襲来!! アマリリス
牧場で今後役立つ情報を仕入れた昭人はもう一つの用件を終えるため歓楽街に足を向ける。
当然ランチの直後なので歓楽街自体に用がある訳もなく、食事をした繁華街と歓楽街の中間。一角にこじんまりと構える女性が付かない飲み屋の1つへ。
「ガセネタ廻しやがっただろっ」
「第一声でガセとは人聞きの悪い。中古のアンカー使ってるからガタきたん違います? なんなら良い設備屋を店紹介しますぜ」
「ふざけんな。今のアンカー買ったのもお前が紹介した店だったの忘れたのか」
「そんなコマイ事言ってちゃモテませんぜ。そうそう。遺品なんてちんけなクエストやめて、遺跡狙いましょうよ遺跡。入荷したてでほっかほかの特級情報」
まだ早い時間とあって他の客のいない店内。その店のカウンターを定位置に商売を続け、客からの苦情も飄々と受け流しているのがクエスト屋のタンノ。20歳前半と昭人と同年代でありながら、情報を売り買いするグレーな世界で生き抜いてきているだけあって肝が据わっている。
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クエスト屋とは。
砂海の中に沈んだ異物を発見する事に長けた進化を引き当てた操縦士から情報を買い取り、サルベージャーにその情報を売りつける事で利益を出している者。
遺品=現代では造れなくなった古代文明の貨幣や剣、それら財宝が詰まった宝箱なども上がるクエスト。
遺跡=古代建築物や、極稀に陸地が上がる事もあるらしい。陸地が上がれば国から莫大な報酬と陸地の使用料が入るまさに一攫千金を狙う愚か者が行き着くクエスト。
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「なんと、近場でおっきな反応でたんですわ。近場でこれまで発見されなかったと言う事は、小物の可能性無し! 汐の流れで最近浮き上がってきたに決まってます。ここまで条件も整っていれば金貨クラスのクエストなんですが、アキの旦那にはこれまで世話になってますから特別に、50万と発見報酬4割ピッタリでお譲りましょ。遺跡が出れば豪遊生活間違いなしですぜ」
「てめぇに50も払う余裕あったらとっくに借金返して歓楽街で豪遊出来てるわ!」
捨てぜりふを吐いて出てきてしまったが、タンノの言葉にどこか違和感を感じていた。
(あいつに都合のいい言葉はいつもの事だから無視するとしても、現金高めの発見報酬無しがタンノの売り方なのに、発見報酬4割を押すって事はまんざらガセネタじゃないかも・・・いや俺が出せる金額のギリギリがその程度だとアイツなら計算してるはずだ)
苦情を言ったからとお金が返ってくる訳もなく景気の悪い思考になってしまい、かといって歓楽街に行けるほど脳天気でもなかった昭人は繁華街をぶらつきながら店を冷やかし歩く。
魔獣に陸地を占拠され、残されたわずかな土地にひしめき合うグレィティアの街が好きだった。人も家も肩を触れさせながら立ち並び、その隙間を縫う道もバザーを出している商人達が更に狭くしている。雑踏喧噪罵声とそんな中にも暑い地域特有のゆるさが混じり、その雰囲気すべてが現実逃避を容易にさせてくれた。
強い日差しを反射させ、ギラつく短剣を手にしては腰物のくたびれた、良く言えば皮膚に馴染みきった鉈と見比べ。日本ではあり得ない色彩をした服を見ては自分に似合うか想像し、苦笑を洩らす。言われた事を真に受けた訳ではないだろうが、最新型アンカーを憧れの眼で眺める。そんな事を繰り返すうち、喧噪も減り繁華街を横断してしまったようだ。
「嫌なことを先延ばしにするからダメなんだ。パッと終わらせてパッ寝よう、うん」
頬を叩いた彼が向かったのは繁華街の更に外れ。生活品が揃っていたそれまでとは外見からして違う高級店の中、一際大きな商店。
「すいません。今月分の利息払いに来たんですけど・・・」
最高に格好悪い言葉と共に店内に入る昭人。何度も通った通路を受付に促されるまま、何度通っても慣れない毛の長い絨毯に足を取られないよう進む。商談に使うのであろう重厚な扉とその間に置かれた美術品をいくつも過ぎ、たどり着いたのは執務室。扉の前で更に気合いを入れ直す表情でここからが本番で、彼にとっての鬼門であるのが伺える。
軽くノックをし、入室許可の声を待って耳障りな音を立てない扉を開く。
「あら~アッキ~今月は早いじゃない。ま、座って座って」
勧められるまま総革張り、かつ体がズブズブと沈むほど柔らかいソファに緊張が隠せない昭人は座る。
甲高い声の持ち主は金貸し兼奴隷商のアマリリス。外見はアメーバで幼児がカエルを作ったそのままのフォルムを持ったどう見ても50歳オーバーであろう自称乙女。
鼻や口など基本パーツはかろうじて人間と同じ位置にあるがそれ以外の肉がすべて垂れ下がってしまっている。その可愛らしい名前に反して今以上の欲を求めてギラギラと輝いている眼が昭人は苦手だった。こういう眼をした人間に借りを作ってはいけないと本能が拒否をする。
「突然の訪問すいませんが、アマリリス様にお借りしたお金を返済に伺いました。今回も少なくて申し訳ありません」
「リリスと呼んで。親しい人は皆そう呼ぶのよ」
「・・・はい。リリス様」
「リリスと呼んで。親しい人は皆そう呼ぶのよ」
「・・・・・・はい。リリス」
「アッキーはいつも他人行儀なんだからぁ。あなたの為なら返済はいつでも良いって言ったのに」
豪商の女主人に成り上がり、奴隷商を営む者のギラついた眼で見つめられ、昭人の背中は冷や汗が止まらなくなってきた。彼女は黒髪が珍しいのか昭人がお気に入りで、一見の貧乏人である昭人に無担保で多額のお金を融資していてくれた。昭人はそのおかげでアメーバや船、中古とは言え特殊設備で高額なアンカーを準備出来たのだから感謝はしていた物の、グレィティアの街の金融を牛耳る女主人は、支払日の度にそれを枷にどうにかこちらを縛り付けようとしてくる。
「お前達はいつまでも突っ立ってないで消えなさい! 気が利かない奴隷共でごめんなさいね~。
そうそう、今日が何日だか知ってて来てくれたのよね? 本国の最高のパティシエが作ったチョコレートが届いてるから、是非食べましょ。さあさあ」
彼女の巨体で昭人の視界からは見えなかったが、アマリリスが振り返りざま後ろに控えていた護衛用奴隷を殴り飛ばす。ひねりを加え放物線を描く奴隷は遠く壁まで飛び、激しい衝撃音の後にようやく地に足を。いや地にうつぶせで伏した。20数年の人生で見たことがない映像に昭人の脳はパニックを起こし、そうしている間にも腕を捕まれ移動させられてしまった。
(ボーンって飛んでった! 生物学上は雌なのに護衛する程の成人男性を一撃でBOーNて! 嫌な予感しかしない。逃げよう! 腕! 腕が痛いっ)
「甘いもの苦手って聞いたけど、バレンタインにわざわざ合いに来るなんて可愛いとこあるのね。上質なお酒が入った大人のお菓子よ。きっと気に入るわ」
半ば引きずられながら建物の奥に奥に引き吊り込まれて行く。昭人の脳内では盛大に警戒アラームが鳴り響き、辞去の意志を告げるが堅く捕まれた腕がより一層強く握られる結果となる。
向かっているのは主人のプライベートスペースだろう。その証拠に執務室から入り口の逆へと進み、廊下に飾られた装飾品も主人の名前 だけ に、似合ったファンシーな物に変わっている。引きずられながら続いた押し問答は直線の通路の行き止まりで終わり、アマリリスが空いた右手で開けられた扉から覗くのは
・・・ベッド。
BED END??
ここまででエピソード0?は終了です。
バレンタインに BED END? を放り込みたいだけで投下しましたが、当然エグい話には致しませんのでご安心をw