エピローグ
「では、すぐに調査に掛かります。朗報を、お待ちください」
「はい、よろしくお願いします」
依頼人は、頭を下げて桧藤の事務所を出て行った。
「さて、またペット探しだ」
桧藤は独り言をつぶやくと、依頼人から預かった、骨の形をした犬が噛んで遊ぶためのおもちゃに右手をかざしてから、地図を取り出していつものダウジングを始めた。
「居所が分かったぞ。スーリン」
事務所のソファーの上で寝ていた、見事な毛並みのヒマラヤン猫が、すっ、と起き上がって床に下りると、ぼわん、と猫耳メイド服少女の姿になった。
「はい、センセイ」
「この犬を捕まえてきてくれ。居場所は、ここだ」
桧藤は、依頼人から預かった写真と、それから地図をスーリンに見せながら、言った。
「分かりました」
スーリンは、すぐにぼわん、と今度は大きなカラスの姿に化身した。
桧藤が後ろの窓を開け放つと、カラス姿のスーリンが颯爽と空へ向けて飛び立っていった。
すると、デスクの上の電話が鳴り響いた。
「はい、ひのふじ探偵事務所。はい、ご依頼ですか……はい、はい、なるほど。そうですか。では、調査の対象となる相手の写真と、それからその人物がいつも使用しているものを、何かお持ちいただけますか。何でも構いませんよ。はい、そうですね。では、お待ちしております」
電話を切って、桧藤はふぅ、と息を吐き出した。
「今度は浮気調査か。忙しいのは結構だが、こうもひっきりなしだとな。ゆっくりおでんも食えやしない」
一人で愚痴をこぼして、何やらパソコンに向かって作業を始めた。また別な案件の仕事が、溜まっているのに違いなかった。そのとき、隣りの部屋から、ワンワン、ニャーニャーと犬や猫の鳴き声が、しきりに聞こえてきた。
「うっ、ヤツら、腹が減ったらしいな」
桧藤は急いで立ち上がり、奥の部屋へ入って行った。そこには、ペットを入れておくためのケージがいくつか設置されていて、犬や猫が数匹入れられており、やたらと鳴きわめき散らしていたのだった。
「ああ、今やるから、そう急くな。まったく、ペット探しを依頼しておいて、なかなか受け取りに来ない依頼人というのも、困ったものだ。ウチはペットホテルじゃねぇんだぞ。ホテル代を上乗せ請求してやる……ああ、なに、お前は水か?分かったわかった」
依頼されて捕まえてきたものの、依頼人が受け取りにくるまでの間は事務所で面倒を見なければならないペットたちの世話に、大忙しの桧藤であった。
*
二十畳くらいはあるかと思われる、広い畳敷きの座敷だった。奥の床の間の前には、和装の源市郎が正座している。その前に、佳津砂がいた。報告をしている最中のようだった。
「……そして、これがその、大邪神ボヌカーズォーグ・ツフと桧藤は呼んでおりましたが、その大邪神めを封じました、小瓶でございます」
そう言って、佳津砂は封魂の小瓶を源市郎に手渡した。
「これが、そうか……」
源市郎が、いささか畏怖の念を禁じ得ない様子で、小瓶を手にして中をのぞき見た。
小瓶の中では、何やら黒々とした流動状の物体が、ときおり赤やら青やら、オレンジやら紫やらのいろいろな光を発しながら、ぐるぐると渦巻いている。小さな瓶の中で、嵐が巻き起こっているかのようでもあった。
「……なんと禍々しい気を放っておることか。このようなものが、第三者の手に渡っては大事になろう。この小瓶は、厳重に幾重にも張った結界の中に保管し、常に監視の目を怠りなきよう、取り計らえ。よいな」
「はい、しかと承りましてございます」
「うむ。このことは、誰にも知られてはいまいな?」
「はい、わたしと、桧藤、それに桧藤のところの使い魔くらいしか、知りうる筈はございますまいかと」
「ならば、よいのだが。このことは、くれぐれも内密にしておくようにな。局内においても、特に信用のおける者にしか、明かしてはならん。このような危険すぎるものを、悪用せんとする輩が出てこないとも限らぬ。おさおさ、注意を怠るでないぞ」
「はい。肝に銘じます」
「うむ、では、頼んだぞ」
源市郎は、小瓶をまた佳津砂に返した。
佳津砂は立ち上がり、深々と一礼すると、小瓶を手にしたまま座敷を出てゆく。
源市郎も、佳津砂も、ともにその表情は、非常に緊迫した様子を隠すことはできないようであった。




