く動けずにいる。
近づいてくる女は、あちこちから足や腕が飛び出すように生えており、一つの体に多数の部位を混ぜ合わせ、累合わせた脈絡の無い、動きで。ゆらりと動き、ぐちゃりと音を立てる。
後、10歩程だろうか。距離が詰まって来るにつれ、女の体はどうも一人分の物ではないと分かる。
その手に握られているキーホルダーの付いた携帯電話が誰の物なのかも。
そこで、僕は思い至った。先輩は失踪した訳では無いと。先輩はあれに飲み込まれた。否、取り込まれ、累合わされたのだ。
そこまで考え至ってようやく体が動いた。考える事は一つ。逃げなければ。あれから何としても逃げなければ。僕は教室の出口に向かって走り出した。
情けない事に、先輩を助けなければ。などという感情は無かった。そんな事を思う事が出来ない程にあれは。あれは。生易しい物では無い。
やっとの思いで出口に手をかけて、開こうとするが、カギがかかって開かない――――!!
震える手で、どうにかカギを外し、教室から飛びで、廊下に踊り出し走る。
廊下に響く足音は、一人分しか聞こえない。それでも無我夢中で走った。
「……ハッ…ハッ……ッ」
下に降りる階段の前まで走ってきた。対して走っていないというのに、息が切れる。
気になって後ろを振り返るも、あれの姿は見えない。教室からこの階段までは一本道だ。
その過程で姿が見えないならあれはまだ教室に居るという事だ。あの姿だ。走る事は出来ないだろうが、油断はできない。
僕は、一気に駆け下りようとして、階段に足を踏み出したその時。何かに滑り、一番上の段から転げ落ち踊り場の壁にぶつかった。
「痛ってぇ……」
うつ伏せに倒れ込み、壁に頭を強かにぶつけてしまった。 何に滑った? そう思い足を見るとあらぬ方向に曲がった足の裏には、血が……。
どっから血が……?いや。そんな事より逃げる事だ。折れた足は内側からバットで殴られる様に痛むが、活を入れ、体を起こそうと仰向けになった瞬間―――。体が凍った。
天井にへばり付く様にしてあれはそこに居た。蟲の様にわさわさと蠢き、僕の真上に居た。
「あ……あ、ああああああああ!!」
叫んだ事が引き金になったのか。あれは僕に向かって落ちてきた。
「お前も潰れろ」
最後にそう言う声が聞こえた。
「ねぇねぇ。隣のクラスの男子が失踪したらしいよ?」
朝の騒がしい時間帯を、とある話が席巻していた。
「ああ。知ってる。あの失踪した先輩の彼氏だろ?」
女子生徒の話題に乗る形で男子生徒が答えた。
そこに、別の女子生徒が入ってくる。
「なんかね? その男子の机が、呪いでもやってたんじゃないかってくらい、ヤバい事になってたんだって」
「お前それはウソだろ」
男子生徒は笑いながら後の女子生徒を叩く。 叩かれた女子生徒は不満そうに抗議の声を上げた。
また別の女子生徒が話を新たに持ってくる。
「あの男子生徒の近くから紙が見つかったって」
「へぇ? どんな?」
食いつく男子生徒に自慢げな物言いで、女子生徒は言う。
「七不思議らしいんだけど、「累遊び」って書いてあってね? それをやると呪われるんだって」
そう言った女子生徒の手には、累遊びの始め方が書かれたルーズリーフが握られていた。
初めてホラー書かせて頂きました。狐屋 多楽と申します。
実はホラーは好きで、書こうかな? とは思っていたものの、もし怖くなかったら立ち直れないぞ。
なんて思っていましたが、夏ホラーが開催すると言うじゃありませんか。
もう乗らない手は無いと思い書きました。
精一杯怖く書いたつもりです。貴方が怖く思ってくれたなら、重畳。