ジュエルナイト
「それで、どうしたんだ?」
今度こそ僕は赤城を家の近くまで送るため、夜道を歩いていた。
赤城はずっと待っていたらしく、鼻が少し赤くなっている。
それでも平然と、今まで無言でここまで歩いてきた。
「なんか飲み物買うよ。どれがいい?」
「……じゃあコーヒーをいただけるかしら。ミルク多めのやつを」
「わかった」
いつも待ち合わせをしている公園の脇にある自販機でコーヒーを二つ買い、カフェオレに近いコーヒーを赤城に渡す。
赤城は両手で缶を転がせて手を温める。
そろそろなんで赤城が外で待っていたのか聞かなきゃならない。
歩きながらだと喋ってくれそうもないから僕は公園の中のベンチに座る。
今朝、赤城が僕と山原を待っていたベンチに。
思えば僕たちは何かとこの公園を利用している気がする。
高校生でこんなに公園を利用する人なんて僕以外に何人くらいいるのだろう。
「えと、赤城、どうしたんだ? 今朝から何かあったんだろ?」
「もう一度血を吸わせてもらえるかしら」
「え?」
「血を」
「いいけど――――」
かぷ。
僕が返事をし終わる前に赤城は僕の首に噛みついた。
十秒くらい。
こくっ……こくっ……。
僕の耳元で赤城が血を飲み込む音が二回聞こえた。
「もう大丈夫だと思うわ」
「えーと、何が?」
「山の上のこと――――覚えてる?」
「もちろん」
「私が言えなかったこと。正確には言いたかったけど言葉にならなかったこと」
「あのよくわからない言葉か?」
「ええ」
赤城はそういうとまた、一呼吸置いた。
「あなたが好き」
小さく大人しく、赤城らしくない声量で呟いた。
僕をじっと見つめている。
どうしよう。
本気なのか?
でも冗談でこんなこというやつじゃないよな。
そうか……。
こうなると僕も自分の気持ちと向き合わなきゃいけない。
本当は赤城をどう思っているか。
運命共同体とかそういうのを関係なしにして、赤城という一人の人間をどう思っているか。
考えると、思い返すと、僕は赤城が好きな気がする。
赤城がどう思っているかわからないから、僕だけが好きだというのを隠したくて言い訳をしていたと思う。
なら僕は赤城が好きだ。
赤城に拒絶されると――――あれはきっと傷ついたんだ。
何度も助けられたし、何かあれば助けたい。
そう思えるなら好きで間違いない。
これからも一緒にいたいと思えるから。
「僕もきっと――――好きだよ、赤城のことが」
こうして僕は人生初の告白をした。
正確には既に赤城から告白されていたから返事なんだけど。
それでも僕は告白されたから返事をしたんじゃなくて、自分の気持ちを告白した。
隣に座るクラスメイトに。
好きな人に。
「ありがとう、すぐに『きっと』を言わせなくするからね」
赤城は前を向いたままでそう言った。
どうせなら僕の顔を見ながら言ってほしかったけど。
「血を吸う意味はあったのか?」
「山の上でなぜ言えなかったか考えていたのよ。吸血鬼は一世に一人。おそらく人を好きになることも、夫婦になることもできないと思ったの。だからあなたの血で吸血鬼を封じさせてもらったのよ」
「それは確かに『呪い』だな」
「やっぱり私はあなた以外は好きになれないのね」
「それでいいのか?」
「もちろん」
赤城は首をゆっくり傾けて微笑んだ。
僕の前にいたのはただの――――笑顔がとてつもなく似合う女の子だった。
「でもなんで僕なんだ? 出会って、話し始めて数日しか経ってないぞ?」
「そうね、あなたからすれば数日かもしれないわね。でも私は正直に言うとあなたを結構前から見ていたのよ」
「僕がまだ気づいていないときか」
「ええ。たまたま偶然で覚えてないかもしれないけれど、あなたが私の席を見たことがあったの。不登校生徒の机の上が物置のようになるのは仕方ないことだと私も思っていたけれど、その時のあなたはそれを片づけて綺麗にしてくれた。その時から気にはなっていたのよ」
「あの時か。あれはただ僕が許せなかっただけなんだよ。いくら不登校でもあの席は赤城の席なんだから」
「それが格好良かったのよ」
「みんなには距離を置かれた気がするけどな」
「そうでもないわよ。女子は案外そういうの格好いいと思うもの」
「そうなのか……」
「だから――――私から離れないでほしい。私にはあまり大切な人も、物もないから」
赤城は僕の手を強く握って言った。
その手は細く、弱弱しい。
そしてどうやら僕と同じように赤城にも不安があったらしい。
そんな赤城からの『お願い』は僕の不安を見事にかき消した。
僕は赤城の手を握り返すことでそのお願いに答えた。
「桐名くんこそ、いつからなの? 私より早いはずはないと思うけれど」
「お前が自分の過去を受け入れた夜、これから傍で助けてやれたらな、と思ったんだ」
「そんなことを思っていたなんて本当お人好しね」
「でもお前に助けてもらってばかりだよ」
「いえいえ、どういたしまして」
そこで一旦話が途切れ、出来立てカップル特有の微妙な沈黙が流れる。
今までこんなことはなかったのだけど、意識し始めると隣にいる赤城がとても可愛く思えてくるから怖い。今までも十分綺麗だったはずなのに今は入江よりも可愛い気がする。
「ところで」
赤城が僕にぐっと顔を寄せて、僕の目を見つめる。
「入江さんとはどういう関係なのか説明して」
「嫉妬か?」
ゴツン。
痛い。
寒いから余計痛い。
「そんなことは今どうでもいいの。答えなさい」
「生徒会役員の上司と部下だよ、それ以上じゃないから」
「可愛いというのはまだわかるから許しましょう。好きになったりしないわよね?」
「そんなことはない」
「ふむ。なら良し」
「心配なのか? 赤城らしくないな」
「別に心配なんてしてないわよ。もし浮気なんてしたら他の女の臭いがついたあなたの血なんて吸わないからその辺でゾンビ化して果てればいいわ」
「わかったわかった」
僕は不器用に手を握って赤城を家の近くまで送った。
お互いに緊張しているのか赤城もかちこちだ。
手汗をかいてないか心配になるけど、赤城の体温が伝わってくるせいでそれもわからない。
手だけは繋がっているけど、会話はほとんどなく、緊張が続いた。
そして、初めて赤城の家の近くまで来たけれど、周囲に家も建物もなく音卯山の頂上と似て高さこそ違うが空がよく見える。
「私の家はあの男が残した一軒家なのだけど、この空の広さだけは好きなのよ」
「確かに音卯山の頂上みたいな広さだな」
「あの場所には届かないわよ。星まで遠いから」
赤城は空に手を伸ばし、しらす星を掴もうとする。
北極星をしらす星と名付けたあの日、僕は赤城を心から笑わせようと決めた。
誓い――――というには大袈裟だけど、いつか叶えてやろうと思う。
「赤城、こっち向いてみろ」
「どうしたの――――むっ」
僕は赤城の口の端を抑えてぐっと上に上げてみた。
驚きと混ざっておかしな表情になってしまった。
それはそれで面白い顔になっているけど、赤城はむすっと膨れた。
「何をするのよ」
「あはは、笑うかなって」
「無理やり笑わせようとしても笑うわけないでしょう」
「それもそうだな」
「笑わせようとしてくれているの?」
「ん? いつか笑わせるよ。吸血鬼と不死なら時間はいくらでもあるしさ」
「血を吸って分かったのだけれど、私にも不死の効果が出てきているのよ」
「それは良かったのか?」
「あなたがいるから嬉しいに決まっているでしょう」
どきんと心臓が跳ねる。
赤城を握る手に力が入ってしまう。
「ぷしゅーって音が似合いそうね、今の桐名くんには」
「躊躇いないってのは怖いよ……」
「あら、嬉しくないの?」
「嬉しいけどさ、心の準備が間に合わないんだよ」
「そう。落ち着いたら手の力を抜いてちょうだい。少し痛いから」
「ご、ごめん!」
「不死の効果って健康を維持するということなの?」
「その人の健全な状態を維持するらしいな、病気にもならないし」
「嬉しい効果ね」
「でも死ねないってのは呪いでもあるんだぜ?」
「孤独だったら――――の話でしょう? 二人なら永遠でも構わないわ。神様にでもなろうかしら」
「どれだけ先の話だよ……。ていうか真神って神様を見つければ二人とも不死や吸血鬼から戻れるかもしれないんだからな」
「桐名くんのようなのがいること自体、摂理に反しているような気がするものね」
「中途半端だよな、僕たちみたいなのは」
「私はまた別よ」
僕や赤城、山原に、四絡や南畝さんのような人にして人とは違った存在は本来存在しなかった。
本来存在してはいけない中途半端な僕たちはどうなるのだろうか。以前ようこさんの言っていた世界の修正力とやらに消されてしまいそうな気もする。
「私の星がよく見えるわね」
「そうだなー」
「あなたの星は私の輝きに隠れて見えないのよ」
「ひどいな、それ」
「そうかしら」
「もっといい感じの星はないのか?」
「ちなみにその隠れて見えない星は、しらす星の伴星よ」
「やっぱそれでいい、それがいい」
一瞬置いてぴとっと僕の頬に赤城の体温が伝わってきた。
「桐名くん、大好きよ」
血を奪い、愛を与える鬼の娘は今、星に照らされた一人の女の子だ。




