表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編

ビタァァァン !










硬すぎず柔らかすぎず程よい柔らかさの大きな何か生物なまもののような物が叩きつけられたような大きな音が辺りへ響く。




恐らく学校の廊下であろう場所、薄い緑色の硬い廊下に顔から盛大せいだいに転んでいる小さな背中が一つ。



黒い髪に耳の出た肩につきそうでつかない位の長さの髪の毛、髪の毛の先端がぱっつんと切りそろえられた髪、頭のてっぺんで髪を縛っていてまるで筆のようになっている髪型。


中学生ほどの年齢の背丈に転んで大丈夫なのかと心配になりそうな細い体格、全体的に黒いセーラー服に短い黒いスカート、白いひざ辺りまである靴下。


そんな人物が廊下で派手にこけたのである。


廊下を行き交う生徒たちがそれに視線をぶつけ何事もなかったかのように通り過ぎていく。



そして、しばらくの間ピクリとも動かずにうつ伏せに倒れている彼女。



「…」


むくり、としばらく経つと何も言わずに起き上がり始めた。



眉のあたりまである黒い前髪に釣り上がったつぶらな黒い瞳の大きな目に細い眉、転んだせいで少し赤くなった小さな鼻、きゅっと真一文字に閉じられた口に血色のよい肌。


どこか無表情な感じのする顔であるが愛らしさのある顔立ちだ。


黒いセーラー服の胸元に黒金と白い文字の小さな刺繍が入っている。



転んだのが痛かったのか少し目に涙をため、鼻をさすっている。


そして、のそり、と立ち上がりスカートを手で払うと廊下の向こうへと歩いて行き、白い文字で『2-4』と書かれた黒い札のかかる部屋へと入っていく。













「…では、まあ、答えられる範囲でよいのでそのアンケートちゃっちゃっと書いちゃって後ろから集めてきてください」



教卓の前に立つ白髪交じりのスーツを着た教師が席にきっちりと座った生徒たちへそう告げると一斉に皆が筆をとり用紙へ名前と設問に対する答えを記入していく。



ホームルームなどで学校でたまに取られる謎のアンケートである。



「…」



その生徒たちの座る真ん中の列の前から6番目の席、まさにど真ん中に先ほど廊下で盛大に転んだ彼女はいた。



彼女もまた右手にシャープペンシルを持ち、そのアンケート用紙へと向き合っていた。



まずは名前欄からカリカリ、と筆を走らせ埋めていく。



文房具絵ふみふさともえ、名前欄にはそう書かれ埋められていた、これが彼女の名前だ。




何かの設問でひっかかり、つい考え込んでしまう彼女、その拍子に少しだけ腕が動き近くにあった消しゴムがコロッ、っと机の境界線からはみ出し床へと転落し始める。







シュッ、と転落していく消しゴムに対し、まるで獲物を狩るトンビのように真横から素早く近づく『何か』。




その素早い『何か』は具絵の手である、落ちそうになった消しゴムを無事キャッチできた彼女。



しかし、キャッチしたのは具絵の手ではなかった。







その手に握られた、『スティックのり』である。




まるで、磁石にひっつく鉄釘のように表面をぴたりと『スティックのり』ののりの部分にくっついている消しゴム。



「…」



そして、無言で消しゴムのついた『スティックのり』を引き上げる具絵、二つを引きはがすと何事もなかったかのように元の場所へと戻し、再びアンケートへと目を配る。




「では、まあ、後ろの人プリント集めてきてください、お願いします」



「はい」



具絵へと手を差し出しアンケートを回収する一番後ろの席の男子生徒。



「…」


それに対し少しだけ目をやり、プリントを丁寧に彼へと渡す。













ダダダダダダダダダダダダダダン !





「はえぇ…」



銀の流し台のついた机が規則正しく並ぶ部屋、家庭科室。



その家庭科室でエプロンを付けた生徒たちが、ある一角を驚いた表情で見つめている。




ダダダダダダダダダダダダダダダダダンッ !



そこにいるのは具絵だ、表情を変えずに一心不乱にまな板を見つめキャベツを千切りにし続けている。


切られたキャベツは一切れ一切れが均一の細さであり、水気を帯びて飛び跳ねるように飛びあがりひとりでに横へ用意された銀色のボウルの中へと飛び込んでいく。


キャベツを切るたびに激しく小気味の良い音が部屋中に響く。




しかし、彼女がキャベツを切るのに使っているのは包丁ではない。







彼女の手に握られているのは透明で黒い線の入った半円の物、『分度器』である。



彼女は『分度器』の曲線を描いた方を上にし、直線の下の部分で半分に切ったキャベツを切り刻んでいた。



既に2玉は切り刻まれ、千切りとなったキャベツ、物凄い速さだ、まるでジャンである。




ダダダダダダダダダダダダ、ダンッ !



そして、彼女が3玉目のキャベツを全て千切りにし終わると『分度器』を調理台へ置き、今度は用意した大皿へそれを全て盛り付ける。



まるで白い大皿の上にそびえ立つような緑のキャベツの山、そして、流し台の下の引き戸から何か真っ黒い物の入った瓶と薄く淡い黄色がかった白い何かの入ったチューブを取り出す。




そして、それらを脇に抱え、山の様なキャベツの盛られた皿を手に持つと調理台から離れ、前へと静かに歩き始める。



そして、生徒たちは無言でそれを見守っている。





そして、同じくそれに見とれていた家庭科教師のいる正面の、全ての調理台を見渡せる場所へ到達するとそこへキャベツの山を丁寧に置く。




「…できました」



静かに小さな声で呟く具絵。



「あの…これは ? 」



あっけにとられた家庭科教師がまだ思考が戻らないような口調で具絵へと問う。



「…キャベツの千切りです」



再び静かに言う具絵、教室中も静かで物音ひとつ聞こえない。




「…お好みでどうぞ」



続けざまに静かな呟くような声で先ほど脇に抱えた物をとん、と静かに教師の眼の前の机へと置く。




具絵が調理台の引き戸から取り出したもの、それはソースとマヨネーズであった。










ドシン !


飛び箱に顔面からぶつかる具絵。



ボサッ !


棒高跳びで棒まで到達できずにマットの上へとダイブする具絵。



ガシャン !


ハードルに膝からぶつかる具絵。




ビタァァァン !


50メートル走で出だしに思いっきり顔面からこける具絵、本日二回目である。







先ほどの家庭科室にいた生徒たちが今度は体操服に着替えてグラウンドにいる、体育の時間である。




皆が見守る中で具絵は壊滅的な運動神経を披露していく、そして、それを見て特に何も言わないクラスの仲間たちと体育教師、恐らく彼らなりの同情なのであろう。



再び鼻を打ち起き上がりつつも涙目になりながら打った鼻をさする、具絵は運動神経はそこまで良くないのであった。














そして今は丁度最後の時限、これが終われば今日の学校での日程は全て終りである。



科目は国語、机に突っ伏して寝る生徒や携帯電話をいじっている生徒に一応真面目に受けている生徒、ぼけっとしている生徒と様々である。


そして、教卓の前で淡々と教鞭を振っている教師。



「…」



もうすぐで終わる安堵感と気だるさのせいか、教師から少し視線を外しぼけっとしている具絵だった。



『よいか、具絵よ…『道具』には大きく分類して、『具』、『器』、『材』、『物』の四つがあるのだ…我ら『道具使い』はそれらの『道具』と自らの力を最大限に引き出せるのだ』


『我が家に伝わるは文房『具』使いの力、文房具を用いる事によって自らの力と文房具の力を最大限にまで引き出せる…』



そんな具絵の脳裏によぎっている言葉、彼女の祖父が言ったものだ。



当時三歳だった彼女には何のことなのか意味はさっぱりであったが耳について離れない言葉である。



当時両親に聞いたが軽くあしらわれて終わった、だが今の彼女は十分に理解できている具絵である。














少しだけ西へ傾きかけた太陽だがまだ明るい午後も中ごろ。



雲ひとつない澄み切った青空の下、夏も近く少しだけ蒸し暑い気温の中、先々を見ても永遠に続いていそうな民家と垣根の並ぶ住宅地。



右手に鞄を持った具絵が帰路へとついていた。



「…」



相変わらずの無表情で淡々と家路に就く具絵、しかし、突如ぴたりと立ち止まる。




彼女の視線の先、少し陽炎で歪んで見えるほどの距離から全体的の細長く白い人影が近づいてくる。



「…」


嫌な予感を感じ取ったのか、少し表情を険しくして更に歩みを進める。




段々、段々と白い影は近づいてくる。




そして、まだ離れてはいるがお互いの姿の見えるほどの距離まで近づく具絵と白い影。



「あなたが…文房具絵さん ? 」



白い人影が、どこか紳士的な落ち着いた少し高めの男性の声を発する。



人影は男性であった、すらりとしたどこか枝の様な細い体に具絵が見上げなければ顔の見えないほどの高さの背丈、真っ白い料理人の着るコックコートを着て、白い長いコック帽をかぶっている。



清潔感のある短髪に今はにこやかな笑顔を顔に張り付かせている表情。



「…」


ふぅ、と呆れたように「またか…」といった感じに無言で溜息をつく具絵。




「…なるほど、聞きしに勝る無口っぷり、というわけですか」


何も言わない具絵に構わず言葉をぶつける目を開き、にや付いた表情のコックコートの男。


まるで蛇のように鋭い眼の彼である。



「…まあ、貴方ももうご察しのように私も『道具使い』でありまして」


「…」


正体を明かすコックコートの男だが具絵に特別これといって驚いている様子はなく、むしろめんどくさそうに首を傾けている。




少し前にどうやってかは知らないが具絵を『道具使い』だということを調べ上げ襲いかかってきた男が居た、彼があと一人『道具使い』を倒せば倒した『道具使い』は計10人達成ということで息巻いていた死亡フラグビンビンの男であった。



しかし、具絵はその男を文房具使いの力で打ち倒し病院送りにしたのだ。



だが、その男には弟が居てその弟が『兄貴の弔い合戦』と称して具絵へと襲いかかる、が具絵難なく勝利。






まだ、それだけでは終わらなかった、その『道具使い』は3兄弟だったのだ、末っ子が具絵へと襲いかかる、結果は聞くまでもなく具絵の勝利で終わったが。




それから、3兄弟を倒した噂は『道具使い』達の間で広まり、血気盛んな『道具使い』達が具絵をかなりの腕ききとインプットし、こうして時たま勝負を仕掛けてくるのだ。



前は電子機『器』使い、その前は刃『物』使い、またその前は木『材』使いとかなりの戦いを繰り広げている具絵である。



『文房具絵は静かに暮らしたい』それが彼女の理想であり、そのようなやからは迷惑な上に鬱陶しいことこの上ない彼女である。



もう次の台詞は大体想像がつくのだ。




「是非、貴方と手合わせ願いたい」



べろり、と舌なめずりをするコックコートの男に額に手をつき、「やっぱり」といった様子の具絵。



「…どーせ、嫌って言っても無理矢理襲ってくるんでしょ…」



目を逸らし呟くように小さな声で口をとがらせて言う具絵。





「ご察しの通り…」



コックコートの背後へごそごそと手を手を突っ込む男。








「御名答でっ !」


ビシュッ !



と、空の切る音がする、何か細長い物を具絵に向かって勢いを付け、腕を下から上へと振り上げる要領で投げるコックコート。



飛んでいったものは、フライ返しに菜箸、包丁であり、少しづつ回転しながら具絵へと近づいていく、スローイングナイフの要領で投げられた調理器具だ。





「… ! 」


バッ !



と、それに対し、特に慌てた様子もなく自らの左手を素早く横に薙いだ具絵。



すると、具絵の方へと向かって飛んでいた調理器具が姿を消す。




「… ! 」



それに思わず驚き、投げた時の姿勢のままで固まってしまうコックコート。



そんな彼に、具絵が長方形の何かを見せる。



「…ファイル ? 」



不思議そうに呟く男、いつの間にか具絵が手に持っていたのは透明のページの挟まれ、プラスチックの表紙のA5サイズの青いクリアフォルダーだった。



具絵がフォルダーのページをパラパラとめくると中に1ページごとにきちんとファイルに挟まれた菜箸や包丁が見える。



クリアファイルの『ファイルする』力を最大限までに発揮し、男の投げた調理器具を全てファイリングしたのだ。







「…なるほど、どうやら中々どうして出来るようだ…」




「…」



再びべろり、と舌なめずりをし、にやりとした笑みを浮かべる男。



そして、対戦相手が皆今、男が言ったようなことと同じようなことを毎回言うので飽き飽きしている様子で呆れている具絵。







こうして、具絵の戦いの火蓋ひぶたが切って落とされた。













評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ