遺跡の中の2人
「盾と言うより鍋の蓋ね」
昭人の左腕には鍋の蓋改め木製の盾。
岩石猿と戦って彼が痛感したのは防御不足。そもそも今までは普段から着ている麻の服一枚で町の外に出ていた。骨折から完治した昭人も最初は鎧を購入するつもりだったのだが、金属製・革製問わず、金貨50枚は最低するので妥協して買ったのがこの盾だった。何の木材かわからないが、鉄より硬く軽いのが売りの一品。10万円也。
更に今回のクエスト用に、木の板にロープを結んだ即席のソリを用意してきていた。
「そういうソフィアはそんなピラピラした服でいいのかよ」
「攻撃は昭人が全部受ければ問題ないわ。さあ行きましょう」
客船らしき船の船尾に開いた穴から中に入る。
地上に揚がった形状を見ると、船は逆さまになっているようだ。
昭人がランプに火を点けると、かつては『モノ』だった残骸が周囲一面に散乱している。
「貨物船じゃあなかったみたいだな。陶器やらはほとんど壊れちまってる。これは、砂糖か」
麻袋を鉈で裂くと、白い粉末がこぼれだす。
ソフィアはそれを聞くと、呆れた表情になる。
「ばっかねぇ。船の底がこんなに尖っていたら、砂に埋まっちゃうじゃない。ここは遺跡なのよ。さぁ嵩張るのは後にして、奥探すわよ」
昭人が愚か者の賭け事と呼ばれるクエストに手を出しているのは、何も趣味であるだけでなくこれが大きい。
何故か砂海から出てくる建造物は、地球の物に酷似していたのだ。
「あれは竜骨て言って海・・・いいや行こうぜ。このまま下に降りるほど豪華な部屋が出てくるはずだ」
元々階段の天井に当たる斜面を、滑らない様に注意しながら地下1階に降りる2人。
「何か音がしないか?」
低く小さい音が断続的に響く。
「ようやくお出ましね。私が先制するわ」
「ちょっ危ないぞ」
「任せなさいって。 『ウィンドカッター』」
ソフィアが叫ぶと、何かにぶつかり硬質な音をたてる。が、姿を見せた敵にダメージを与えた様子がない。
ランプの光に照らされて姿を現したのは、4対の足に巨大なハサミを持ち、地面を這いながら迫ってくるカニのロボット。それがモーター音なのか重低音をさせながら昭人達にと近づいて行く。
――侵入者発見排除シマス――
「なんで効かないのよ?!」
「それより今の何だよ」
「魔法に決まってるってか逃げるわよ」
遺跡内には男女2名の叫び声がこだました。
〜game over〜
〜continue〜
船尾、倉庫室。
「魔法を使えるのか?」
「当たり前でしょ。あぁそっか、現地の人なのね」 昭人が過ごしてきた異世界の常識に魔法は無かった。実は普段生活しているグレィティアの街にも生活魔法は普及していたのだが、彼の行動範囲は宿の個室に砂海。せいぜい食堂のフロアと、他人が生活魔法を使用する空間に一緒に居る事が無かったので見掛ける機会が無かった。
「・・・それでどんな魔法が使えるんだ? ファイヤーボールとかアイテムボックスとかやっぱりあるのか?」
元男の子だった昭人は、一端に魔法に対して憧れを持っているようだ。
「2つも3つも属性が使える訳ないでしょ。私が得意なのは風属性ね。アイテムボックスって言うのが何かわからないわ。でも、さっきの奴は風属性耐性持っているみたいだったわ」
「いやそうとは限らないな。魔法なんてチートがあるなら、ちょっと思いついた作戦がある。耳貸してくれ。後、ここから出たら魔法教えてくれよ」
他に誰もいないのだが、秘密の作戦を耳打ちする様式美を終えて、再度地下1階に
「来た、言った通り頼むぞ」
先ほどは即時撤退してしまったカニ型防衛機械がランプに再び照らされる。
――侵入者発見排除シマス――
「わかったけど、駄目でも文句言わないでよね。『サンダーボール』」
ソフィアの前方に球形の雷が浮き上がり、敵に向かって飛び出した。
効果は抜群だ!
高圧電流を喰らった蟹機械はたった一撃でショートし、周囲に嫌な臭いを充満させた後、あえなく動きを止める。
「ふむ。腹に外付けバッテリーでハサミがスタンガンになってるのかな?」
「解体できるの?」
「そういえば、こいつらはアメーバじゃないからバラさないといけないのか。 今は無理だが、レンチと☆型の特殊ドライバーがあれば、甲羅は外せそうだ」
その時、仲間が倒されたのがわかったのか蟹機械が新たに現れる。
「さって、次は俺の出番だ」
意外に素早い動きで昭人に迫った蟹機械はスタンガンとなっている鋏を突き出す。昭人は鋏の外殻を鉈で弾き、擦れ違い様背中に回る。機工的に後ろへの攻撃手段を持たないので、昭人は足の甲でそのままひっくり返して腹の部品をもぎ取った。
「バッテリー抜いちまえば完了っと。生き物じゃない分、慣れれば楽だな」
「へえ、思ってたよりもやるじゃない。美品の古代兵器なら高値付くわよ」
それを効いた昭人はいそいそと、ソリに蟹型機械を載せる。
「この階は船員用の寝室だろうが、ざっと見ていくか」
そこは彼の想像通りの場所だったが、娯楽本や日用品など一見粗大ゴミでも『古代遺跡の』が付けば資料的に価値が跳ね上がり、この時点でクエスト屋に払った以上の収入にはなりそうだった。
「ベッド横に女のポスターを貼るのはどこの男でも一緒だな」
「いつの時代も男って不潔ね。あっ売れそうだからポスター剥がしておくのよ」
いつの時代も女は現実的である。
「価値の有りそうな物は通路に出して、帰りに選別した方が良さそうだな」
「本当ならこの遺跡丸ごと町まで曳航出来れば言う事無かったけどねぇ」
「ここまでの大物をクエスト屋が持ってるとは思わなかったからな。
所でソフィアはなんでクエストなんて買ったんだ?トレジャーハンターって服装でもないし、普通の人間が金貨何十枚も払ってする事じゃないだろう」
「鍋蓋装備の人に言われたくないわよ。人様に言う様な話じゃないんだけど、先祖代々で築いた物をうちの馬鹿親父が一代で喰い潰したってだけの話よ。家から何からそれはもう観てて気分良い位綺麗さっぱりとね」
「よく聞く笑い話だが、確かに当人にとってはたまったもんじゃないな」
「その笑い話のおかげでこうやって古代遺跡を発見出来たんだから、そこだけは感謝してるわ」
半ば諦めた冷めた笑顔だったが、最後の一言だけ満面の笑みをみせたソフィアは、今回の稼ぎで航海者になるつもりだった。
未知なる大陸を目指す大冒険。稀少な積み荷を山と積んでの大陸間貿易。絵本に描かれた夢物語だとは理解していたが、ご令嬢としての生活にはウンザリしていたし、魔法学校の教師として親を支える道も有ったが、それだと父親は目を覚ます事無く娘に依存するだろう。なにより彼女はレンタルシップでの処女航海で、古代遺跡を発見したのは天命だと受け取っていた。
「さて休憩済んだら金目の物は片っ端から持って帰るのよ。わかった?」
「俺はポーター(荷物持ち)じゃねぇっつぅの。」