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白紙カード



鎧男は千明にセトと名乗った。


千明はそれを素直に本名だと信じ込み、カード内の住人にファーストネームはないのか、と一人納得したりした。

納得もなにも、その考え自体、千明の思い込みなのだが。


セトは短時間で砂漠越えの服と今夜の宿を調達してきた。

宿は千明の眼には普通の民家に見えたが、このオアシスではこれが普通らしい。宿には大人ふたりがゆっくりできる程度の広さの部屋が四つあり、台所、トイレ、風呂場は共用。部屋の四つのうちひとつは宿屋の亭主のものらしい。宿は宿でも、民宿の類のようだった。


通された部屋は、土壁で作られたサイコロのような形をしていた。

窓はなかったが、中に入るとひんやりしている。

今夜はこの部屋にセトとふたりで泊まり、今朝と同じように朝日が昇る前に出発し、このオアシスから四日かかる砂都と呼ばれる場所を目指す。

その説明を受けて、千明は神妙に頷いた。

その砂都まで行けば、千明のような身元不明人を調べてくれる場所があるらしい。

調べられても何もでないのは解っていたが、千明はセトの計画に素直に従うことにした。

どうせここでじたばたしても始まらないのだ。ならばこの世界を良く知っているセトに物事を教わりつつ、この砂漠よりは生きやすい場所を目指したほうがいい。




「これを頭に巻いて、視界ギリギリまで垂らせ」


そして今は、既に鎧を着込んでいるセトに服の着方のレクチャーを受けている。


まずセトが手に取ったのは長く厚い布だった。

手触りは絹に似ている。それで頭をすっぽり覆うように巻き、額にかかる部分を眉毛のラインまで下げる。それを帯締めのような煌びやかな飾り紐で留めた。

あとは簡単だった。肌触りのいいゆったりとした上下の服と、その上から踝まであるワンピースを頭から被る。それからボリュームのある袖つきマントを羽織る。全て生成りの色合いで揃えられ、頭の飾り紐だけが鮮やかだった。


「……地球の砂漠衣装と変わらないな」


映画などで見た砂漠の原住民の衣装とそっくりだった。

ただし靴は脛まで覆うしっかりとしたブーツで、聞けば砂漠動物の革をなめしてつぎはぎしているらしい。砂漠動物の革は、死後加工したものでもその特性として火や暑さに強く、通気性に優れているらしい。

最後に首から虫除けの香り袋というものを提げられた。香り袋というと布製を思い浮かべるが、これは透明なビー玉の中にオイルのような液体が入れられ、それが紐で括られる形になっている。


「とりあえず砂漠はこれで越える」


セトは千明の頭から爪先までを検分し、こっくりと頷いた。

どうやらこれで完成らしい。

セトはというと、鎧のままだ。


「……セトさんはそのままでいいの?」


恐らくは魔法の鎧なのだろうが、焼かれた鉄板を着込んでいるように見えて思わず尋ねてしまった。


「これは特別製。砂漠地帯とはさすがに相性は悪いがな。よほどの悪天候じゃなけりゃ、不都合もねえ。あとさんはやめろ。付けるなら様にしとけ」


丈夫そうな革袋に、購入した水、乾燥食料、薬、千明が脱いだセーラー服などを詰め込みながらセトが言う。

後半は聞かなかったことにして、千明は床に直に敷かれた厚めの布の上に座り込んだ。

この宿にベッドはなく、この布が寝床らしい。厚めの布とはいえ、床……むしろ踏みしめられた地面に直に敷かれているだけではやはり硬い。

できればもっと大きな街には、ベッドなるものがあればいいのだが。


出発のための準備をしているセトに向かってなにか手伝うことはないか聞いてみたが、何も知らないお前にはねえ、と一蹴された。

やることもないので、千明は布に座りこんだままぼんやりと天井を眺める。

見上げた先には乾燥した土の天井が広がり、当たり前だが、電灯らしきものはない。

この世界の人は皆、体内の魔術で灯りを灯すらしい。


(やっぱりここでも異世界だ……)


当たり前のことだが、どこにいても見たことのない世界ばかりで妙な感覚に陥る。

ひどくリアルな夢の中にいるような、このまま眠ったら元の世界に戻れそうな、そんな淡い感覚――。



「で」


気付けば、準備を終えたセトががちゃんと音を立てて隣の寝床に座り込んでいた。


「で?」


セトの真意が解らず、首を傾げるとセトも首を傾げた。勿論、兜の頭が。


「お前が俺を呼び出したっていう召喚カード、見せてみろ」


ん、と無遠慮に鎧に覆われた手が差し出され、千明は素直にそれを差し出した。

千明の血と涙で汚れ、ぐちゃぐちゃに折れ曲がっていたはずのそれは、いつの間にかぴんと綺麗になっていた。

ただし、皺が伸びただけで血糊はついたままだったが。


「……白紙のカードだな」


セトはそれをひっくり返したり振ったりしていたが、呟いたのはその一言だった。

聞けば、白紙の召喚カードというものが世に出回ることはないという。

契約した人物が描かれる部分が空白ということは、召喚する相手が決まっていない、まだ何者をも召喚すらできないただのカードだということ。

白紙のカードというものは、魔術研究塔にてストックされている召喚用のただの紙切れでしかない。そこにはまだなんの魔術も込められていないし、多少特別な素材でできているとはいえ、召喚魔法を行うための素材のひとつでしかないという。


「誰でも呼べるって、言ってた」


千明は言うか迷ったか、セトからなにかひとつでも情報が得られないかと、あの少年との会話を話すことにした。

なにより、セトの眼差しに不信と疑念の色が混ざったのが怖かった。


「……誰が」


千明の言葉に、セトが低く応える。

それはどこか剣呑な空気を含んでいて、千明は居住まいを正した。


「それをくれた子」

「こ?」

「男の子だった。小学生くらいの男の子」

「ショガクセー?」

「ええと、十歳くらいの」


この世界の十歳があちらの世界での十歳と同じか解らなかったが、どうやらそれで通じたらしい。


「どこで会った?」


だんだん尋問めいてきた。

千明はまるでセトの機嫌を伺うように、困ったように眉尻を下げた。


「……夢の中で」

「……お前、それを俺に信じろっていうのか」


兜の隙間から覗く怪訝な眼差しが、千明を貫く。

自分も聞く側だったら信じられそうにない話だ。

はなから信じてもらえるとは思っていないが、一体自分は、セトにどのように思われているのだろう。

あの少年がくれたからには、全ての事情を承知した人物がカードから出てきてくれるのだと思っていた。

まあ、甘い考えだったとしか、言うしかない。


「私は、こことは違う世界から落ちてきたって。私には魔力がないから、この世界ではきっと生きづらいだろう。だからそのレアカードをあげるね、って」

「…………ちょっと待て」


鎧に覆われた手が、会話をせき止めるように目の前に翳される。

千明は素直に待った。

自分がセトの立場だったら、やはり同様に、待った、とかけるだろうから。


「……万能の白紙カード、違う世界、少年、……ペト神?」


セトは考え込むように親指を顎に当てながら、自分の中で整理するためにぶつぶつとなにかぼやいている。


「……おい、ちょっと待て」


そうしてふと顔を上げると、セトは千明を真正面から見る。


「……お前、魔力ないの?」


あったら今頃魔法使い放題なのになあ、と千明はぼんやりと思った




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