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シスターズデイズ3

 一歩前に出ていた僕は真っ先に殴り飛ばされた。

 四絡のパンチは赤城みたいに洗練された動きではなく、ただ力任せに振り抜いただけだ。

 体重移動も踏み込みも関係ない。単純な力と速さを使って攻撃を繰り出してくる四絡通夏の攻撃は単純なだけに身体いっぱいに響く。急所を突かれても死なない僕にはその方が痛い。


「何で――――急に――――」


 声を絞り出す。

 本来なら真っ先に聞くべきだった事項だがそんな機会は与えてくれなかった。

 

「理由? そりゃあ教えらんないなぁ。私にも事情があるんだからねぇ。聞かれちゃうと答えちゃうかもしんないからさぁ、黙って殺されてくんない?」


 倒れている僕はサッカーボールのように脇腹を蹴飛ばされ、宙を舞った。

 肺から空気が押し出されるどころか口から内臓が出そうだ。今朝の山原の言葉が現実化しそうだった。

 赤城が血を吸っておけば違っていたかもしれない。

 山原を抱きしめてなんとか守ろうとしている赤城に血を吸ってもらう時間なんてない。

 でもこのままじゃ僕の次は赤城になる。

 それだけは――――だめだ。僕で止めないと。


「赤城ッ! 僕の血を!」

「んん~? 血がなんなの? 気になるねぇ! やってみなよ」


 どこかのエリート戦闘民族だ、こいつは。

 パワーアップするのをわかっていてさせようとするなんてよほどの自信があるってことだよな。

 僕の力がどれだけ上がろうと負けない自信が。

 それに僕が血を吸ってもらってもどこまでパワーアップするかわからない。

 わからないけど――――やるしかない。

 走れるほど修復するのを待って。

 動く。


「でも五秒だけねぇー!」


 そう言って数を数え始めた四絡。

 やってみろとか言ったくせに待つのが嫌いってどういうことだよ!

 僕の身体の修復と赤城までの距離――――赤城のもとにたどり着いたとき、ちょうど五秒だった。


「時間切れぇ!」

「桐名くん、首から血を吸うには結構時間がかかるわ」

「なら――――なら別の場所でいいからっ! 早くっ!」

「いいのね? 私に責任はないことを断っておくから」


 赤城はそう言うと、山原を抱きしめていた両手を僕の首に回し、そっと僕の唇を奪った。

 奪った――――そう、奪われた。

 僕のファーストキスはこんな危機的状況の中で違った目的のために奪われた。


「唇は、皮膚が薄くてすぐに吸える――――から」


 僕の下唇に歯を立て、血を吸う赤城。そして吸われる僕。

 他人から見れば今の状況はどうなっているんだろう。

 山原は驚いて目を手で隠すも、しっかり指と指の隙間から見ている。

 だが問題は四絡通夏の方だ。


「あらあらあらー! お熱いねぇ! これから死ぬってのにこれじゃあ私が悪者みたいじゃないかぁ」


 ケラケラ笑いながら四絡はその場で僕と赤城を見ている。

 

「これならあの女も止まると思ったのよ」


 ゼロ距離で赤城が囁く。

 こんな時でなければ――――切に思う。

 だが赤城はこうすれば四絡の動きが止められると思ってこの手段に出たのだ。

 イコールすべては四絡に勝つために計算した行動だった。


「もういいわよ。いってらっしゃい」


 赤城は僕の首に回していた手を解き、僕の唇から離れる。

 これで僕は不死の力を、赤城は吸血鬼の力を発動させることができた。

 

「もういいのかい? 別れが済んだなら甘んじて死んでくれるんだよねぇ」

 

 四絡の動きは予測不能で曲線的だ。

 足技からアクロバティックな動きで拳が飛んでくるし、拳から投げ技をかけようともする。

 なんとか見切れて躱すことくらいはできるようになっていた。

 四絡の動きの謎――――というか四絡が人間じゃなく何なのかということがわかれば対策も練ることができるかもしれないが、全く想像もつかない。

 人間離れした技の数々、狂ったような口調と行動。

 

「何者なんだよ。あんたは!」

「私は何でもないって言ってるじゃないかぁ」


 のらりくらりと言葉でも逃げ、僕の反撃も避ける。

 やりにくい。

 赤城のような格闘術の心得があったら違うのかもしれない。

 四絡の攻撃を紙一重で躱すだけの体力消耗が続く。

 いくら回復速度が速いと言えど絶え間なく動き続けていればいつかは体力も尽きる。

 地の利。

 数の利。

 どちらも生かせない僕に勝ち目というのはないのかもしれない。


「桐名くん、関節技はできるかしら?」

「できない!」

「相手の力を利用する技ならこのタイプには効くはずよ」

「そんな知識ねぇよ」


 知識不足だ。

 習わなくても本くらいは読んでおけばよかった。

 だから――――僕は純粋な殴り合いを披露した。

 こうなると僕の身体が先にダメになるか、四絡の意識が飛ぶか、持久戦だ。

 足を前後に開き。

 ぐっと踏ん張る。

 躱してから攻撃へ。

 

「そろそろ体力が切れてきたねぇ。手間かけさせないでよー」


 僕の拳は文字通り砕けた。

 力と力の殴り合いに負けた。

 僕は目を瞑ることしかできなかった。

 目の前の現実から目を背けることしかできなかった。  

 後ろにいる大切な二人を守ることもできずに。

 僕が次目を覚ましたらきっと二人は――――。

 ………………。

 …………。

 ……。

 あれ。

 何も起きない。

 一体何がどうなって―――― 


「ストップストップ、こんこんっ!」

 

 目を開けるとまたしても謎の、今度は黒いスラックス、ブラウスを着た女性が四絡の拳を片手で止め、もう片方の手で首をつかんでいた。

 首を握られた四絡は呻き声を発しながらもがいている。

 だけど首をつかんでいる手は離れず、びくともしていない。

 

「だ、誰だ……あんた」

「あっしの名前は南畝(みなみせ)尾張(おわり)。よろしゅうなぁ」


 きつね色の髪を背中でひとつにまとめている南畝尾張は、前を向いたまま自己紹介をした。

 関西圏っぽい言葉でしゃべるものの、それにしてはどこかおかしい。それに丁寧さと高貴さがあるように思える。

 南畝という名もどこかで聞いたことのあるような名前だった。


「なあ四絡ちゃん。ここはあっしに免じて引いてくれんかな?」

「あんたが出てくるのかぁ。仕方ないねぇ……」


 そう言い残すと、四絡は残像のように溶けて消えた。

 結局何者だったのかわからないが、人間ではないことは確かとだった。

 突然現れた南畝尾張という女性もこうなると人間ではないんだろう。

 それよりも赤城と山原だ。


「大丈夫か、赤城、山原?」

「ええ、おかげさまで無事よ」

「僕も大丈夫」

「そうか、良かった」

「はいはーい! 三人ともちゅうもーく!」



「お疲れさん。それにしても災難やなぁ、あんな災害みたいな奴に出会うとはねぇ」


 僕と赤城と山原は、南畝尾張と帰り道を歩いていた。


「君たちは――――不死と吸血鬼とヒーローか。そりゃあんなのと出会うよね」

「えっと南畝……さん。四絡通夏って何者なんですか?」


 僕は南畝さんと呼ぶことにし、四絡について聞いてみた。

 ついでに言えば南畝さんのことも知りたいけど、今は四絡が先だ。

 もう出会うわけにはいかない。

 次に誰かが助けてくれる保証なんてないのだから。


「四絡はあいつ自身の言う通りの存在さ。君と同じ不死やけどね。だけど不死は封印に過ぎない。その中に何が封印されているかは不死によって違うからね」


 不死……。

 馴染みのある言葉過ぎるが、別の不死がいるなんてことは考えたことがなかった。

 考えれば僕だけが不死だけなんてことはない。

 僕が不死ならほかにも不死の人がいてもおかしくはないわけで、吸血鬼やヒーローもいるかもしれない。


「あぁ、吸血鬼は一世に一人だけだからそこの可愛い女の子だけさ。君名前なんて言うの? よろしくね赤城しらすちゃん」

「何で私の名前を?」

「そりゃああっしだからねぇ。あっしの呪いでもあり、加護でもある。不死君が死なない加護と死ねない呪いを持ち、吸血鬼ちゃんが吸血鬼衝動という呪いと不死なんかと比べ物にならない力を持つ加護、ヒーローちゃんが自分の家に帰れない呪いと悪を滅するパワーを持つ加護があるようにね」


 南畝さんは僕らのことを知っていた。

 山原の家族のことまで知っているということは赤城の事情も知っているのだろう。

 南畝さんについて聞いたつもりが、謎が深まっただけだった。

 ただひとつわかったことは、自分も呪われているといった南畝さんもあの大災害に遭遇したということだった。

 あの大災害は一体どれだけの人を巻き込んだんだろう。


「ところで赤城ちゃん。今夜あっしと一緒に過ごさない?」

「嫌です」


 この人の事情については全然わからなかったけど、性癖は見えてきた気がする。

 意外とマニアックで危ないぞ、この人。

 つーか知りたくないことを知っちゃったよ。


「じゃあ君でもいいよ、あっしと似ているヒーロー、山原ちゃん」


 今のあんたはその正反対の犯罪者だよ……。

 性格も山原とは正反対っぽいし……。


「い、嫌だっ!」

「そんなに嫌わなくてもいいのにねぇ。興奮するじゃないか」

「山原! その人危ないから離れろっ!」

「桐名君、あっしは君に興味はないんだよねぇ」

「知らねーよ――――ってかそれはそれでおかしいだろ」

「君は自意識過剰なんだねぇ」

「そういう意味じゃねぇ!」


 結局、公園までついてきた南畝さんは解散するときに僕らにひとつ忠告した。


「君たちは普通の世界のことは知っているかもしれないけど、怪異の世界については知らないだろうから言っておくなぁ。大災害に遭遇した人は君らが思ってるほど少なくない。四絡みたいなおかしなやつも仰山おるんよ、普通では居らん『敵』っちゅうやつがな。逆に言えば君らだけが狙われるということはないから、くれぐれも目立たんようにしぃ。特に今日の『アレ』はあかんよ」

「アレって何ですか?」

「それはあっしも君らの味方っちゅう訳にはいかんから教えられへん。じゃあね、こんこんっ!」



 僕たちは赤城を家まで送ってから家に帰った。

 この数十分、なんだか狐につままれていたような気がする。

 そして赤城は最後別れ際、なにか言いたげだったが結局何も言わなかった。

 今日僕たちが知ったこと。それは怪異の世界には『敵』がいること。

 敵がいるのなら危険な目に遭うということだし、時に命を落とす危険すらあるということだ。

 僕らの日常が、音もなく崩れたように思えた。

 いや――――すでに日常なんて崩れていたのかもしれない。

 だけど、僕たちはまだ、今回の話のメインに入ってはいなかった。


「お兄さん、お兄さん、携帯なってるぜ?」


 リビングでテレビを見ていた山原に言われ、携帯の着信に気づく。

 赤城からだった。

 『今夜七時、私の家に来ること』

 余計なことは何一つ書いていない。僕も『わかった』と一言だけで返す。メールのやり取りほど面倒なものもないと僕は思っているのだが、赤城のような簡潔にまとまった文章だと楽だ。絵文字やら顔文字やらをふんだんに使って、あたかも会話をしているように文章のやり取りをするのには時間がかかる。僕のクラスにもそんなやつが多いのだ。


「赤城さんからかい?」

「なんで知ってるんだ?」

「お兄さんが居ないときにこっそり見たからね! 携帯の中に家族と赤城さんしか入っていないなんて友達いないんだね~」

「僕のプライバシーは!?」

「兄妹の間に隠し事なんてないんだぜ~」

「そうかそうか。妹ならちょっとぐらいケンカしても兄妹ゲンカで済むよなぁ?」

「ふっふっふ、お兄さんが僕に勝てるとでも?」

「お前こそ、この家で暴れていいと思ってるのか、妹よ」

「本気が出せないっ!? いいよ、それもハンデだ!」

「生意気なっ!」

「はいはい、ご飯だよー! 暴れない暴れなーい!」


 柑南が三人分のご飯と味噌汁、焼き魚とサラダを器用に体のあちこちに乗せてやってくる。

 曲芸師みたいな技をどうやって身に着けたのかというと、何度も往復するのが面倒だったからやってみたらできた、とのこと。 

 こいつにはそういう才能があるのかもしれない。


「いただきます」

「いっただっきまーす!」

「召し上がれー」


 柑南は家庭的な料理なら大抵は作ることができ、その腕前は僕の中のおふくろの味が上書きされそうになりそうなくらい美味しい。将来立派なお嫁さんになれることは確実だ。


「お兄ちゃん、今日は楽しかった?」


 食事中に不意に話しかけられた。

 僕は口の中のものを飲み込んでから返事をする。

 よそ見をしていると横から山原に奪われてしまうので皿を避難させておく。


「うん、楽しかった――――ていうか今日お前もあのデパートにいただろ?」

「え、いないよ? スーパーに行ってただけだもん」

「そう……か。でもお前にそっくりな人がいたんだよ」

「へぇー、でもまあ世の中に三人はいるらしいからね」

「同じ町にいるもんか?」

「まあ私はスーパーに行ってたから私じゃないのは確かなんだよ、レシート見る?」

「いや、いいよ。あのさ、柑南」

「なに?」

「今度は三人で出かけような」

「また――――今度ね」

「おう」


 笑顔でそう言った。

 だけどつくっているように――――見えた。 

 最近人の表情をよく見るようになったせいだと思う。作り物かどうかわかるようになってきた。

 それにしてもいつから柑南は笑顔を作るようになってしまったんだろう。 

 きっとそれは僕が距離を置いている間だ。

 なら原因は僕にある。


「柑南、山原。ちょっと散歩に行ってくるよ」

「散歩!? 僕も行く!」

「いや、一人で行きたいんだ」

「そっか。遅くならないでね」

「わかった、いつもごめんな、柑南」

「いいよ。気にしないで」



 夜風がまだ肌に染みる。

 今日の月は雲に隠れていて良く見えない。星も雲に隠れている。

 まるで僕の心の中みたいだ。

 四絡通夏。

 南畝尾張。

 不死。

 怪異。

 敵。

 味方。

 大災害。

 そして――――妹。

 心の中でぐちゃぐちゃになったものたちが星空の下ではよく見えた。

 あの夏休み以降僕の日常は風のように早く変わってしまった。

 それに僕はついていけていない。

 不死を受け入れ、マーベラス・デスファミリア・リンドンを受け入れ、僕は自分の問題をすべて解決したつもりでいた。

 だけどそれは僕の中だけで、周りは――――日常と非日常のズレは開いたままだった。

 柑南のこと。

 今日のこと。

 日常と非日常の問題が一度に現れたといってもいい。

 僕が不死となって自分を受け入れている間に日常にいる妹との間に壁ができ、妹とのことを考えている間に非日常が現れた。

 どっちつかずの中途半端な僕は一体どうすればいいんだろう。

 僕は赤城みたいに人の心は読めない。

 四絡や南畝さんのような力もない。

 つくづく無力を思い知らされた。


「あら、遅いと思ったらこんな所で呆けていたのね」

「赤城……」


 考えている間にいつのまにか僕は公園のベンチに座っていた。

 赤城のメールのことすら忘れていた。

 どんな仕打ちが待っているのだろう。

 いや、今は誰かに思い切り怒られたい気分だ。

 赤城がわざわざ僕のところまでやってきたということは何かよほど大事な用だったんだろう。

 だけど今は自分のことでいっぱいだった。


「言いたいことがあったけど――――喜んでもらえると思うことだったけれど、今のあなたには言えないわね」

「どういうことだ?」

「桐名くん、あなたはね、抱え込みすぎなのよ。それはもしかしたら私と山原さんのせいかもしれないけれど、私の過去や山原さんの過去と自分を比べすぎよ」


 赤城は僕の隣に座った。

 服は少し着こんでいて、長い髪からシャンプーのような香りがする。

 そういや何で女の人はシャンプーの香りが残るんだろう。

 男の僕には謎だ。

 リンスとコンディショナーの違いも、化粧水と乳液の違いもわからない……。

 そして赤城のいつも前髪を留めているヘアピンもいつもの飾り気のないノーマルな黒になっている。


「僕は何にもできてないんだよな」

「何にも? 私を助けてくれたことも山原さんを助けたこともあなたの中では『なんにも』になってるの?」

「そうじゃないけどさ、赤城の時も、山原の時も、結局は二人とも自分で解決しちゃっててさ、いぶき苑に連れていくことしかできてないんだよ」


 僕がそういうと、赤城はおかしそうに笑った。

 

「自分で言っててわからないかしら? あなたは十分やってくれているのよ」

「何をだよ」

「私たちは自分に何が起こっているのかすらわからなかったの。問題がわからないのに答えが出せるわけないでしょう? その問題をあなたが教えてくれたのよ。それに答えは誰かに見つけてもらうんじゃなくて自分で見つけるものでしょう、あなたに手伝ってもらうわけにはいかないし、手伝ってもらって出した答えなんて意味がないわ」


 だから――――と赤城は続ける。


「あなたが私の思っている以上のものを背負わせてしまっていたことには悪いと思っているわ、ごめんなさい。でもね、私も山原さんも女だけど自分のことは自分でできるし、自分のことは自分で背負っていけるのよ。心配いらないなんて恩知らずなことは言わないし、心配してくれていて嬉しいわ、そして安心もするけれど、あなたがそんなに重く感じるようなら心配されたくない」


 赤城も、山原も一人の人間だ。

 辛い過去や記憶があってもそれは自分で乗り越えなくちゃならない。他の人がどうこうできる問題でもない。それなのに何かしようとしていた僕はよほどのおせっかいだったのだろう。

 赤城はそれでも自分が悪かったと謝っているし、山原もきっと同じなんだろう。

 僕はどこまでも迷惑をかけてるなぁ。

 でもいつまでもこんなことを言っているほうが迷惑だろうから、僕は自分のことを心配しようと思う。

 四絡や南畝さんの事よりもっと大切な柑南のことだ。

 デパートで見た柑南に似た人物や、さっきの作り笑顔がどうも引っかかる。

 でもその前に、赤城が僕を呼んだ理由を聞こう。

 この話はおそらく朝のメールのことで間違いない。


「私は泣く人は嫌いじゃないけれどうじうじしているのとかくよくよしている人は嫌いよ」

「ごめん、悪かった」 

「ふむ。ちゃんとまとめられたのね」

「うん、自分のこともろくにできてないのに人のことばかり考えすぎてた気がする」

「その通り。自分のことを完璧にできている人間なんているはずないのだから人のことを考えすぎてると破滅するわ」

「破滅……か」

「カップルでいるじゃない。相手のことばかり考えて自分の人間関係や環境を捨ててしまう人が」

「確かにいるな」

「そんな人にはならないでね」

「うん? わかってるけど、どうしたんだ?」

「なんでもないわ」


 赤城が立ち上がって背伸びをした。

 なんというか赤城の一挙一動はそのまんま絵になりそうで見ているほうはいつも呆気にとられる。

 

「さ、行きましょう」

「どこに?」

「音卯山の頂上よ」

「ようこさんに用でもあるのか?」

「それが目的じゃないの」

「じゃあ――――」

「しっ――――着くまで喋らないで――――ください」


 『ください』?

 あの――――赤城が……『ください』!?

 これで喋ったらどうなるんだろうとかいう、してはいけないと言われたらしたくなる衝動に駆られるが、さすがにお願いをされたら頷くほかない。

 僕たちは歩いて――――徒歩で音卯山まで向かう。

 家を出たのが七時前で、三十分くらい話していたとして七時半、およそ音卯山まで徒歩だと一時間半はかかる。これは小学生の時のハイキングで経験済みだ。

 その一時間半、僕と赤城は無言なのだ。

 ハイキングは友人と楽しく会話しながら登るから時間の感覚を忘れて楽しめるものの、無言だと楽しさなんて微塵もない。

 変なプレッシャーと謎だけが僕の頭をぐるぐると巡っている。


「な、なあ赤城――――ひっ!」

「喋らないでと言ったわよね? 私」


 どこに隠し持っていたのか僕の頬に定規の先端が突き刺さっていた。

 プラスチック定規を何で削ったのか、どうやったらこうなるのか本来の形からかけ離れた刀の先端のような尖り方をしている。もはや定規の役目を果たすことはできない代物だ。


「お母さんには言ったのか? 心配するかもしれないだろ」

「つくづく心配してくれるのね、ありがとう。大丈夫よ、今日は男の家に泊まるって言ってきたから」


 ええぇぇ!?

 いやいやいや、何を言ってるんだこいつ!

 本気かこいつ? それよりよく許したなお母さん!

 というか泊めないし!

 柑南や山原が何ていうかわからねーよ!


「冗談よ。そんなに遅くはならないはずよ。ま、あなた次第だけれどね」

「僕次第ってどういう――――」

「質問タイム終わり。喋らないで本当に」


 それからは本当に無言で山を登った。

 赤城が前でその二メートルほど後ろを僕が歩いた。

 夜の沈黙はどこか怖かった。

 途中で本当に僕の前を歩いているのは赤城かと疑ってしまいそうにもなった。

 信号すらない農道をただただ歩いた。

 


 そしてやっと――――一時間半かけて、音卯山の頂上に着いた。

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