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一

君のお財布、抜き取ったよ。ぼさっとしてるからさぁ。お尻のポッケから、取ってと言わんばかりに出っ張ってるうえに、こんな深夜の都心の人気のない公園のベンチに座って、放心してるんだもん。隙ありすぎ。お財布ないと、帰れないよねえ。やっぱ怒る? そうだよねえ当然だよねえ。追っかけてくる? あたりまえだよねえ、こーんなかわいい女の子でも、泥棒は泥棒だしぃ。でも、ぼくも捕まるの嫌だからさぁ。ほら、こっちだよー。お尻ぺんぺんぺん。そりゃ激怒するわ。でもぉ、終電まで、まだ間があるでしょ? それまで、ぼくと鬼ごっこしようよぉ、うかつなお兄さあん。おーっと、ますます激おこだー。



近くのビルに入っちゃったけどぉ、誰もいないしぃ、いいかぁ。電気落ちてて暗いなぁ。悪いねえ、ますます捕まりにくくなっちゃって。おっと人だ、隠れなきゃ。あーあ君ったら、捕まって質問されてるよぉ。つくづく運が悪いねえ。こんなどんくさいぼくなんかに、お金取られるくらいだからなぁ。ここで出て、かばってあげよっかなぁ。でも怖いしなぁ。って、ぜーんぶぼくのせいなんだけど。あらら、泥棒扱いされて監禁されちゃったよ。あっ、もう終電、間に合わないな。かっわいそー。うーん、こうなると、なんか罪悪感が起きるな。しょうがない、謝っとくか。あっ天井に穴が。足かけて上がれるな。よし。


天井裏の長い通風孔を通って、警備員さんに閉じ込められた君のいる部屋の上まで這っていって、さすがに汚れるけど仕方ない、ずるずる。天井板を外して、逆さにひょっこり顔を出す「はーい、妖怪お姉さんですよー」


さすがに、びっくりだよね。そいで、もちろん怒るよね。「てめえどうゆうつもりだふざけんな財布かえせ!」「ごめんねえ悪気なかったんだちょっとふざけたつもりがこんなことになってしまい大変申し訳ない」「うるせえぶっ殺す降りてこい!」「えーやだ死にたくない」


そこでさっきの警備員さんが「なに騒いでんだあ!」とやってくる足音。ぼくあわてて引っ込み、君あわてて椅子に乗って、穴に這い上がってぼくを追ってくる。「待てコノヤロー!」「うわああ鬼さんこちらー、お尻ぺんぺん」「ぜってえぶっ殺す!」こう言うと悪いけどー、なんか楽しい。てへぺろ。



あっ急に通路が広くなって、外に出たら、わっ、あぶねえ鉄骨しかないぞここ。メチャクチャ上に来ちゃったのかな。でも、いくら高いビルでも、上はまだ作りかけ、とかないっしょ。君があきらめもせず、しつこくまだ追ってくるんで、交差する鉄骨をよじ登って逃げる。君も登ってくる。


下は真っ暗だけど、床まで何十メートルもありそうで(いくらなんでも地上まではない、と思う)、落ちたら即死確実だぁ。どうしよう。こうなったのも、ぜーんぶぼくのせい。ぼくは自業自得だから仕方ないけど、君はただひたすらかわいそうだ。頼む、落ちないでくれ。君が落ちたら、ぼくはきっと一生後悔する。というか、ぼくもすぐ続いて落ちると思う。明日の朝見つかる二つの死体。首をひねる警備員さん。「なんだったんだ、こいつらは」


ところが、ぼくも君もしぶとかった。なんか一番上の階に着いて、というか、いきなり床があった。まずぼくがあがり、それから親切にも手を出して、君を引き上げた。二人座り込んで、しばし、はあはあ。二人でスポーツしたあとの男女っていいな。アホか。


そこは廊下があって、見ると奥に階段まであって、下まで続いてるみたい。なんだ、こっから上がりゃよかった。なんてボヤいてる暇はない。

「さあ、財布かえせ!」と汗だくで怒鳴る君。

「財布、財布って、君そればっかだね」

「あたりまえだ! おまえ分かってんのか?! ぜーんぶ、おまえが悪いんだぞ!」

そりゃ、そうだけどさ。もう終電は終わったし、今さらお金なんか……。あ、一泊できるか。


ところがそこへ階段の下から大声が。それも複数。「泥棒が逃げやがった!」「ふん捕まえろ!」警備の人が仲間と一緒に来るのか。潮時だなぁ。あきらめるか。だが。

「人をコケにしやがって!」「これで首の骨へし折ってやる!」ガッツン! ガッツン! どうも警棒みたいので階段の手すりとか叩いてるよう。殺されんな、これ。言い訳もきかんようだし。


「ど、どうしよう」と真っ蒼の君。さすがに、かわいそうすぎる。こんなアホなことで、こんな変な場所で殺されるなんて。なんも悪くないのに。悪いの、ぼくだけなのに。あっ。

「あっち!」


手を引いて、短い階段を上がる。突き当りに扉。この先は屋上のよう。あくかも。

「鍵かかってんじゃん!」と泣く君。

「でもあける!」

 何度も蹴り入れて体当たり。下から足音が近づく。「上にいるぞ!」「袋のネズミだ!」かまわん。あける。なにがなんでも。死んでも。いいや、どうせ死ぬ。からあける。

「おりゃあああ! どりゃああああ!」バンバンバン!


背後に「いたぞおお!」の叫びがした直後、扉がスーッとあいた。出ても屋上で、逃げ場はないかも。そしたら、隣のビルに飛び移って逃げる。映画みたいでいいやん。失敗して落ちる? 今そこまで考えられるかい!




ところがだ。

ここ、どこ? 東京都心の深夜のビルの屋上じゃないの? なんで昼間で、太陽さんさん輝いて、周りは見渡す限りの砂漠なの? さらに驚くのは、出てきた扉を見れば、学校の掃除用具入れみたいな、狭くて細い物置のガタついたドアで、覗くと銀の壁しかない。ビルのビの字もない。我々は荒野に建つ、ちっさな物置の中から出てきたのだ。


「どっ、どうなってんだ、こりゃ?! ここはどこだ?!」

 君はさっきにもまして慌てるが、そりゃそうなるよな。私は慌てすぎて、かえって冷静になって言った。

「うーん……。ワープ?」

「簡単に言うなああー!」

そりゃ怒鳴りたいのは分かる。すまん悪かった。全て私の責任です。私に何してもいいです。あ、そうだ。

「ごめん。財布……」

「いいよ、もう!」


「こんな嫌な女にお金くれるなんて、君はいい人だね」

「やるとは言ってねえ!」

「ほ、ほんとに、ごめんなさい」


さすがに重くなった。もともと、こんなに怒らせたり、泣かすつもりなんてなかった。ほんとに、ただのおふざけで、大事なお足を拝借してしまった。それをくれるとか、バカなことを言った。いかん涙が。

「あっ、おい、泣くなよ」


君はしゃがみ込んだ私に気を使い、自分もしゃがんで、顔をじっと見る。

「ずっとここにいても、しょうがない。財布とか、いいから。とりあえず、ここがどこだか調べよう」

ああ、こんな世紀的アホになんて優しいの。お金までくれるし(やってねえ)。かっこよすぎる。


このとき。ぼくは、君に惚れたんだ。

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