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歪の花  作者: Noah
3/3

#002



  暖かい



『…ぅ……』

少女は小さくうなって重い頭を持ち上げた。


ズキッ


と、鋭い痛みが一瞬だけこめかみを貫いた。

辺りを見回す。古い洋式の部屋。壁にはたくさんの絵画、蝋燭、そして美しい白地に濃い灰色の薔薇柄の壁紙。一つだけ備えられた大きめの窓には、青いカーテンがかかっている。大理石のテーブルと、その上に置かれた白い花瓶。そして、それに挿してある、1りんの

『薔薇』。

暖炉の前のソファで上半身を起こしながら、少女は思考回路の回復を計り、それとともに湧き上がる疑問を整理していた。


自分は何故、ここにいるのか??


ここは一体どこなのか?


…一私は一体―…誰…??


ただ記憶に残っているのは、『赤い薔薇』と―……


その時、扉が重々しく開いた。


ギィ―ーーー…


あ…『この人』………


その扉の前には、静かに ユダ が立っていた。



…ッうあァッ………


少女は心の中でそう叫んだ。原因は、目の前に立つ男の瞳…。

吸い込まれてしまいそう。


バタンッ


扉を閉めて、黒いスーツのその男が歩み寄ってくる。

不思議と、目を離せずに…距離はつまり。彼は少女の座るソファの前に立ち、少女の目線までかがみ、言った。


『僕はユダ。貴方は?』


深く…でも澄んだその声は、白い肌と重なってまるで深海のような色を帯びていた。

『わ、私はっ……』


………誰??……


自分自身答えが出せず、ただ助けを求めるようにユダを見つめる。

『……わからない…』

やっとそうつぶやけたのは、ユダが立ち上がり、テーブルの上の花瓶から薔薇を抜いた時だった。



『わからない……?』ユダは眉一つ動かさず、薔薇に向かって話すかのように問い返す。

『ここにいる理由も、自分が誰かも、何もわからないんです……』

少女は、自分の寒々とした心を覆うように、自分自身の体を抱き締めた。肩の震えは、寒さからきているのではない。彼女の体を浸食しつつある、だんだんと目覚めはじめた恐怖。


スッ


目の前に、一本の美しい薔薇が差し出された。

『これは?』

薔薇を差し出している、ユダに問う。

『貴方は僕の庭の薔薇を見ながら雨に濡れていたから…この薔薇を、どうぞ』

そっと、ユダの手から薔薇を受け取る。その時触れた彼の手は


冷たかった。


『………サ…ん』少女が小さくつぶやいた。『?』ユダの耳にも届いたようだ。

『…私のお母さんは……??』

どこか遠い記憶。母…………………????



!!!!!!!!!!



急に瞼に浮かんだのは、血で飾られた母の顔。


『あっ………!!!!』


おえつとともにあの惨事の記憶が淵を切ったように流れ出て来る。


母の背後を染めた血。


涙。


ユダの手に似た…冷たい体。



もはや頭の中には母という大切な人の死の場面しか描けなくて。


苦しくて。


少女は自身の頭を割らんかのごとく抱え込み、涙を流しながらその情景を一掃しようとした。

出来ない。

怖い。

暗い。


冷たい母の目が、私を……見てる…


……………


…あれ…?


暖かい何かが、そっと………


おそるおそる顔をあげると、伸びた前髪の間から、美しいユダの瞳が見えた。

『…………っ』

スーツの裾で、涙を拭ってくれた。


少女は何も考えられず、ただ恐怖から逃げるようにユダの細い肩を抱き締めた。


暗い波に飲み込まれないように、岸にしがみつく子供の如く。


ユダの冷たい手が、少女の体を優しく包んだ。



『………プシケ……。』



―…プシケ??


耳元で囁かれた深く美しい声を聞いたとたん、心から恐怖が消えた。


そして、ユダに体を預けたまま少女は瞳を閉じ、淡い夢の中へその身を投じていった・・・

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