シスターズデイズ2
「着いたわ。予想外の人の多さだったけど、ここなら山原さんに合うものがあるはずよ」
そこはストリートファッション系の服を扱う店舗で、どちらかというと機能性を重視した服が多く、比較的安く上から下まで一式をそろえることができるような所だった。
山原はここに着くまでに相当まいっていたようなので店内の椅子で少し休憩することにして、その間に僕と赤城は店内を回って僕らなりに山原に似合う服を見つけることにした。
「よくこの店を知ってたなー、しばらく来てないんだろ?」
「私も昔はここで服を買っていたのよ。そこまで高い所でもないから揃えやすいしね。潰れてなくて良かったわ」
「確かに服と靴とちょっとした小物も合わせて買うと結構高くなるもんな」
「そうね。山原さんにはオーバーオールのショートパンツとかが良いと思うのだけど、どうかしら」
「オーバーオールって山原が今穿いている、ゲームに出てくるヒゲのおじさんみたいなやつか?」
「女の子が着るものだから、あんな強いのか弱いのかわからない中年ではないけれど。しかもショートパンツだからスカートではなくて元々山原さんが持っていたのと短パンと同じくらいの短さのものよ」
「あんな感じかー、確かに山原にはスカートよりズボンの方が似合いそうだな」
「桐名くん。今時ズボンなんて言わないの、パンツよ」
「それは知ってるんだけど、なんかやっぱ抵抗があるというか下着の方が思い浮かぶんだよな……」
「アクセントが違うのよ。意識してみなさい」
「パン『ツ』、『パ』ンツ」
「こんなところでパンツパンツ言わないでくれるかしら、変態」
「お前が言ったんだろっ!」
「声に出せとは言ってないわ」
「それはそうだけど……」
「ま、私はさっき言ったのを探してみるわ、あなたは山原さんの様子を見てきなさいよ」
「わかった」
山原の様子を気遣うとは赤城も変わったなぁ。
最初なんてあしらうような態度だったのに。
それはきっと、山原の境遇や気持ちがよく理解できるからなのだろう。
だって赤城は今でも『普通』の子供には近づかないし話しかけられても適当に相槌を打つくらいだからだ。
なんだかんだ言いながら結局のところ赤城はちゃんとしているやつには優しいのだ。
今もこうやって山原の服選びに付き合ってくれているし。
本当は別の用事があったのかもしれないけど――――。
「山原、大丈夫か?」
「お兄さんか……。うーん、服を選べる気分じゃないかな……」
「なんか飲み物買ってこようか? 何がいい?」
「じゃあ――――」
山原の希望は乳酸菌飲料だった。
牛乳とか好きそうだなもんなー、飲んでるところはまだ見たことないけど。
齢の割に様々な経験があるせいか、山原も赤城も大人びている時と子供みたいに感情のおもむくままに行動する時がある。それでも山原はやっぱり中学三年生の十五歳で柑南と同じ齢の少女だ。本来なら部活やら恋やらで忙しい時期のはずだった。
僕は山原を普通の中学生に戻してやることはできないのだろうか。
そんなことを考えながら自販機に百三十円を投入し下段の右端にあるおなじみの乳酸菌飲料を押す。
がこんと小気味の良い音と共にミルク缶を模した瓶が転がり落ちてくる。
「あれ? 南木くんじゃない。お買い物?」
僕の後ろから声をかけてきたのは、天舞高校生徒会長であり学年トップクラスの成績を持ち、赤城に敵わないと言わせた女、エンジェルボイスの女神様、入江くじらだった。
なぜか制服姿の入江は、僕を見つめて天使のように微笑む。
手には学校規定でありながら実際誰も使っていない学生鞄を持ち、いかにも学校帰りのようだ。土曜日の学校に行かなければいけないとは生徒会長も忙しいな。
そして入江くじらは僕のことを下の名前で呼ぶ家族以外で唯一の人間である。僕も初対面でいきなりのその踏み込みには少し驚いた。
自販機のある休憩所には、ぶつかりそうなくらいの人がいるはずなのに僕と入江だけの空間のように思えるほど、入江の声は僕にハッキリと届き、入江と僕の距離二メートルを遮る人はいなかった。
「ああ、妹の買い物の付き添いだ」
間違っちゃいない。
山原は僕の二人目の妹のようなものだ。昨日出会ったばかりだけど。
赤城といい山原といい、出会ったばかりでこうも大切な存在に思えるのは僕らが『普通ではない』仲間だからか、それとも二人の過去を知っているからなのか。あるいはその両方か。
「赤城さんとはあれから何かあった?」
何かあった?――――とはどういうことを言っているのだろう。
不登校(実際は見えていなかっただけで登校はしていた)だった赤城とその後何かあったのか聞いているのだとすれば、いぶき苑やようこさんの事は言うわけにはいかないから何もないと答えるのがベストだろう。
入江はまっすぐ僕を見て、まるで僕と話をするためにここにいるような雰囲気で、ただただ僕の目を見ている。いつもの入江だ。前髪ぱっつんの女神、入江くじら。
「何もないよ」
「そっか。あっちのお店で赤城さんらしき人を見たから、もしかしたら南木くんと来てるのかなぁって思ってね、まあそんな訳ないよね」
「どうかしたのか?」
「んーん、別に何もないよ、聞いてみたかっただけだよ」
「それならいいんだけど」
「それにしても――――」
赤城は一呼吸置いた。
「赤城さんって綺麗だよね――――」
赤城が入江に対して言っていた台詞と全く――――全く同じだった。
僕は呆気にとられ、返事に遅れてしまう。
「そ、そんなこと考えたこともないな!」
「あはは、南木くんはそんな反応するんだね」
そういうと入江はバイバイと手を振って、人の波の中へと消えていった。
ただそれだけだった。
出会って。
何をしているのか。
赤城と来ているのか。
そして赤城は綺麗だ――――と言った。
ただそれだけだった。
僕は一体入江が何をために声をかけてきたのかわからなかった。
始業式から四日、ずいぶん長い四日だったけど、入江くじらという生徒会長は僕の中でミステリアスな女という位置づけに変わった。
「山原ー、買ってきたぞー」
「おお、ありがとうお兄さん!」
山原は僕が戻った時には元気になっていて、乳酸菌飲料を銭湯上がりの牛乳を飲むように腰に手を当て、胸を張って腰を反らせてごくごくと一気に飲み干した。
反らしても胸がないのは残念だが、山原ならそれもありだ。
いや、山原に胸はいらない。
山原はぺったんで山原だ。
「お兄さん、そんなに見つめて僕の胸が気になるのかい?」
「えっ!?」
「残念ながら僕は全然ないよ、ごめんね」
「いやいや、それはそれで貴重だし!」
「ふーん、何で男のあなたに女性の胸の価値がわかるのかしら? 鑑定士の資格でも持ってるの? おっぱい鑑定士?」
「その鑑定士に需要はねーよ!」
「何を言っているのかしら。獣医さんは乳牛の乳房に病気がないか鑑定するときもあるのよ? どの牛が理想の牛なのかを鑑定する競技も全国規模であるのだけど乳牛部門には乳房についての項目もしっかりあるんだから」
「やけに詳しいな!」
「甘く見ないでほしいわね」
くっくっく、と笑うと赤城は山原の手を引っ張って試着室へと押し込んだ。
そして赤城が選んだオーバーオールのショートパンツを含めた数着を試着室の中の山原に渡す。
山原選んでないじゃん……。
「赤城さん、これを着ればいいのか!?」
「えぇ、まずは私の似合うと思った服を渡してみたわ。動きやすさは自分で確かめてちょうだい。もし気に入らなかったら出てきて選びましょう、サイズはそれでいいかしら?」
まるで娘の服を勝手に決める親みたいだ。
赤城は将来こういう親になるんだろうか。
そうなると子供はなんだか大人しく育ちそうだな。
「このマリオみたいなのいいな! 柑南ちゃんに借りたのと似てるし走りやすいし良い感じだっ!」
「それは桐名くんも良いと言っていたわ」
「おう、やっぱりよく似合ってるな」
「ホント!? じゃあこれにしよう!」
山原は着替えなおして笑顔で僕にオーバーオールを渡してきた。
やっぱり荷物を持つのは僕だった。
男の役目だよなぁ……。
僕に服を預けて山原と赤城はそれに合うシャツを選んでいた。
「長袖と半袖が欲しいわよね」
そう言って半袖と長袖のシャツを一枚ずつ。
そして半袖のジーンズジャケットを一着選んだ。
二枚だけでは足りないような気もするが、柑南が倉庫のようなクローゼットにコレクションしている服を借りれば大丈夫だろう。
山原と赤城が姉妹のように選んでいる姿を見て、出会って数日も経たないのに近い存在に感じているのは僕だけじゃないんだと気づいた。
「じゃあ、最後に靴ね。スニーカーがいいのよね」
「うん! 走りやすいやつ!」
「靴のサイズは何センチ?」
「二十五センチだ!」
「そ。じゃあ店員さんを呼びましょう」
使える人は躊躇いなく使う赤城は、店員を呼んで(作業中の店員を呼びつけたと言ったほうが近い)、山原の足と好みに合った靴を探しはじめた。
山原は次々と差しだされる靴をとっかえひっかえ履かされ、結局無地の白単色のスニーカーに落ち着いた。
「うん、やっぱり地味なほうがしっくりくるよ」
「可愛いわよ」
「これだけでいいのか、山原? もっと買っても大丈夫だぞ」
山原の服と靴にかかったお金は予算よりも大分少なく収まり、靴をもう一足買えるくらいだった。
それでも嬉しそうに山原は服とシューズ箱を抱きしめている。もう僕に持たせるつもりはないみたいだ。
「うん! 僕はこれで十分だぜ! ありがとうお兄さん、赤城さん!」
「何言ってんだよ、お前は家族みたいなものなんだしもう遠慮しなくていいんだぜ」
「そうよ、桐名くんに遠慮することないのよ。敵との戦いとの練習台にしてもいいのよ。この人死なないから」
「いや痛いから」
「わかってるよ! 痛くないようにすればいいんだろ!? 一瞬でさ――――」
「一瞬でも良くねーよ」
「さ、そろそろお昼よ。桐名くんのおごりで美味しいもの食べましょう」
「俺のおごり?」
「女の子と出かけてる時は男の子がお金を出すものかと思っていたわ」
「それはカップルとかの場合だろ」
「そうなんだ――――知らなかったわ」
◇
昼食後。
僕たちは飲食店街に人が集中し、少しだけ空いてきた百貨店内を歩いていた。
結局のところ昼食の支払いは僕が全額支払うことはなかった。
赤城のことだから僕に全額を出させるのかと思いきや、『プライドが働いた』とか言って半額出してくれたのだ。
よくわからないやつだ。
「そろそろ帰りましょう」
「そうだな、目的のものは買ったし」
「今日は楽しかったなぁっ!」
「また来ればいいわ。桐名くんに言えばまた連れてきてくれると思うから」
「そういや、赤城」
「どうしたの?」
「今日の朝のメール、何か僕に用事でもあったのか?」
「……別にないけれど」
「そうか? それならいいけどさ」
僕たちは朝に通った道を歩いて帰る。
赤城はあれから無言で一言も喋らない。
その重い空気のせいで山原も黙ってしまう。
なにこれ。
せっかく楽しかったショッピングが最後台無しになっちゃうじゃないか。
しかも赤城が無言な時なんて記憶にない。いかにも静かで冷たいイメージだけど実際赤城が沈黙の空間をつくったことはなかった。
ちょっと暇があったら僕をからかったり、他愛のない話を振ってそれをねじらせるのに今日はそれもない。
一体どうしたんだよ……。
「あらあらあら、どうしたよ黙り込んで。死ぬ準備ができてるのか? それはそれはいいねぇいいねぇ!」
声のした空を見上げると一人の女が降ってきた。
どんな高さから降ってきたのかわからないが、その女の足元のアスファルトは抉れ、周囲には鋭い亀裂が走っている。
女性には似合わなすぎる白いニッカポッカに袖を肩までまくり上げたシャツ。まるで職人みたいだけど、服は新品のように綺麗で手も細く、とても職人には見えない。
とりあえず危ないやつだ。
逃げるべきだ。
振り向いて、ここ以外のどこかに二人を連れて逃げるべきだ。
だけど、目が離せない。
目を離してはいけないような――――目を離せばその瞬間殺されてしまいそうな感覚。
「そんなに怯えないでもいいのにねぇ。ねぇねぇねぇ」
どこか狂気じみた口調でその女はふらりふらりと近づいてくる。
山原は正義のヒーローだが今は動けない。
それに、この女の言葉は山原の『ごっこ』とは訳が違う。
本気だ。
直感だけど、本気だ。
「あ、こういう時どうするんだっけぇ? 今からお前を殺す名前だって名乗るんだっけ? 名乗らない時もあるよねぇ、どうしよ?」
赤城も山原も石になってしまったかのように動かない。
というか二人ともこの女から逃げ切れる服装ではないし、山原は買った荷物を、赤城は昼食の後に寄った本屋で買った本を持っている。
おおよそ僕らはこの女にやられるしかないのである。
いや、違う。
僕は死なない。二人は死ぬ。
なら僕が行かなきゃだめだ。
二人を守るために。
そう言い聞かせて一歩踏み出す。
この一歩を後で後悔するかもしれない。
だけど、今何かしないほうが後悔する。
結局僕の決断は消去法だった。
皆死ぬか、僕だけが死ぬか――――。
それなら迷わず僕だ。
二人を守るためにきっと僕は今ここにいる。
女性を守るのは僕の役目だ。
自分自身に嫌というほど言い聞かせ、身体を動かす。
「ちょっと待て、あんた誰だ?」
僕の声は恥ずかしながら震えていた。
「あっれー! 出てくるとは思わなかったよー! んで聞かれちゃったら答えるしかないなぁ」
女は口の端を上げ、ニッと笑う。
赤城の冷たい笑い方でも山原の無邪気な笑顔でも柑南の作り笑顔でもない。
背筋が凍るほど不気味だった。
「私の名前は四絡通夏。漢字も当て字さぁ。あたしには名前なんてないし名前なんていらない。でもねぇ、この名前は結構ひねって考えたのさ、聞きたいかい?」
この聞き方じゃあ拒否権なんてないじゃないか。
僕はうなずくしかなかった。
「この世界はしがらみに溢れているだろう? だから私はそれらを捨てることに決めたんだよ。だから『四絡』、それで時間ってのは夏休みみたいにあっという間に過ぎていくから『通夏』。それじゃあ自己紹介もしたし死んでもらおうか、怪異たち」




