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シスターズデイズ1

 山原事件の次の日、今日は土曜日だった。

 僕は『目覚まし時計』という人間を強制的に一日という労働に駆り出す、実は裏で人類を操っていそうなアイテムに起こされ、人類の威厳を保とうと『後五分』を使っていたところだった。

 それなのに。


「お兄さん、あっさだぜーっ!」

「げふっ!」

「ごはんごはんごはーん! 出来てるよ、お兄ちゃーん!」

「あーうるさいうるさい、耳に響く!」

「お兄ちゃ――――あいたっ! 小指ぶつけたー! 痛い痛い死ぬー死ぬー死んじゃうー!」

「小指ぶつけたぐらいで死なねーよっ!」

「大丈夫かっ!? 柑南ちゃん!」


 人類でさえ、家族でさえも僕の味方でなかったことに気づいた。

 そして目覚まし以上のうるささ、これが僕の妹の本領だ。

 こうなるともう立ち向かうすべはなく、もはや諦めて起きるしかない。

 学校が休みの朝午前九時のことだった。


「山原……、飛びかかってくるのはやめてくれ、内臓出そうになるから」

「出ても死なないじゃんか!」

「死ぬわ!」


 僕は妹にまだ不死になったということは言っていない。

 その旨をなんとか山原に伝える。

 すると、なるほどね! と頭の上に豆電球がぴかっと光るあのリアクションをした後に口をチャックで閉め、うなずいた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん。結局くいなちゃんはどうしてここに住むことになったの? 昨日は遅かったからあまり聞かなかったけどどうして?」

「ん、ああ。家事で家が燃えちゃって、家族が……な」

「それ、本当!?」

「うん、本当のことだぜ、柑南ちゃん。僕の家と両親は全部炎に飲み込まれちゃったんだ。お葬式は終わったんだけど、居場所がなくて……」


 僕はその場しのぎの理由で山原の家庭事情を決めてしまったかもしれない。

 山原もそれに上手く合わせてくれているけど、芝居が思ったより上手くて驚いたけど、本当にこれでよかったのだろうか。


「なんか、ごめんね、朝から」

「家に泊めてもらうんだから言っておかなきゃダメだろ? ごめんな、お世話になっちゃって」

「全然いいよ! うちもどうせお父さんとお母さんあまり帰ってこないし!」


 まあ両親が家にあまりいないというのは豊かさの弊害でもある。裕福すぎればそんなこともないんだろうけど。だから家事は妹と姉さんがほとんどやってくれている。今日は姉さんも仕事のようだ。


「柑南、ごめんな。今まであんまり話せてなくて」

「え! いや、いいよ……、別に……。た、たまに話せれば」


 兄妹でこんなことをいうのは気まずい上に恥ずかしい。

 僕も今まで一度もこんなこと言ったことはなかったし、柑南だって言われるとは思っていなかっただろう。


「でもね、私も思うんだよね! 高校生にもなれば変わってくるよねって! そりゃあ思春期は家族との会話も減るよね! 普通なんだよね、私の方こそごめんね」

「あ、ああ、おう」


 はい、こうなる。

 僕は僕で妹にこんなことを言われると恥ずかしいのだ。

 近くにいればいるほど、謝ったりする機会は減る。これくらいいいか、こいつだし、と済ませてしまうことが多くなるからだ。だけどそれが実は大きな問題だったりもする。

 ちょっと前まで、正確には中学三年生のあの夏の日まで、僕と柑南の兄妹はおそらく他の家庭の兄妹よりも仲良しだった。両親不在が多く、姉さんが母さんのようだったこともあるが、何より僕は妹が好きだった。性的な意味じゃなくて、家族って意味で。

 あの頃はどこに行くのも一緒だったし、何をするでも一緒だったと思う。

 姉さんとも仲はいいのだけど、姉さんと柑南は十歳近く離れていて、『姉妹』というには少し離れすぎていた。

 おそらく僕が距離を置くまで柑南に親友と呼べる存在はいなかった。だから僕が不死になって距離を置いたとき、柑南は驚いたと思う。いや、驚きどころじゃなかったかもしれない。捨てられた、に近い感情を抱いたんじゃないかと思う。

 僕は妹のためを思って離れたのだが、それが彼女にとってはためにならなかった。

 それに気づいてもどうすることもできず、今日の今日までその罪悪感と気まずさをだらだらと引きずってしまったのだ。 


「それで今日は何するの? どこか行くの?」

「天気がいいからどこかに行こうとは思うけど――――どこか行くか?」


 僕は妹を誘ってみた。

 よく考えれば妹と出かけるのなんて久しぶりだし、中学三年生にもなった女子がどこに行きたいのかなんてわからない。僕の知っている女子――――悪いけど山原も赤城も少し変わってるから参考にはなりそうにない。二人とも良いやつではあるんだけど、普通では――――ないかな。


「んー、ごめん。私お買い物に行かなきゃいけないから。だからくいなちゃんと服を買いにいってきたらどうかな? とりあえず今日は私の服を貸すから!」

「本当っ!? やったー!」


 やんわりと断れてしまった。

 まあそれもそうか。柑南は多分僕に気を遣ってしまう。僕だってきっと気を遣ってしまうだろう。柑南のことだからもしかしてそうなることがわかっていたのかもしれない。

 僕らにはまだ時間がある。時間が出来たのは赤城のおかげなんだけど。無理せずゆっくり空いた距離を縮めていこう。


「じゃ、服選んでくるね!」


 そう言って朝食を終えた柑南は、どたどたとあわただしく二階へと駆けあがっていった。


「まだまだだなー」

「そりゃあすぐには埋まらないよー、三年間分でしょー?」

「だけどさー、できるだけ早くどうにかしたいんだよ」

「それは柑南ちゃんも同じさー、だから昨日勇気を出してお兄さんに言ったんだよ?」

「そっか。そうだったな」

「だから焦らずゆっくりと、ね? 僕もいるし」

「ありがとな」

「じゃ、今日はおごりだね!」

「しょうがないな」


 山原がお金を持っていないことは既に知っていて、出掛けるならば僕が全額出すしかなく、別になんとも思っていなかったのだけど山原がおごりと言うのならおごりと言うことでいこう。どちらでも同じだ。


「じゃあ柑南の部屋で着替えてこいよ。僕は僕で着替えて準備するから」

「了解ッ!」


 びしっと敬礼を決め、二階へと続く階段を駆け上がっていった。

 山原の姿が見えなくなった時、携帯が鳴っていることに気づいた。

 赤城からメールだ。

 内容は『今日、暇?』と一言。

 なんでこいつは俺のアドレスを知っているんだ?

 残念ながら教えた記憶もなく、教えるような時間もなかったはずだ。

 とりあえず、僕は『山原と山原の服を買いに出かける』という返事を送る。

 そして僕は着替えて出かける用意をするため、食器を片づけて二階へと上がろうとする。

 携帯が鳴った。

 返信はやっ。

 『私も行きたい』

 いつものように命令形の言葉で送ってくるのかと思っていたけど、希望とは珍しい。特に断る理由もないし、女子の服を選ぶのだから女子がいるほうがいいだろうと『いいよ』と送る。

 僕が階段を上っているとまたもや携帯が鳴る。

 『いつもの公園で十時に。』

 お前が決めるのかよ……。

 十時まで後三十分。公園まで、自転車で五分だから後二十五分だ。十分(じゅうぶん)間に合うな。

 自分の部屋に戻り、適当なジーンズとシャツにジャケットで準備完了だ。

 財布をジーンズの後ろポケットにつっこみ、妹の部屋のドアをノックする。


「もうすぐ行けそうかー?」

「もういいよー、入ってー」

「えっ!?」


 別に入っていいかと聞いたわけじゃないんだけどな。

 僕は僕の部屋の向かい側にある妹の部屋のドアを開け、中に入る。

 だが僕は忘れていた。山原は柑南の言葉に驚いていたことを。それがどういう意味なのかを僕はもう少し予想しておけばよかったかもしれない。


「あっ――――」

「みっ、見ないでっ!!」


 僕は鏡の前で下着姿になっている山原が真っ先に目に入った。

 それも仕方ない。人間は視界の中に変わったものがあると注意してしまうものなのだから。そしてその能力は日常の様々なところでも役に立っているわけで、果ては警察の事件でもそのちょっとした現場の違和感が解決に繋がることもあったりする。

 そんな訳で僕が山原の下着姿を真っ先に見てしまったのも不可抗力な訳で決して意図したものではなく、ごく普通の自然現象であり仕方のないことなのだ。

 それにしても山原の下着はパンツもシャツも純白だった。多分昨日の夜、風呂に入ったときに柑南の下着を借りたんだろうけど柑南の下着はこんなに大人しいデザインのものではない。それをなぜ僕が知っているかというと風呂上がりは姉さんといい柑南といい下着で歩き回るからだ。決して僕が妹の下着を漁ったりしているわけではない。


「きゃあっ!」

「あー! お兄ちゃん、くいなちゃんのパンツ見たなぁっー!」


 犯人はお前だ、妹。

 お前が許可しなければ僕はこの部屋に入ることなんてなかったんだからな!

 そもそも僕がこの部屋に入る必要なんてなかった。柑南が『入っていいよー』なんて言わなければ僕は一階のリビングでのんびりこの時間帯に放送している主婦層向けのテレビショッピングを見ていたのだ。

 空っぽの何も考えてない頭で『入っていいよー』なんて言われたら何も考えず入ってしまうのは仕方ないことなのだ。

 それでこの状態である。山原が女の子に戻ってしまうほど赤面させている状況なのである。もちろん山原は女の子なのだが。


「お、お兄さんっ! こっち見ないでっ!」

「そうだよ~、くいなちゃんの引き締まった腕とか足とか綺麗な肌なんてお兄ちゃんには四年くらい早いよ~」  

「妙に現実的(リアル)な数を出すなっ! あと僕は山原の肌になんて興味ない!」

「ががーんっ! それはそれで傷つくなぁ……」

「あ! お兄ちゃん最低ーっ!」

「いや、山原! そんなつもりじゃないんだぞ? 今のは間違いだ、興味はある!」

「え、まだ僕は中学生だよ? いいの、お兄さん、それで?」

「お兄ちゃんは年下好きなの? じゃあ私もいけるね!」

「いや、違うし!」


 妹の最後の言葉は聞かなかったことにしよう。

 僕の妹は三年間でどう変わってしまったのだろう。僕が距離を置いている間に妹に何があったんだろう。妹の笑顔に背筋が冷えていくのを感じたが、僕は精一杯の無表情でやり過ごす。


「あ、あの、お兄さん! 今は出てて欲しいかなっ!」 

「もちろん出るさ!」


 ばたん。

 ふう、とため息をついて僕は真正面にある自分の部屋へと戻る。

 二階には全部で四つの部屋があって、僕と妹の奥に一部屋ずつある。僕の部屋の奥が母さんと父さんの寝室で、妹の奥が姉さんの部屋だ。両親の部屋はすでに何年か前から物置になっていて、二人ともさぞ高かったであろうこの一軒家を残してそれぞれ県外へと単身赴任しているのだ。もはや夫婦と呼べるのかどうかも分からないほどお互い会っていないはずなのだが、連絡を取り合っているのか帰ってくる日は毎回同じで、帰ってきた日は仲睦まじく子供から見ても引いちゃうくらいにイチャイチャしている。とりあえず僕の家庭は充実していて豊かなのだと思う。

 ベッドの上に大の字で横になっていると、向かい側の妹の部屋から山原と柑南の声が聞こえてきて何をしているのかは大体わかる。どうやら柑南が山原は着せ替え人形みたいにとっかえひっかえ服を着せているようだ。

 そりゃあ確かに山原のようなスポーツ系純真無垢で無邪気な女の子なんて三次元世界には中々居ないから、希少価値は高いだろう。だからこそ妹が着るような服が似合うとは思えない。

 

「よーし、これでオッケーだよ!」

「似合ってるかな?」

「可愛いよー、くいなちゃん!」

「ほ、ホント?」


 そんな声が聞こえてきたので僕は、この、誰がなんのために気を遣ったのかわからないキングサイズのダブルベッドから起き上がり、服を整えて部屋を出る。

 鉢合わせすると山原の可愛い姿をしっかり見ることができないので、僕は玄関で待機することに決めた。スニーカーを履いて二人が降りてくるのを待つ。

 赤城との待ち合わせは三十分。今は何時だ?

 携帯の時計を確認すると九時五十五分。

 あと五分しかない!

 赤城になんて言い訳をしようか……なんて考えていると、柑南たちの下りてくる足音が聞こえた。


「お待たせ、中学三年生のパンツを見たお兄ちゃん」

「だからあれは事故だって!」

「似合ってるかい? お兄さん」

「う、うん……よく似あってる。それにしても柑南、よくこんな服持ってたな」

「一応服集めてるからね~」


 何のコレクターだよ……。

 山原が着ているのはオーバーオールワンピースに、黒いタイツを組み合わせた大人しめのファッションだ。山原にスカートは似合わないかなーなんて思っていたけれど意外と可愛い。

 スカートに慣れていないのか、しきりに腰のあたりを気にしている。 


「なんかスースーするなぁ」

「くいなちゃんはスカートあまり穿かないんだねー」

「動きにくいし、ヒーローだしな! ヒーローはスカートなんて穿かないのさ!」


 靴も元々山原が履いていたのはボロボロのスニーカーだったので、柑南がショートブーツを貸し、準備が整った。

 今の山原は柑南の手によってモデルのように仕上げられているので見るほうも目のやり場に困る。 


「ブーツも履いたことあまりないのか?」

「一度もない、初めてだぜ」

「じゃ行くか」

「うん!」 

「いってらっしゃーい!」


 柑南は笑顔で僕たちを見送り、朝食の食器洗いを始めた。

 まったく誇れる妹だぜ。誰に見せても恥ずかしくはない。

 ちょっとうるさいところを除けばだけど。 

 


 こうして僕と山原のショッピングが始まった。

 あ、赤城もくるんだった。あいつを忘れてちゃ何をされるかわからない。

 忘れてないぞ、僕は。

 赤城との待ち合わせ時間まであと五分。

 僕が自転車で山原が走れば全然間に合う時間だ。


「お兄さん、僕、走れないや」

「え! あ、ブーツか!」


 そうだ。今日山原はブーツを履いているんだった。

 ブーツで走れないことくらいは男の僕でもなんとなくわかる。なぜなら走る目的で作られていないからであり、今日の山原は柑南の手によってファッションモデルのように仕立て上げられている。この世界のどこに自転車と同じ速度で走るファッションモデルがいるだろうか。

 ブーツもそうだが、今の山原はスカートだ。いつものショートパンツではない。


「柑南ちゃんのだしね」

「このままだと僕は赤城になにをされるかわからないな」

「うーん、僕にはいい案があるんだけど――――聞きたい?」

「おー、なんだ?」

「お兄さんが走って、僕が自転車に乗ればいいんだ」


 た、確かに……!

 いや、これが普通じゃないか!

 どこに中学生女子を走らせて男子高校生が自転車に乗ってショッピングに行くやつがいるだろうか。

 本来ならば僕が走るのが普通だ。

 しかも僕の服装はジーンズにスニーカー、走るのに最適ではないとしても適している服装だ。


「よし、僕が走ろう」

「了解ッ!」


 こうして僕は走ることになった。

 僕の体力は特別あるわけでもなく、特別ないわけでもない。

 三千メートル走は十六分、肺活量は三千五百シーシーだ。

 だけど、だけど――――


「お兄さん大丈夫かいー?」

「はっ――――はっ――――山原――――自転車についていくのは――――大変だな――――」

「もうちょっとスピード落そうかー?」

「いやっ――――いい――――赤城との待ち合わせに――――遅れるからっ」

「やるねぇ!」


 自転車――――それも僕が五分で公園まで着く速度で走るというのは自転車に乗っていない者からすれば大分速い。

 だが、女性との約束で相手を待たせるというのは、高校生になって初めて女性と出かける僕にとって絶対に許されるべきことではなかった。


「お兄さん! 公園が見えてきたぞー!」


 ほぼ全力疾走で数キロ走ったために僕の肺は空気を取り込もうと必死だ。

 山原の声で前を見ると、いつも僕と赤城が登校する時に待ち合わせにしている場所、山原と出会った場所である団地内の公園が見えてきた。団地内の空き地を埋めるかのように造られた三角形の公園のベンチに誰かが座っているのが見える。


「赤城さんだね」

「それは少々危ない状況だな」

「そうなのかー、じゃあ急がないとね!」


 僕と山原は赤城の待つ公園へとラストスパートをかけた。

 公園に入ると、ベンチに座っている赤城を見つけた。

 赤城は、花が散り青葉になりかけている桜の木を眺めていた。

 絵になりそうな姿に声が詰まる。


「あら、早かったわね。十時二分、許してあげましょう」

「ごめんな、間に合わなくて」

「いいわ。山原さんを走らせていたりしたらそれこそどうにかしようと思っていたから」

「お前は――――いつ着いたんだ?」

「ついさっきよ」

「いつだよ」

「九時五十分かしら」


 赤城は横に置いてあったバッグを取ると、すくっと立ち上がった。

 本当は男の僕が十分前に着くべきだったんだろうな……。

 次は遅れないようにしよう。

 次? 次はあるのか?


「それより――――今日の私どうかしら?」


 意見を求めてくるとは思わなかった。

 そういうのは僕からさりげなく言うべきことだと思っていたし、なんだろう――――女性というのは私服に

こうも気合を入れてくるものなのだろうか。


「いいんじゃないか?」

「曖昧ね」


 睨まれる。


「き、綺麗です」

「何その躊躇い」

「綺麗です」

「なんか私が言わせてるみたいじゃない」

「綺麗だよ! すごくな!」

「いくら私が綺麗だからって襲わないでよケダモノ」

「襲わねーよ!」


 結局いつもの調子で僕が罵倒されて終わる。

 今日の赤城は赤のニット帽を被りホワイト無地のセーターと黒のかぼちゃパンツと春らしい服装で、黒タイツで肌を見せない様にしていた。

 前髪を止めるヘアピンもいつもより少しお洒落なものなっている。

 

「さてさて、さてさてさて。おはよう、桐名くん、山原さん」

「おお、おはよう」

「おはようございますっ!」

「山原さん可愛いわね、その服は桐名くんの?」

「なわけねーだろ! 妹のだよ! 妹の!」

「動きにくいんだけどね、この服は」

 

 もしかして赤城は今日一日この調子でいくんだろうか。

 そうなると僕は家に帰った時には疲労(ひろう)困憊(こんぱい)確定だ。

 どうなるんだろう、今日一日。僕の休日。

 とりあえずここで話し込んでいても始まらないので、三人で歩いていくことにした。

 両手に花――――花と言っても薔薇と向日葵だ。そういうと中々良いように聞こえるので違和感を覚える。


「それで――――山原さんの服を買いに行くのだったかしら?

「うん。だからとりあえずそんな店に行こうとおもんだけど、どこに行けばいいのかわからないんだよ」

「山原さんがどんな服がいいかにもよるわね。きっと動きやすいのがいいのでしょう?」

「うん! 女の子っぽいのは動きにくいからなぁ!」


 山原は出会ったときシャツ一枚に短パンだったからな。

 動きやすさは抜群だっただろう。でも山原の髪の長さや、口調からすると、あの服装では少年と間違われかねない。だから僕としては動きやすくて女子っぽいものがいいんだけど。


「ふむふむ。桐名くんは山原さんに女の子らしさを求めているのね、このロリコン野郎は」

「ロリコン……中学三年生なんだぞ、山原は」


 僕は反抗してみる。

 山原と僕は齢で言うと四つしか離れていないのだ。社会に出れば四歳差のカップルなんて珍しくもなんともない。


「知ってる桐名くん。四年あれば小学生は高校生になるのよ」

「でも四歳差カップルなんて大人の世界じゃ普通だぞ」

「ふーん、桐名くんは山原さんと付き合いたいって認識でいいのね」

「ヒーローは皆のヒーローなんだ。ごめんなお兄さん」

「いや! 今のは例であって僕と山原はもう家族みたいなものだからそれはない!」


 冷ややかな目で僕を見る赤城。

 変態を見る目だ。

 まんまと僕は赤城の言葉の罠に引っ掛かった。

 

「話を戻しましょう。桐名くんの言う女の子らしさと動きやすさ――――機能性を兼ね備えた服もそれなりにあるのよ」

「じゃあこの辺にそんな店はあるのか?」

「あるけれど、あまり数には期待しないでちょうだい」

 

 まるで自分の店の品数のように言う赤城も何気にファッションには詳しいようだ。

 服に対する以上な執着心を持つのは妹だけかと思っていたが、案外そうでもなく、女性なら男が思っているよりかは詳しいのが普通みたいだ。

 山原のような女子はまだ興味が芽生えていないだけらしい。


「あと三十分くらいは歩かないといけないから」

「大丈夫」

「僕もー!」


 そういやこの二人はどちらもスポーツタイプじゃないか。

 山原はすでにご存じ、赤城も武道をやっているのだから基礎体力はかなり高いはずだ。

 

「まあ私にも勉強面でも運動面でも敵わない人がいるのよ」


 突然赤城がそんなことを言いだした。

 自分を低く言うことなんて滅多にないこいつがそんなこと言うなんて珍しい。飛行機が事故をする確率くらい珍しいことだと思う。


「入江さん――――には敵わないわ」

「僕と入江は生徒会で同じだけどそんなことはないぜ? 普通の完璧超人だぜ?」

「そうならいいのだけどね。気をつけなさいな」


 何をだよ。入江に気を付けると言ってもなんのことか見当もつかない。

 入江より危険度が高いのは間違いなくお前のほうだと思うのだが。

 そういや赤城がふと入江の話をするのは何故だろう。赤城と入江が直接会話する機会なんてあるのろうか。僕は見たことがない。


「山原さん、昨日は何もなかった?」

「特に何もなかったー!」

「この変態お兄さんに何かされなかった?」

「何もなかったよー!」

「そう、ならいいのだけれど」


 そりゃそうだ。

 僕は昨日帰ってから風呂に入って飯を食べて、そのまま倒れこむように寝たのだから。

 残念ながら山原と風呂に入ることも風呂上がりの姿を見ることも一緒に寝ることもなかったのだ。 


「そろそろ着くわよ」


 雑談に花を咲かせているうちに、この町一番の百貨店へとやってきた。

 確かにここはたくさんの店が入っているから様々なものが揃っているだろうから山原のように、機能性ととりあえず女の子らしさを求める人には十分な種類と数がある。流行やお洒落を求むのなら服の専門店へと行った方がいいのだろうけど、それはきっと山原にはまだ早いのだろう。

 

「山原さん、こういうところは慣れているかしら?」

「こんなところに来たのは初めてだ! すごいなぁ、いろんなものがあるなー!」

「山原、来たことないのか?」

「うん、僕はいつも留守番だったから。でもあの夏祭りは楽しかったなぁ! 一度だけ連れていってくれたんだ、あのお面もそこで買ったんだよ!」

「私も何年振りかしらね」


 あのお面とは山原がヒーローになるときに被る仮面ライダーのお面のことだろう。

 そっか。

 山原や赤城はそういう家庭で育ったんだった

 赤城も山原も僕の想像以上のことを味わっていた。

 山原は一度だけしか連れていってもらえなかった夏祭りを楽しそうに語り、赤城は今のお母さんとの生活を嬉しそうに語る。

 僕からすれば夏祭りなんて毎年何か所でも行われ、行こうと思えば行ける。両親とだって今は中々会えないけれどお盆や年末年始には会える。笑って話せる関係だ。

 『幸せ』というのは人によって形が違い、誰かが押し付けることなんてできないし、誰かが幸せにすることなんてできないのかもしれない。

 ましてや赤城や山原からすれば幸せ者の僕がなにかできることはあるのだろうか。

 僕に二人の気持ちが本当に理解できるのだろうか。

 

「桐名くん、難しいこと考えているみたいだから言わせてもらうけれど、幸せなんて誰かにしてもらうものじゃないのよ。自分が幸せかどうかは自分にしかわからないものなのだし――――ね?」

「なんかごめんな」

「謝らなくていいのよ。あなたは私の過去を知ってくれているじゃない。謝ると言うのは受け止められないってことかしら?」

「いや――――そうじゃないんだ」

「幸せも不幸も嬉しいことも悲しいことも他人と比べる必要もないし、比べることすら間違ってるのよ。あなたも辛いことはあるでしょう? 辛いと思ったのなら状況や環境が違っていても同じよ。生まれ育った環境なんて私たちにはどうにもできないのだしね。私も山原さんもそれくらいわかっているからあなたが気にすることではないのよ。心配しなくても大丈夫だから」


 他の人には聞こえない人混みの中で赤城は優しかった。

 赤城のようなのをツンデレというのだろうか?

 そうではない気がする。

 行きましょう、と赤城は僕の手を引っぱって人混みをかき分け進む。

 山原は山原で人の多さに混乱して迷うと思ったのか、僕の手をしっかり握る。これで僕の両手は女子の手で塞がれることとなった。


「お兄さん! 気分が悪くなってきた……!」

「人に酔ったのか」

「かも……」

「なら急ぎましょう」


 僕は人混みの中を赤城の手だけを頼りに進んでいく。

 休日の百貨店の人の多さは僕も想像以上で赤城の手を離せば僕たちは完全に赤城とはぐれてしまうだろうし、山原の手を離してしまったら山原は人の波にのまれてどこかへ行ってしまう。

  

「あれ、あいつ……」


 僕は人の中に妹、柑南の姿を見た。  

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