異世界の日常
新作投下です。今回は綺麗な終わり方が出来るよう頑張りますので、どうぞ気張らずに、ゆる~い気持ちで読んでやって下さいませ。
「くそっクエスト屋の野郎。またガセつかませやがったな」
青年は船縁に一撃を加え憂さを晴らすと、喰わえた葉巻を船と呼ぶには余りに小さいそれの外に投げ捨てる。その視線の先には中古で購入した振動アンカーが重みを感じさない軽快な音をカラカラと立てて巻き上がっている。
「一日やって新古代銀貨1枚か。ライマール。今日は切り上げだ。街に向かってくれ」
青年の声に答え明るい青色のアメーバが動きだし、それに曳かれ船首も陸地に向く。船の周囲は一面にペンキをぶちまけたかのような黄色い砂が地平線まで広がっている。青年が指示した方向の陸地と、その奥に薄く望む山の姿を除けばだが。
「今月の返済日も利息払って・・・くぅ世知辛い世界に来ちまったもんだ」
新しい葉巻を取り出すと、脇に添えられた木箱から妙に光沢のある魚を掲げ、砂獣であるアメーバを呼ぶ。お互いに何度も繰り返してきた動作なのか瞬間、ライマールの明るい青色をした体の一部が伸びてきて昭人の手にある魚を捕獲する。
空になった手で使い込まれたジッポに火を点け、アンカーと木箱のわずかな隙間に体を潜り込ませて仰向けになる。
「いや。安宿生活から抜け出るために船も機材も買ったんだ。一発当てて借金なんぞ熨斗つけて返してやる」
決意表明している昭人が以前乗っていたのは、この世界に来た時たまたま近くにいたビーバーの様な生き物の作った物。のちにわかった事だが、そのビーバーは雄が木を削り、その船を雌が気に入ればそこを巣にして子供を育てる習性があった。彼は雄に毎日魚を与える代わりに船を使わせてもらっていた。いわば畜生に寄生していたと言える。そんな関係も雌が見つかった事であえなく解消された訳だが。
今、彼が持っているのは絶えず腰に下げている鉈など身に付けている物と借金して買ったアメーバと船と呼ぶにはちっぽけな舟に、中古ではあるが元が高価なアンカー。それを使った安宿生活と害虫避けにもなる安葉巻を買える程度の稼ぎ口ですべて。
異世界に落とされて、ちょっとばかりの落胆とかなり盛大に心踊ったりもしたが実際には、借金返済に明け暮れる平凡な生活が待っていた。それでも住めば都の言葉通り、陸地には魔獣が、砂海には今も自分の船を甲斐甲斐しく曳いてくれる砂獣なんて不可思議な生命体のいる世界での生活は、世知辛くとも楽しいものだ。
具体性の無い一攫千金の使い道など予定を建てている間に時は過ぎ、ライマールと呼ばれたアメーバが大きく旋回し船着き場にたどり着く。
「おう黒髪の。お早いおかえりだが、魚の方はどうだ?」
「そこそこだな、それよりクエスト屋の野郎ぶっ飛ばしてやる」
「まーたタンノの口車に乗ったのかい。わかってて買うんだから懲りない旦那だなぁ。そんな不毛な事より、育成屋の所の・・・・ティティってたか。そろそろ頃合いだから来るなら早くこいとよ」
「おっ急いで行ってみるわ。ありがとよ」
ひのふの数えながら魚の状態を確認している商人から金属製のカードで入金して貰い、青年は慣れた足取りで雑踏の中を駆ける。船着き場から人混みを避ける様に裏通りに入り込み食堂の裏口で休憩する店員の前を通り、洗濯物を干した生活感溢れる通路を左に。民家と民家のわずかな隙間を体を潜り込ませ、徐々に落ちた速度でどぶ川を飛び越えると周囲に建物は消えて牧場が広がっていた。
「はぁはぁはぁ 煙草吸うとこんなに体力落ちるって吸う前に知っていればな。禁煙・・・いつかしないとな」
紫煙で衰えた肺機能でなんとか息を整えるとほぼ同時に、目的の人物が昭人に声を掛けた。
「アキー 見たがってたのがそろそろイけそうよ」
「ふぅ 昭人だって何度も言ってるだろ。準備できたのはどいつ?」
育成屋の若奥様(自称)のティティが視線を手にさげたバスケットに向けた拍子に髪が前に流れる。その蓋を開け、みっちりと詰まった1匹のアメーバを掴みあげる。
「アキート・・アキット・・アキは珍しいね。アメーバの増殖を見たがる人初めてだよ」
「進化するってのに興味あってな。俺の使役してる奴より随分小さいがそんなちっさくて大丈夫なもんなのか?」
「船を曳けるぐらいのはもう進化直前だね。殖やすにはこれぐらいの方が餌代もかからなくてちょうど良いの。ほら観てて」
言うが早いか少女は両手でアメーバを鷲掴みし、左右に伸ばしていく。初めは逃げる動作をしていたが、細長くなったそれは観念したのか、フルフルと自ら震えて中央部分からプツリとちぎれる。2匹が合体して新たな個体が産まれたり、大きくなった1匹が自ら増える事を想像していた昭人には衝撃的な光景だった。
「・・・ずいぶん乱暴だな」
「野生のは自然に殖えたりもするんだけど、その前に環境に適応して進化しちゃったりするから管理してあげないといけないのよ。ほら」
確かに彼女の手を離れた一方のアメーバは、何事も無かったかのように足下に生えた雑草を吸収している。
「生産に許可がいるのも納得だな。皆が無計画に殖やしたらとんでもない事になりそうだ」
「そうなのよ。こうやって殖やして草を食べさせれば牛や羊みたいな益獣になるし、アキのアメーバは街に入れれないでしょ?あれは砂海に適した進化に固定させる為ね」
「そして野に放たれれば魔獣になる。と」
昭人にとってこの世界はいびつだった。陸地のほとんどが魔獣に埋め尽くされ、その隙間に人間がかろうじて生息している。地球では塩水で満たされていた海は砂で覆われ、雨が降ってもすぐ砂に染み込んでしまうのに生活用水に困る事はなく、魔獣はほぼいない砂の中には人の胃袋を支えるほど大量に魚が生きている。
人は生活の為にアメーバを殖やし、牛や豚に進化させ、アメーバを進化させた砂獣で安全性の高い砂海を使って交易や漁をし、アメーバが魔獣となって人間を襲う。そしてその魔獣を倒して資源を獲得する。
この生物がいなければ地球のように人間が地上を席巻出来たのだろうか。いずれにせよ現状は、このゲル状の生き物がいなければ人類が滅ぶのは間違いない。
「さて、この子達を厩舎に戻してあげないとだから、昼食食べていきなよ。他にも聞きたいことあるんでしょ?」
「よく覚えてたな。じゃぁお言葉に甘えさせていただきますか」