秘められしモノ
「お姉ちゃん、こんにちは」
「はい、こんにちは。これお水ね。こぼさないようにね」
キャラクターが描かれたマグカップにミネラルウォーターを注いでやると少年は嬉しそうに笑みを見せた。
「ありがとう。これからお勉強?」
水を一口飲んだ少年が尋ねる。その口元には水が垂れているのでタオルで拭いてあげる。少年はおとなしくされるがままになっている。
「これから英文法の授業なの。行ってくるね」
「いってらっしゃい。また夕方にね」
「またあとでね」
少年に手を振られ、名残惜しいが部屋を出る。
昭和に建てられたらしいボロいこの研究棟の廊下は外観と同じく古めかしい。しかし少年がいるあの部屋だけは改装されたのか明るく清潔だ。大学に似つかわしくないふかふかのソファーも置かれており、居心地がいい。つい部屋から出たくなくなるほどに。
私がこの部屋に来るようになったのは入学してすぐの頃だった。講師から書類を持っていってほしいと頼まれたものの、大学の敷地は広くどこに何があるのかもまだわからなくて間違えてたどり着いたのがここだった。
薄暗い廊下を進み、どの部屋からも人の気配がない中、この部屋からは気配がしたのだ。
きっとここに違いないとノックをし、どうぞと促されだ引き戸を開けると。
「君は?」
「わあ、可愛いお姉さん」
准教授らしき青年と彼に腰を抱きかかえられた少年がいた。
何でも悪戯をしようとした少年を止めようとしていたらしい。少年はするりと青年から逃げ、私の方にやってきた。と思ったら。
ぎゅっ
手にぬくもりを感じると少年が私の手を握っていた。
「ぼく、このお姉さんがいいな」
何の話だろうと青年を見ると怒ったような困ったような顔をしている。
「ね、いいでしょ。いい子にするから」
何の話だかわからず尋ねてみれば、少年のお世話係を求めていたらしい。何でも水分補給を忘れてしまうので朝昼夕と1日3回来るだけでいいらしい。
「いいですよー」
1年目はどうせ毎日通学するのだ。ここに立ち寄るだけなら何も問題はない。
「いやしかし、君も学業があるだろう」
「でも平日だけですよね?」
「ちょっと待ったーーー!」
明けっ放しの扉から飛び込んで来たのは同じ学科の……何君だっけ?名前、まだ覚えていないや。
「僕も!僕も!手伝います!」
「いや君何で入ってこれ……あ、扉」
「あー、開けっ放しですみません」
私が扉を閉め忘れたのだ。慌てて閉めると少年と青年、そして同級生が何やら言い争っている。
「僕、お姉さんがいい。このおじちゃんやだー」
「こら、お兄さんだろ。そこの人より僕年下だぞ。お姉さんとほぼほぼ同い年だぞ」
「いやしかし、君に迷惑をかけるわけには」
「彼女に迷惑をかけてもいいとでも?」
何やら話し合いの結果、月火水を彼が、木金を私が少年の面倒を見ることで決まってしまった。
そんなわけでいつも通り今週も少年にお水を飲ませ部屋を出た。後は授業が終わったらまた夕方帰る前に寄る。お水をあげるのを口実にあの部屋で課題をしつつダラダラさせて貰おう。
私が来ると青年がいる時もあれば、少年だけの時もある。でも少年といると必ず途中で青年も戻ってきて3人で過ごすことも多かった。青年は何やら分厚い本を読んでいて会話に混じることはなかったが、少年とお喋りする時間は楽しかった。
本当にあの部屋は居心地がいいのだ。出たくなくなるほどに。
青年と少年の名前を聞きたかったがなぜか聞くことができなくて、未だにわからない。同級生男子は田中君(仮)、浪人してるから一つ年上らしい。なぜ(仮)なのかは教えてくれない。私が名乗ろうとすると同級生だからわかってるし大丈夫と断られた。
そんな日常が続いていったある日のこと。
その週は長期休み前の試験に向けた勉強とレポートの締め切りで疲れていたのだ。さらに土日は人手不足で詰め込まれたアルバイトで長時間立ち仕事をしていて、色々重なり曜日感覚がなくなっていたのだ。
あれ、今日って何曜日?気づいてから青褪めたのは木曜日の夕方だった。
頭の中で少年の声が響く。
(お姉ちゃん、喉が渇いたよ。僕のこと、忘れちゃったの?)
罪悪感が生み出した幻聴に慌てて走り出す。
(僕、お腹空いたなあ)
「おやつ買っていくからね」
思わず呟いた独り言に、幻聴が言葉を返す。
(嬉しいな。楽しみに待ってるね)
構内のコンビニでシュークリームを3つ買い、それから小走りで研究棟へ向かう。そういえばあの部屋でおやつを食べたことなかったな。いつもお水だけで、ジュースもなかった。持っていけばよかった。
「食事は私が与えますから、あなたはお水だけをあげてください。決して他のものをあげては」
「そうだよ、たまにはおやつくらい、いいよね」
青年が以前何か言っていた気がするがぼんやりして思い出せない。それより早く部屋に行かないと少年が待ってる。お水あげなきゃ、おやつあげなきゃ。
「お姉ちゃん、僕のこと忘れたかと思ったよ」
部屋に飛び込むと少年が寂しそうに呟いた。
「ごめん、ごめんね。忘れてないよ。お水飲もうね」
「うん、お水、頂戴」
いつものマグカップに水を注いでやり、それから買ってきたシュークリームを取り出す。
「これなあに?」
「おやつだよ。シュークリーム。今日くらいいいかなって」
「これを僕にくれるの?」
「うん、あなたのだよ。あげる。一緒に食べよう」
シュークリームの袋を破き、少年の手に持たせてやると少年はうっとりした表情で口に運び、一口、また一口と食べ進めていく。
「名状しがたきこの味……」
「難しい言葉を知ってるね。おいしい?」
「美味しいよ、お姉ちゃん。そういえばさ、お姉ちゃんの名前って」
ドンドンドン!!!
会話の途中で何かを打ちつけるような音が響いた。少年との楽しい会話中だから邪魔しないでほしい。
ドンドンドン!!!ドンドンドンドン!!!
「そういえばずっと一緒にいるのに名前教えてなかったね」
「ね、名前、教えて?」
ドンドンドン!!!ドンドンドン!!!
「私の名前は」
名前を教えると少年はニコッと笑った。いや、一見すると笑ったように見えたけれどその口元は歪んだようで、口?口なのかな?あれは?それに私より小さかったはずなのにどうしてそんなに背が高くなっちゃったのかな?私、見下されてる。なんでだろ。ああでもほら。
「おやつ食べて成長した?」
ミシミシィ……バタン!!!!!
そう尋ねたと同時に何か重い物が倒れる大きな音がした。
「なわけないでしょう!」
「なわけないだろ!」
我に返り振り返ると、青年と田中君(仮)が壊れた引き戸と共に部屋に入ってきた。
「君、こいつに食べ物を与えちゃダメだろ」
普段温和そうな青年に叱られ焦ってしまう。
「え?食べ物アレルギー?どうしよう。小麦粉も卵も乳製品も入ってる」
「いやそうじゃなくて」
「随分と安上がりな供物だな。今度チ◯ルチョコでも持ってくるか」
田中君(仮)まで何を言ってるんだろう。
「ふふ、あはは」
少年が楽しそうに笑っている。あれ?さっきまで大きく成長していなかったっけ?
「本当にお姉ちゃん面白い。僕、お姉ちゃんのこと……」
少年は上目遣いで耳元に近づき。
「大好き」
囁いた。
「こら!這い寄るな!大人しくしろ!」
青年は少年の腰を捕まえ抱きかかえる。初めて会った時と同じような姿に何だか笑えてくる。
「ねえ、あの子に何言われたの?」
田中君(仮)に問われ、答えようかどうしようか迷い。
「秘密」
そう答えると田中君(仮)の頬がほんのり赤く染まった。
「あ、田中君(仮)の分のシュークリームは買ってないや」
「え?」
これからもこの楽しい大学生活が続くといいなと私はそう思った。明日はプリンでも買っていこうかな。
少年 這い寄る……らしい?、主人公が好き
青年 退魔師的な封印してる人、主人公が好き
田中(仮) 邪神の力に魅了されつつ利用したい人、主人公が好き
主人公 さっき言われたことをすぐ忘れるタイプ。餌付けが好き




