ヒーローデイズ2
「おかえりお兄ちゃん! あぁっ!?」
僕の抱える厄介事その一、『妹』。
僕の妹、桐名柑南は現在中学三年生の受験生。成績は可もなく不可もなく、ただプライベートがぶっ飛んでいる十五歳だ。
「誰、その子!? 彼女? 彼女なのお兄ちゃん! 年下好きにも程があるでしょ!?」
動物に例えるなら『犬』。初対面の人間にはとても警戒するけれど慣れるとガラリとキャラが変わる。
見た目は『リス』みたい。すぐ怒ると顔を膨らませるところとかがすごく似ている。
髪型はショートで、今僕の隣で妹のマシンガンを浴びているベリーショートの山原よりは長い。
姉は姉でまた厄介なのでまた別の機会に紹介しよう。
「いや、彼女じゃねーよ。妹と同年代の女子を好きになれるかよ……」
「あっ、僕にみりょくが無いって言うのかっ?」
「そんなキャラじゃないだろうよ、お前は」
「まあ五年経ったらようこさんみたいになれるらしいしなっ!」
僕と山原の会話をじーっと観察していた妹はどうやら僕と山原がそういう間柄じゃないことを理解したらしい。そして僕が山原と親しくしているのを見て山原に心を許したようだ。
「それでお兄ちゃん。その女の子は誰?」
「こいつの名前は――――」
「僕の名前は山原くいな! よろしくなっ!」
今度はお面を正面に被ることなく自己紹介をした。
山原のお面を被るタイミングがまだよくわからない。
「私の名前は桐名柑南! 天舞中学三年生だよ! よろしくね!」
「よろしく!」
二人は固い握手を交わす。
ここで僕は山原に言っておいたほうが良かったかもしれない。僕の妹と友達になるのはいささかリスキーな行為だ、と。
「ところで、お兄ちゃん。これからどこかへ行くの?」
「うん、ちょっと出かけてくる。夜遅くなるかもしれないから姉さんにも言っておいてくれ」
「何するの?」
「山原を家まで送る」
「本当に? 家まで送るだけで夜までかかるの?」
「遠いからな。それがどうしたんだ?」
「いや、それならいいんだよー。ただね、最近お兄ちゃんの様子が変わったなーと思ったのさ」
柑南はやけに勘が鋭い。それが経験則からなのか直観なのかは僕にもわからないが今回は前者のようだ。
「私はかれこれ物心ついてから十五年間お兄ちゃんの妹としてたった一人のお兄ちゃんを見てきているけどここ最近のお兄ちゃんは別人みたいなんだよねぇ……」
「お前は何歳の時から物心がついてるんだよ……」
「あ、そっか! かれこれ十年間か。ごめんごめん、あははは」
「それくらいだよ。でも今は急いでいるから続きは帰ってからでいいか?」
「……うん、いいよ」
僕は二階にある自分の部屋に鞄を放り込み、その辺に合ったジャージを穿きパーカーを羽織って山原とともに家を出る。
僕の家は住宅地の外れにある。少し広い洋風の二階建ての一軒家で、父さんが見栄を張って建てたらしい。なので二階もそこそこ広いし、兄妹三人の部屋もある。
家の前は道路が通っているので交通の便はいい方だと思う。
玄関で待たせていた山原が、着替えて出てきた僕にこう言った。
「さっきは良かったのかい? 妹さん、まだ話したかったんじゃないかな?」
どうやら妹を心配してくれているようだ。妹さんと呼ぶところが少し意外だった。山原ならいきなり下の名前で呼ぶかと思ったんだけど。
「あいつと話してるとキリがないからな。今はそれよりお前のことだよ」
「うーん……、わかった。それで、僕たちはどこに行くんだ?」
「音卯山だよ。歩いていくと一時間くらいかかるからな、急がないと」
「よしっ! なら僕は走ろう! 足には自信があるんだ! お兄さんは自転車で来るといいよ!」
山原は屈伸とアキレス腱を伸ばして走る準備をしている。
本当に走る気だ……こいつ。
「さぁ僕に追いつけるかなっ? よーいどんっ!」
山原のスタートダッシュはロケットダッシュだった。
足の速さなんか計ったら人類最速であろう勢いで走っていく。
このままだと見失ってしまいそうになるので僕もペダルを踏みこむ。
自転車を舐めるなよ!
「うおおおおおおおっ!!」
立ちこぎフルスピード!
さすがにこれだとすぐに追いつくだろう、いや大差をつけてしまうかもしれないな。
僕は彼女が巻き上げた砂煙を追って自転車を走らせる。
「あっははははは! お兄さん速いなぁっ! だけど僕も負けないよっ!」
「おい! 山原、そこを右だ、右っ!」
「ミギーがなんだってー!?」
「そんなの寄生してない! 右に曲がれー!」
僕の自転車は山原に追いついたけど、それ以上引き離すことはできなかった。
人の走るスピードに速度制限があったなら確実に山原は逮捕されてしまうと思う。だって車と変わらないもの速度だもの。
「山原ッ、スピード落とせ! 長距離マラソンの要領だ!」
「おし、わかったよ! マラソンだなっ?」
山原は速度を落とし、やっと僕も速度を落とすことができた。
それでも山原の走る速度は速く、普通にこいでいる自転車と同じ速度なのである。
「お兄さん、お兄さん!」
「どうした?」
「妹さんと仲良くしなよ?」
「わかってるさ」
「でも僕が見たところ最近ギスギスしているように見えたんだよな~」
「気のせいだ」
「そうかな~。ま、家族の問題には僕は踏み込めないし、これ以上は聞かないよ!」
柑南の勘も山原の見立ても間違っていない。
不死になってからと言うもの、僕は家族との会話を減らしている。いつからか僕と家族の間には壁ができてしまっていて、僕はその壁の壊し方を知らない。同じ境遇にある赤城は母と仲良くできていると聞いているけれど、僕は家族より赤城と話す時間のほうが長くなってしまっていた。
「僕はヒーローだからアドバイスをあげよう! 家族の間に壁なんてないんだぜ、例えお兄さんがどう変わってしまってもね!」
「お前といい赤城といい、僕の心が読めるのかよ」
「何を言ってるんだい、お兄さん! お兄さんと妹さんの会話を聞いてるとそれだけでわかるものなのさ!」
「それほどだったか?」
「ま! 他人の僕から見ればね!」
「そっか。帰ったらゆっくり話して見ることにする」
「それがいいね」
「尚更急がないといけないな」
「フルスピードで行くかい!?」
「んなわけねーだろ! ついていけねーよ!」
◇
いぶき苑に来たのはつい三日前。
音卯山の頂上は相変わらず何も無い。ただぽっかり空いた空間が広がっている。
山原は赤城と同じく山頂を走り回って誰かいないか探している。
その様子を眺めるのは悪くはない、むしろ見ていたいが、今回は前回のようにここで時間を食うわけにはいかない。
「おーい、山原ー! こっちにこーい!」
「はいはい、お兄さんっ!」
「ここで『ただいま』と言ってみてくれ」
「了解ッ!」
山原は眼を輝かせ、大きく息を吸い込んだ。
本来なら一度来たことのある者か、その同伴者しか入れない会員制バーのようなシステムだが、今回はようこさんに招待されているので多分大丈夫だ。
「『ただいま』ーっ!」
山原の声とともにいぶき苑が姿を現す。
このいぶき苑が普段僕らに見えていないのは赤城の『認識されない』のとほぼ同じ原理らしい。
「うわぁっ! すごいすごい! 家が出てきたーっ!」
「やっときたか、おぬしら」
今回はようこさんが玄関で出迎えてくれた。
なんとその隣には赤城までいる。
「帰ったんじゃなかったのか?」
「あら冷たいわね。大災害のことなら私にも関係があるでしょう、来て悪い?」
「いや、そんなことはないけど」
なんで腕を組んでいぶき苑の住人かのように立っているのは何でなんだろう?
赤城の私服を見るのは初めてだが、白黒ボーダーのニットセーターに薄ピンクのロングカーディガン、足首まであるホワイトカラーのロングスカートにショートブーツと、コーディネートに一瞬目を奪われた。
なんだこいつ。
女子力高いぞ。可愛いし。
スカウターなら爆発してしまうくらいじゃないか?
少なくとも僕のスカウターは壊れた。買いなおさなくちゃいけないな。
「お兄さん。なに見蕩れてんだよ」
山原がジト目で僕を見ている。
僕の家で『魅力がない』って言ったのをまだ気にしているのか?
「私の私服が意外だったかしら? この日のために買ったんじゃないんだからねっ」
「いや、棒読みじゃん」
「あと桐名くん、全部見させてもらっていたけど、その子が探し回っているときの顔はみっともなかったわよ。私が探していた時もそんな顔をしていたのかしら?」
「してないしてないっ!」
「中からだと外の様子が丸見えね」
そんなマジックミラーみたいな仕様になってるのかよ!
次からは気を付けないといけないな。
顔には出さずに楽しむことにしよう。
「じゃあ暗くならんうちに終わらせられるように早速話を聞こう。入ってよいぞ」
僕と山原と赤城はようこさんに案内されていぶき苑へと足を踏み入れる。
中には入るのは僕も初めてだが、床から壁から天井までぴかぴかに磨き上げられている。靴下で歩くのも躊躇ってしまうくらいだ。男の僕よりも驚いているのは、やはり家事をする機会が多い赤城だ。様々な個所を見て驚きの声を挙げている。
「ようこさん、どうしたらこんな風に磨き上げられるのでしょうか?」
「ああこれはのう、掃除担当の妖が毎日磨き上げておるのじゃ。掃除をするのが生き甲斐みたいな奴じゃから徹底的にやってくれるのじゃよ。妖じゃから天井やら色々なところまで手が届くのは普通じゃぞ」
「一家に一人欲しい妖怪だなー」
「人間は毛嫌いするからやめておいたほうが良いぞ」
「やっぱり妖怪は人間の事が嫌いなんだなー」
「あやつは特例じゃよ」
木目の美しい廊下を抜け、応接間であろう座敷に案内された。
掛け軸や生け花が飾られた和室の真ん中にどんと置かれた黒檀の座卓の上手にようこさん、下手に僕らが座る。
床の間の前にあぐらをかいて構えるようこさんはどこか迫力がある。ぴょこんとついた狐耳が天を向いて立っていて、九つの尾はふよふよと独立しているように動いている。
なんとも言えない緊張感が応接間を走る。だけどそれは僕だけじゃなかった。赤城や山原もなぜか正座で固くなっている。これだと説教前の子供たちみたいじゃないか。
「きゃははは。固くならんでよいぞ。儂の魅力的な身体を見て興奮するのはわかるがの」
「え、桐名くん。隣で興奮しないでくれるかしら」
「してねーよ」
「まあ、この応接間は何百年と使われておるからのう。ぬらりひょんなどの妖怪だけでなく、人間でいえば天皇や発明者なども来たことがある。名前はなんじゃったっけ。確かアイン――――アインなんとかとか、あの一万円札の男とかな」
「え、何で覚えてないの!?」
「そりゃあ関係が薄いからじゃよ。『謁見』とかで一度来ただけで名前なんぞ覚えるかっ!」
「言ってたなー……」
「この場所と言うか、いぶき苑そのものに何百年と言う歴史が詰まっておるから緊張するのも無理はないな。儂にとっては数百年など大した年数ではないがの」
「ようこさんって何年生きているんだよ?」
「あん? 儂は女子じゃぞ? 妖怪だが今は女子の姿をしておるから女子として扱うべきであろう? おぬしはあれか? 女子に体重を聞くデリカシーのないやつか?」
「桐名くんってサイッテー」
「お兄さんサイッテー」
そうだ、忘れてた。この場所に男は僕だけでこの状況で僕に味方ははいない。
赤城は僕を蔑んで楽しんでいるし山原は悪ノリだ。
謝ろう。確かに齢なんか今は重要じゃないし、ここは素直に謝るべきだ。ここで反抗するのは子供だ。僕は謝れる大人になるんだ!
「さっきはごめ――――」
「三世紀頃から生きておるから、かれこれ千七百年くらいになるかの。ちなみに体重は六十五キロじゃ」
あ、うん。なんかもういいや。
わかってた、わかってたぜ? ようこさんがこういう性格だってことは。
「鬼の娘よ。お前の体重は四十八キロじゃな」
「なっ!? 何で言うんですか!」
赤城が顔を赤らめている。初めてじゃないか? 初めてだよな?
やっぱり赤城でも体重の話は恥ずかしいものなのか?
「当たっとるじゃろう?」
「……ぴったりです」
「小娘は三十八キロじゃな」
「当ったりーっ! 何でわかるんだ?」
「儂の眼はそういうのがわかるのじゃ。バスト、ウエスト、ヒップまでわかるぞ」
「言わなくていいですから!」
「僕は胸がぺったんだからなぁ……」
「おぬしはあと五年もすれば膨らむわ。鬼の娘は残念じゃが――――」
「わかってます、わかってますから……」
しくしくと嘘なきを見せる赤城。喋り方も芝居がかっている。
んー、なんだこれ。
なんだ、この女子トーク。二十代の先輩とその後輩の女子会みたいな感じ。
「ところでおぬしらは好きな男かおるのか――――」
「女子会かっ!」
やっと僕が言葉を挟めた。やっとだ。
このまま赤城と山原の好きな人の話を聞いてもよかったが、本題は違う。
これじゃあまた帰るのが遅くなってしまう。
「本題にいこうぜ。山原についてだよ」
「ふむ、そうじゃな。小娘。部屋の外へと出ておれ」
「えっ!? は、はいっ!」
山原はささっと座敷を後にし、襖を閉める。
何か山原のことで本人に話せないことでもあるのだろうか?
僕は覚悟を決めて、痺れてきた足を組みなおした。
「えー、今から面接を始めるー。小娘ー、入れー」
うん?
『面接』? 山原のか?
ようこさんがちょいちょいと手招きをする。どうやら上座の方へ来い、と言っているようだ。
赤城が動き出していたので僕もようこさんの隣へと移動する。
「えっ!? め、面接!? 僕まだやったことないんだけど……」
襖の向こうで山原が戸惑っている。可愛さこの上ない。
山原も中学三年生だから高校受験は控えてるけれどまだ四月だ、恐らく志望校も決まっていないはずである。まだ面接の作法もどんなことを訊かれるのかもわかっていないはずだ。
「よいよい。自分が思う面接をやってみよ! さぁ入れ!」
「えぇー……、わかったよ、やってみる」
山原が女の子に戻っている。いつものヒーロー口調(?)ではない。
襖をトントンとノックし、ゆっくり入ってくる。
そしてそのまま僕たちの向かい側、下座へと座ろうとする。
「座る前に名前を述べよ」
「は、はいっ! 天舞中学三年生、山原くいなですっ!」
妹と同じ中学じゃないか。やっぱり山原は……。
「では面接を始める。気を楽にしてよいぞ」
「は、はいっ」
できるか!
千七百年生きている大妖怪を目の前にしてリラックスなんてできるわけがないだろ!
僕も多分山原の立場だとできない。
「えーとな、おぬしはどこから来たのじゃ? 場所の名前と今の月を言ってみよ」
「えーと、天舞市から来ました! 今日はあれから一か月だから四月です!」
「年号を述べよ」
「――――です!」
なるほど。どうやら山原が来た世界とは本当に違うようだ。彼女が言った年号は、僕たちの日本では聞いたこともない年号だった。
山原は嘘をつかない。赤城にしても山原にしても数時間での判断だけど、少なくとも二人が大きな嘘をつくような人間ではない事は知っている。
「ふむ。では次。おぬしはどうやってこの場所をどこだと思っておる?」
「わかりません! 僕は空から落ちてきて、この町を歩き回ったけど知ってるものは何一つありませんでした!」
「なるほどのう。空から落ちてくる前は何をしていた?」
「学校の帰り道でした!」
「十分じゃ。お前が何に追われておるかもわかった」
「敵の正体!? アイツらは何なんだっ!?」
山原の敬語が解けた。どうやらヒーローモードに入ったようだ。
だけどここはようこさんの領域。落ち着け、と言われて山原は再び面接へと戻る。
「まだ面接は終わっておらん。『以上で終わる』で終わりなのじゃ。わかったか」
「はい!」
「ん……来おったな。小娘、以上で面接は終わりじゃ。皆庭へ出るぞ」




