後編
じりじり、と蒸し暑い空気の午後も半ばあたりの時間帯、民家の垣根の続く狭いアスファルトの街路地。
対峙する二つの人影。
一人は耳の出た肩につきそうでつかないほどの長さのまっすぐな黒髪にぱっつん、と切りそろえられた毛先の先端に頭の頂上で髪の毛を縛っていてまるで筆のようにぴょこんと天を突き指している。
低めの中学1,2年生と見受けられる背丈にほっそりとした細身の体格を彼女の地元の高校の制服、胸元に『黒金』と白い刺繍の入った黒いセーラー服に赤いタイ、真っ黒い短いスカート、そしてひざの辺りまでの長さの白い靴下といった格好で、その近くには手提げの黒く薄い箱のような鞄が転がっている。
黒いつぶらな瞳の釣り目に細い眉、それにかかるほどの長さの黒い前髪、小さな鼻に真一文字に閉じた口、全体的に肌の血色はよい。
愛らしい顔立ちだが今は無表情になっている。
一人はそんな少女である。
「なるほど、私はどうやらあなたの文房『具』使いというのを少々甘く見ていたようだ…」
紳士的で少し若い、どこかねちっこい感じの男の声をもう一つの人影が発する。
まるで蟷螂を連想させるような細く、背の高い男。
全身を染みひとつない長袖の真っ白なコックコートに身を包み、背の高い細長いコック帽を清潔感のある短髪の上からかぶっている。
全体的に整った顔立ちに不敵ににやついた顔、蛇のようにぎらつき、釣り上った細く鋭い目。
そんな男が少女の前、少し離れた場所でお互い向き合うように対峙している。
「…文房具絵」
男がねちっこい余裕のある声で離れた場所から具絵へ顔を上げ見下す様に語り始める。
「『道具使い』としての才能のある子が生まれる家系の5代目で、『具』、『器』、『材』、『物』に分類される道具の中の『具』に分類される文房『具』を扱う能力を代々継いで来ている…」
「あなたは文房『具』を持つことによって、その文房『具』と自身の身体能力を強化し、文房『具』に備え付けられたその機能を最大限にまで引き出せる」
「で、間違いありませんよね ? 」
相変わらずの口調で語り続ける男、そして、最後ににこやかな表情で確認を取るように対峙した少女へと問う。
「…代わりに自己紹介どうも」
覇気の感じられない感情のこもらない声で皮肉のように言う少女、どうやら文房具絵というのが彼女の名前であり、先ほど男が言ったものは全て事実である。
「それで…」
具絵が言葉を紡ぎ始める。
「あなたの名前なんか知りもしないけど、あなたのそのトチ狂った格好とこれを見て察するに、あなたは調理器『具』使いか何か ? 」
と、ぎりぎり聞き取れるような小さな感情のこもっていない声で今度は具絵が男へと問いかける。
手には、いつの間にか開かれた『クリアファイル』が開かれており、その中に包丁に菜箸、フライ返しが透明のフィルムのようなファイルの中の1ページごとに挟まれている。
先ほど男が投げつけてきたものを具絵がクリアファイルの『ファイルする』機能を最大限までに発揮してキャッチし中へと閉じこんだのだ。
「いかにも蛸にも、この小説始まってのあなたの最長の台詞で語ってくれた通り、私は調理器『具』使い…まあ、あなたの調理器具バージョン、といったところです」
具絵の問いに対しにやり、と笑みを浮かべ嫌味の混じった声で返答を返す男。
「ちなみに、黒金町35番地の2でちょっとした小料理店を開いておりますので…もし興味がおありであれば一度、ご来店いただければと…」
ついでにそう宣伝もする男である。
「……料理人なら調理道具は大事にすべき」
と、男の言葉を聞き、視線をまっすぐと向けて答える具絵、相変わらず表情は無い。
「あなたも似たような扱いをしてるじゃありませんか…」
「私は文房具屋じゃない…」
少し困ったように答える男、それに対し相変わらずの無表情で言う具絵。
相変わらず、日はさんさんと二人を差している、垣根に植木の永遠に続いていそうな道には電柱が立っているだけでこの二人以外は誰も見当たらない。
「まあ、お互いの自己紹介と雑談も終わったところで…」
男がまた不適なにやけた笑みを浮かべ背中へと右手を回し、何やらごそごそとしだす。
男が右手を真横へ一直線に上げる、手には木製の柄の真っ黒な鉄球のような黒い鉄製品。
フライパンだ。
「勝負再開といきましょうか」
冷ややかに告げる男、言葉を発するや否やの瞬間にはフライパンを両手で振り上げ、具絵へと駆け出している。
「… ! 」
思わず目を見開きその場に屈み込む具絵。
「チャーンス…」
更に顔をにやつかせる男、更にフライパンを握る手に力が入る。
ジュウッ !
と、突如何かが焼ける音が鳴る、なんと男の握るフライパンから煙が立ち、まるでフライパンの底が固まる前の溶岩のように赤く、灼熱を帯びたようにちかちかと光っている。
「ファイルのお返しですよ…フライパンの『焼く』特性を最大限にまで引き出したってわけですね」
うれしそうに、余裕のある声で説明しつつ具絵の前で踏みとどまる、具絵は片膝をつき、その場で体勢を低くし両手で頭を抱えている。
フライパンを振りかぶる男。
「これで…ムニエルにしてあげますよっ ! 」
そして、その言葉とともにフライパンを振り下ろす。
ガコォン !
辺りに鈍い響く鈍い打撃音、振り下ろし終えた体勢の男と、右腕を上げ膝を突く具絵、フライパンから立ち上る焼ける音と白い煙。
「ぐぅ…っ ! 」
男が忌々《いまいま》しげな声を上げ、ぎりり、と歯軋りをする。
振り下ろされたフライパンは具絵の上げられた右手、そこにそこでいつの間にやら手に掴まれたプラスチックの薄い板の上で受け止められ、ジュウジュウと焼ける音を上げ、煙を発していた。
「…下敷き、『下で受け止める』から下敷き」
具絵が相変わらずの無感情な声でぼそりと呟く。
具絵が右手に掴んでいるもの、それは『下敷き』であった、おそらく『下で受け止める』という下敷きの役割を最大限にまで引き出したのだ。
悔しがる男を他所に具絵はすかさず左手を男の両腕目掛けて少し伸ばす。
「…えい」
そんなやる気の感じられない声で言う具絵にシュ、と微かに聞こえる音。
「づぅっ… ! 」
顔を歪ませ、右の手のひらを押さえ身を捻り少し後ずさってしまう男。
その拍子にフライパンを地面に落としてしまい、ガコン、と地面から鈍く重い鉄の落下音がする。
右の手のひらの小指沿いの真横、白く細長い小さな円錐形のプラスチックが2つ突き刺さって見える。
「『ロケット鉛筆』…」
男が手のひらに突き刺さったものを引き抜くと歪んだ表情のまま具絵のほうを見据え呟いた。
「…」
無言で左手を突き出したままでいる彼女の手のひらに握られていたのは『ロケット鉛筆』だ。
ロケット鉛筆の『芯を押し出す』機能を最大限まで引き出しまるで吹き矢のように飛ばし、ロケット鉛筆の芯を男の手のひらへと刺したのである。
そして、いつの間にか男から距離をとり、また少し離れた場所にいる具絵。
「…いつのまに」
悔しそうな表情で右手に刺さったロケット鉛筆の芯を左手で抜き取りそこらへ捨てるように放り投げ、呟くように言う男。
「…」
対する具絵は両手を背後で組み、楽そうな姿勢でそこへ立ち、じっ、と男のほうを表情を変えずに見据えている。
「なるほど、なるほど…」
「あなたは随分と小賢しい戦い方がお得意のようで…」
目を細め、口を吊り上げ笑みをつくり具絵へ向けて皮肉めいた言葉を突きつける。
「単に貴方が考えなさ過ぎなのと、道具の使い方がへたっぴなだけ…」
具絵は具絵で無表情に無感情な声色で呟くようにそれに言い返す。
「あなたのその台詞は非常にムカつきますが…まあ、あなたが沢山の『道具使い』達を葬り去って来たちょっとした手練の『道具使い』というのは事実…」
落ち着いたねちっこい声色で、蛇のような目を具絵へ向けて言う男。
「ここは小細工よりも、純粋な『力』のみでごり押しで行かせてもらいましょうか…」
再び、背後に右手をやりごそごそ、と漁りだと再び何かを取り出す。
木の出できた絵に美しい銀の細長い曲線、厚みは薄く全体からその鋭さを感じ取れるほどのもの。
『柳刃包丁』である。
「修行時代から使い続けて実に十年来の相棒です…」
「『十年』使い続けてきた…使い続けた道具のほうがその道具から引き出せる力が強い、『道具使い』ならば常識、ですよね ? 」
「…」
片目を瞑り、左手で刃の背の部分を持ちつつ、具絵へと問う男にそれに無言でうなずく彼女。
「こういう点では文房具よりも調理器具のほうが優れている…何せ、耐用年数がこちらの方が上ですからね」
にやりと笑みを浮かべる男。
「…」
それを見た具絵は無言で両手に持った『下敷き』と『ロケット鉛筆』を地面に捨てる、そしてポケットをゴソゴソとあさり始めた。
ポケットから出てくる具絵の手、その手には黒く細いものが握られている。
黒い柄の部分に金色の先端の『インクペン』だ。
「…一体何のつもりです ? 」
突然の具絵の行動につい問いかける男。
「…貴方のマネ」
簡潔に告げると『インクペン』をきちんとした持ち方で右手へと持った。
「…そんな細いペンで私の『柳刃包丁』に対抗するつもりですか ? 第一それには戦う事に向いた力があるとは思えませんが…」
馬鹿にするように言う男。
「…ペンは剣よりも強し」
そう言い、少しだけ腰を落とし足を縦に少しだけ広げいつでも走り出せる体勢をとる具絵。
「…まあ、いいでしょう」
「刺身にしてあげますよ…」
刃先を具絵へと向けて身構える男、互いが見合い今にも飛び掛りそうな状態だ、出遅れれば不利になってしまう。
ダッ !
と、お互いが同時に相手へ目掛けて走り出す。
走りながら右手を前に突き出し手首を曲げ、まるで文字を書くような構えの具絵。
対する男は走りつつ具絵へ真っ直ぐに刃を向け腕を曲げ、柄を自分の体へ近づけている、
近づく距離、ぶつかり合う視線、向き合うペンと包丁。
そして、ついに距離が詰まり、『柳刃包丁』と『インクペン』が交差する。
ガキィィン !
と音が鳴り響いた。
バチン ! バチン !
少し日が傾き、夕焼けに染まりつつあるがまだ少しだけ青の残った部分のある空。
無限に続いていそうな垣根と植木や家の門が立ち並ぶアスファルトの路地の電柱前から爽快感のある軽い音が響く。
バチン !
電柱の前にしゃがみこみ何かをやっているのは文房具絵だ。
彼女の前には白目を向き、口からだらんと舌を出しているコックコートの男が大足を開き電柱に背もたれるように座らされていたのだ。
どうやら、彼女に負けて気を失っているようである。
具絵はそんな男の服の袖、上側の肩の部分を引っ張りコックコートの生地と電柱のコンクリートを密接させる。
バチン !
そして、軽快な音を鳴らすのは彼女の手に握られた『ホチキス』である。
具絵は男の服と電柱のコンクリートを『貼り止める』力を最大限に発揮させた『ホチキス』を使い男の両腕を貼り付けにしていた。
こうされては最早感嘆には取れない。
「…」
次に具絵は無言で足元に置かれた鞄から『ガムテープ』を取り出し、ビビビー、っとはがして伸ばした。
そして、男の腹部へぺたり、と貼り付けると電柱ごと男の体をぐるぐるに巻きつける、無論これにも『引っ付く』力が最大限に発揮されておりそう簡単には取れない。
次に、端に縦に規則的な穴の開いたルーズリーフの用紙を取り出す、そしてその表面に『スティックのり』をこれでもかというほどに塗りたくる。
「…」
バン !
と、先ほど糊を塗りたくった用紙を男の顔へと思いっきり貼り付けると、その用紙のマジックで何かを書き、立ち上がる具絵。
「…できた」
相変わらずの無表情だが少し満足そうな声を出す具絵そして、使った文房具を鞄に仕舞い、立ち上がる。
そして、その小さな口を開く具絵。
「貴方は、『十年』使い続けたといったけれど…」
「私はこのペンで小学校1年生から『11年間』毎日休まずに日記を書いているの…もちろんインクを補充しながらね…」
「これは、貴方がペンの『書く』力、『筆圧』を甘く見た報い、ね…」
静かに、感情のこもらない声で見下ろすように気を失った男を見据え小さな声で言う具絵。
そんな男の顔には『おしおき中』と書かれたルーズリーフの用紙が顔に張られているのであった。
「…帰ってシャワー浴びよ」
静かに独り言を呟き、電柱から離れ帰路へとつく彼女、空はすっかり夕焼けに染まり具絵の小さな背中をオレンジ色に染めている。
まだまだ血気盛んな『道具使い』達がたくさん存在し、次は何時、何処でどんな『道具使い』が襲ってくるのやらわからない。
しかし、彼女は戦い続ける…いつか来る『平穏』を信じて。
ビタァァァァン !
そして、こけた。




