#001
1984年、冬。白い結晶が冷気をまとい舞い落ちる中―…‥
彼は 何を 想って??
この3か月近く、街をにぎわせていたのは新聞でも大きくとりあげられている一つの事件。
『連続異常殺人』
世間からはそんな風によばれていた。
被害者は若い男性や女性。首についた生々しい傷口からしたたりおちる血。
二度と開くことのない口から流れ落ちて…死体の周辺をまるで棺のように染める。
真っ赤な 薔薇色。
その異常殺人の犯人は捕まらず、月日は過ぎ、半年もすると影を潜めるように……パタリと魔の手を止めた。
周りからすればただの事件かもしれない。
けれど
彼にすれば
それは
ただ一つの
愛への報いだったのかもしれない。
最後の
最後の …
『っいやあぁぁぁっっ!!!!!!』
―…‥ただ覚えているのは、薔薇の中に倒れる、母。
『母さんっ!!!!お母さんっっ!!!!』
冷たい体からは何の反応も返ってはこない。名を呼び、熱を失った手をちぎれんばかりに握り、それでも。
『お母さんっ………』
―…薔薇??違う…アレは……薔薇なんかじゃない。
母は、辺り一面を血にぬらし、手首を切って死んでいた。
生気を失ったその顔からは涙が流れ。
ごめんね………と。
何年前の話になるだろうか…。今でも瞼の裏にしつこくこびりついて離れない。忘れられない。大切な人の『死』。
雨の中、傘も無く夜の森をさまよう少女。何時間森の中を歩いたのか。厚く白い服は水を吸ってかなり重くなっている。裸足の足は植物の鋭い枝で傷つき、赤く血が滲んでいる。
『―…寒い……』
冬の雨。
今の彼女には金属のように冷たい。あてもなくさまよい続けるには、その障害は大きかった。
頭がぐらついてくる。足もともおぼつかない。ふらふらと…目の前には
闇
闇
闇
そして、闇の中に映える赤黒い薔薇。
『―…薔薇??』
何故??
伸びた前髪がベールのように視界にかかる。顔をあげ、邪魔な前髪を払い、瞳をこらす。
彼女の瞳には真っ黒な闇の中にその姿を隠すようにたたずむ、漆黒の屋敷がうつっていた。
『っ………』
ユダは暖炉の燃える暖かい部屋の中で、花瓶の薔薇を取り替えているところだった。
金色の柔らかい髪の毛をすべて後ろに流し、うすいグレーの瞳と白い肌。黒い細身のスーツに身を宿し…胸元には赤いタイが締まっている。
『…トゲが…』
薔薇のとげが己の白い指先にささっている。…そっと抜くと、鮮明な赤い血が球体のように丸くふくらんでくる。暖炉の火が反射して艶やかに光るそれを見て、ユダは軽く身震いした。そっ…と、舌先で舐めとる。口内に広がる鉄の味。『…………』
花瓶に薔薇を挿し終え、窓の外に目を向ける。夜の黒と雨の騒音が奏でる旋律に、耳をすました。
やがて、ユダは大事そうに細く青い花瓶を抱え、窓辺へと歩いた。
コト…
出窓の桟に、花瓶を置く。ちょうど、銀の燭台の真横へ。
『?』
窓に背を向けようとした時、彼のグレーの瞳にふぃに人影がうつった。
『…誰??』
窓を開け、外の人に問う。
夜の黒に染まったような薔薇をただ呆然と立ち尽くして見ていた少女は、長い前髪の下の黒い大きな瞳でユダをとらえた。
見たところ16才くらいのその少女。力なく肩を落とし、胸まで伸びたびしょ濡れの黒髪と体。傷ついた裸足の足。低めの身長の彼女はユダにうっすらとほほ笑み、
『こんばんは…』
とだけ言ってその瞳を閉じた。
あたりは
真っ暗で…