ヒーローデイズ4
僕たちは再び応接間に戻り、ようこさんの前に座ることとなった。
それなりに三人とも疲れていて、疲れていないのは縁側でお茶をすすっていた狐一人だけで、最初のような緊張感は恐らく持てない。持てるはずのお狐様は緊張感などさらさら無いのだ。
「一件落着だな。それでは敵について話そう、楽にしてよいぞ」
当たり前だよ! と言ってやりたいが、それはそれで面倒になりそうなので何も言わない。
山原はというと、お面を外しているが、どうやら僕に怒っているようでさっきから話してくれなくなっている。赤城は山原について色々考えている僕なんか知ったこっちゃないという顔だ。ようこさんに出されたお茶をゆっくりと音を立てずにすすっている。湯気が立つほど熱いのによく飲めるな、こいつ。
「あの黒い奴らに名は『無い』。マーベラスも言っていたが、世界の『垢』とも呼ばれるあの黒い物体は世界に必要のない、ろ過されて残った垢と同じじゃ。奴らはこの世界に必要無い者を追ってきて――――消す」
「それは……、山原がこの世界に必要のない者だってことか?」
「そうじゃ」
「そんなこと……!」
「いや、おかしなことではないぞ? 本来この世界に必要のない者なのじゃからな。言うなれば他の世界から放り込まれた異物じゃ。消去されるのが普通じゃ」
「でも!」
「神隠しは昔から度々起こったのでしょう? その時はどうなったんですか?」
「昔は今ほど親子の絆は浅くなかったからのう。親もすぐに子供の大切さを身に染みて子供もすぐに親の元へと帰されたのじゃ。だがこの小娘はもう一か月も彷徨って居る。そろそろ消去対象と判断されてもおかしくないじゃろう」
「確かに今までは敵もそんなに多くなかったな! 初めは一匹だったし!」
「じゃあようこさん、山原はこれからも狙われるって言うのか!?」
「このままだと――――そうなるな」
「どうすれば止められる? 知ってんだろ、ようこさんなら!」
「無論、儂じゃからな。方法は至って簡単じゃ。だが、ただで教えるのはつまらんのう。ここで小娘にクイズじゃ!」
ようこさんは指を一本立ててくるくると回し、ぴっと山原を指さす。
人を指さしちゃいけないんだぞ、ようこさん!
あ、この人妖怪だったな。
「よし来いっ!」
「人が冥界に迷い込む。そしてとあることをすると冥界の住人になってしまう。さて、なーんじゃ!」
「えっ! 難しいなぁっ! うーん、なんだろう?」
山原が盛大に首をひねって悩む。
常識ではないような気もするし、普通に知っているようなことな気もする。
神話の話だし、もしかすると山原にはわからないかもなぁ。
ん?
それならそれを実行すれば山原が大丈夫だってことか?
「わかんないや、ごめんなさい」
悩んだ末、どうやら山原はわからなかったようだ。
ようこさんは中学生をクイズで負かして喜んでいる。にこにこと。それはもう嬉しそうに。
なんとも大人げないな、ホント。
最初のここでの迫力と緊張感はなんだったんだよ。
もしかすると、素直にわからないことを認める山原の方が大人なんじゃないか?
「ちと難しかったか、では正解じゃ。冥界の物を食べると冥界の人間になってしまうのじゃ!」
「おお、そうだったのかっ! 知らなかったぜ! それで僕はどうすればいいんだ!?」
「この世界の食べ物を食べればいいだけじゃ。それでおぬしはこの世界の一員じゃ」
ようこさんは皆の前に用意された座卓の上のお茶とお菓子を指差す。
これを食べれば山原はこの世界の住人になれるのだろうか。
「なぁようこさん。そんな簡単なものなのかよ?」
「あののう、おバカ。七十億も居る人間がたった一人増えたところで何も変わらん。この小娘がもう向こうの世界へ帰れなくなるだけじゃ」
「なるほどな――――ってダメじゃん! 帰れなくなるんだろ!?」
「それはこの小娘が決めることじゃ。そうでなければ親に必要とされん限り永遠に垢共に追われるはめになるんじゃぞ? おぬしは本当に何もわかっておらんな、バカが」
「桐名くん、馬鹿ね」
「お兄さん、ばかだね」
僕の心に容赦ない言葉が刺さっていく。
確かに山原にとってどちらが幸せだなんて僕が決めていいはずがない。
他人が口を出していい話ではなかった。僕はいつのまにか山原の親にでもなったつもりでいたんだろうな。
とんだ勘違いだ――――ってあれ? 山原混じってなかったか?
「もう夜も更けてきたじゃろう。用は済んだであろう、今日は家へと帰るとよい」
「山原はどうするんだよ?」
「すぐに答えの出る話でもなかろう。おぬしの家で泊まらせてやれ。そこで決めるとよいじゃろう」
「それが一番よ」
「いいのかっ!? お兄さん!」
「当たり前だろ、柑南も喜ぶしな」
「ほんとっ? やったぁ! 久しぶりだなぁ、家で寝るのはー!」
そういや、こいつ今まで公園で寝泊まりしてたんだっけ。
まだ春の夜は冷えるのに住むところもないんだよな。
「今回も一件落着ね」
「まだ終わってねーよ」
「え? 山原さんはあなたの家に住むんでしょう?」
「うちに住むのか? 山原」
「住んでもいいの!? お兄さん!」
「ま、まあいいと思うよ。妹も姉さんも喜ぶと思うし」
「まさか桐名くん、山原さんを妹にして何かするの?」
「何言ってんだよ、赤城。そんなことするわけ――――」
「僕はお兄さんになら何をされてもいいぜ! こんなにお世話になったんだもんな!」
「山原さん、桐名くんはこれでも一応、本当は男なのよ。危ないかもしれないのよ」
「俺はれっきとした男だしそんな趣味はないぞ、赤城」
「決まったか、おぬしらよ。南木は確かに変な性癖を持っておるが安心せい、基本無害じゃ」
「あんた僕の何を知ってるんだよ!」
◇
ということで僕たちは今日も陽が暮れてから帰路についた。
赤城は一応母に遅くなるかもしれない、と伝えてあるらしい。年頃の娘が夜遅くに帰ってくるのは普通なら止めるだろうけど、今まで赤城とあまり話せてさえなかったのだからそれくらいは許せてしまうのかもしれない。それは赤城自身がもう大人びていてしっかりしているということもあるのだと思うけど、だけどまだ赤城にだって油断していたり、冗談を言ったり、ちょっとヒーローごっこをしてみたいと思う気持ちはある。だからまだ放っておいてはいけない。そう僕はいつか赤城のお母さんに伝えようと決めた。
「ありがとう、わざわざ送ってもらって。じゃあまた明日、あの公園でね」
「ああ、お疲れ様」
「お疲れ様、山原さんも」
「お疲れ様ーっ! 今日はありがとうございましたっ!」
「別にいいのよ。私たちは同じような境遇なのだしね。くれぐれも桐名くんには気を付けるのよ」
「わかった!」
何でそんなに僕を危険視してるんだよ、赤城は。
僕は誤解を生むようなことを赤城にしたような覚えはないぞ。
「じゃ、おやすみなさい」
「おやすみー」
一度別れの挨拶をしたのになんだかんだでもう一度してしまうことは結構よくあることで、日本人の性でもあると思う。電話でどちらから切るか戸惑ったり、メールをどちらで終わらせるか迷って他愛のない会話をだらだらとつづけてしまうこともよくある。今のもそんな感じだ。
「じゃ、山原、帰るか」
「うん!」
山原は相変わらず走っている。
この身体能力は赤城さんによると、この世界へ来た時に与えられた一種の恩恵らしい。
まあ本人の意思関係なく飛ばされるのだからそれくらいあってもいいと思うけど僕は忘れていない。忘れられるわけがない。
『恩恵』というのは『呪い』でもあるということを。
山原が既にその呪いをこの世界に飛ばされるということで受けているのならそれでいいのだけど、もしかするとそれだけじゃないかもしれない。僕はそれが怖かった。
ようこさんが僕に教えたように、僕が山原にそれを伝えれば山原はやはり不安を抱いて生きていくことになると思う。
今こんなに笑顔で楽しそうな山原の顔が曇るのは嫌だ。それは赤城も同じで、やっと普通の生活を取り戻せた赤城にもそんな不安を抱かせるつもりはない。
だからこの不安は僕が背負っていかなければならないことなんだと思う。
「お兄さん、僕がお兄さんのおうちに行っても迷惑だと思われないかな? 僕はもうこの世界にいようと思うんだ」
できるなら、できるだけ、不安なんてものは僕が解いてやろう。赤城の不安も、山原の不安も。
「決めたのか。うん、きっと大丈夫さ。姉さんも柑南も俺に似てあんまり考えないバカだからな」
「お兄さんはバカじゃないよ、心配しすぎなのとせっかちなのが混ざってるだけさ!」
「そうか。……ありがとうな、山原」
「じゃあ本当のお兄さんだね、これからは」
「あー、妹が一人増えるのかぁ、悪くないな」
「でしょっ!? よろしくね、お兄ちゃんっ!」
「その呼び方は慣れないなー」
「そうだね、僕も慣れなかったよ。よろしくね、お兄さんっ! ヒーローがいる家なんてレアだよ~、安心だよ~」
「そうだな、とうとうテレビから出てきてしまったな。小さい頃の夢が叶ったなー」
「それはよかったっ! 星が願いを叶えてくれたんだね!」
「星……か」
「星にお願いすれば叶えてくれるんだよ! 知らない?」
「知らなかった」
「おお、お兄さんに勝った気分だよー!」
「そこは僕の負けだな」
「星に願いを! だね!」
「それは曲の名前だぜ」
「あれ、そうだっけ?」
「そうだよ」
「まあいいじゃないか!」
「だな」
僕は自転車をこぐ。
いつものように。一番強く輝くしらす星に見守られながら。
帰ったら山原とともに柑南に謝ろう。そして仲直りしてみよう。




