ロックスターかよ
彼女は二十七歳で亡くなった。
だからこの物語は、よくある“不幸な話”として扱われるのかもしれない。
けれど、そうではない。
彼女は鬱病を抱えて生きていた。
鬱だったことは、大したことじゃない。
僕にとっては、大したことじゃなかった。
それは彼女のすべてじゃないし、
彼女を定義する言葉でもない。
笑った日もあった。
どうでもいいことで言い合った夜もあった。
未来の話をして、
それを本気で信じていた時間が、確かにあった。
世界は、死を見つけると
物語を悲劇に仕立てたがる。
理由を探して、意味を付けて、
分かりやすい結末に押し込めようとする。
でも、この物語は
誰かを教訓にするためのものじゃない。
誰かを救うための物語でもない。
ただ、そこに在った日々を
在ったものとして残したいだけだ。
これは、実話をもとにしたフィクションであり、
フィクションの形をした、
どうしようもなく個人的な記録である。
もしあなたが、
この物語を読んで何かを感じたとしても、
無理に理解しなくていい。
ただ、
「そういう時間があった」
それだけを、
一度、受け取ってもらえたらと思う。
「ロックスターかよ」
そう呟いてから、俺は泣いた。
彼女は二十七で死んだ。
これは、俺と梨沙の、一生分の四年間の話だ。
あの四年間は、バッドエンドじゃない。
俺はそう思っている。
ーーー
私と付き合ったら幸せになれるよ。
そのLINEが届いたとき、俺はまだ梨沙に会ったことがなかった。
絵文字もなく、スタンプもなく、ただその一文だけ。
正直に言うと、少し怖かった。
幸せになれる、と断言する女はだいたい信用できない。
でも、少し笑った。
既読をつけたまま画面を見ていると、すぐにもう一通来た。
「既読はやい」
「根拠は?」
と送ると、
「勘」
と返ってきた。
「雑すぎる」
「でも当たるよ」
そのやり取りのテンポが、妙に心地よかった。
俺はその頃、やたら長いプロフィールを書いていた。マッチングアプリの、誰も読まなそうな欄に、仕事のことも、音楽のことも、どうでもいい考えも、全部。
最初に来たメッセージは、
「長すぎない?」
だった。
「読むの疲れた」
そのあとに、
「でも嫌いじゃない」
と続いた。
長すぎると言いながら最後まで読んでいる。悪い人ではない。
数日後、電話をした。
夜だった。店から帰って、シャワーを浴びて、ベッドに寝転がっていたときに着信が来た。
思っていたより低くて、思っていたより落ち着いた声だった。
そして、よく笑う。
電話越しでもわかるくらい、遠慮なく笑う。
「こまちってさ」
まだ会ってもいないのに、そう呼んだ。
「めんどくさそうだよね」
「よく言われます」
「やっぱり」
笑い声が、部屋に響く。
しばらく話してから、梨沙は言った。
「私と付き合ったら幸せになれるよ」
電話でも、同じことを言った。
俺は少し黙ったあと、笑った。
「すごい自信だな」
「あるよ」
即答だった。
「根拠は?」
「勘」
また笑う。
冗談みたいで、でもどこか本気だった。
「じゃあさ」
と俺が言った。
「会ってみない?」
一拍置いて、
「やっと?」
と返ってきた。
その週の金曜、駅前で会うことになった。
当日、ほとんど同じ時間に着いたはずだった。
改札を出て周りを見回す。
それらしい金髪は見当たらない。
俺はロン毛にハイライト、左耳は拡張。たぶん目立っていたと思う。
スマホを見る。
「着いたよ」
と梨沙からLINEが来ている。
俺も送る。
「着いた」
でも、いない。
駅の中を少し歩く。
コンビニの前、階段の下、改札横。
いない。
少しだけ不安になる。
そのとき、駅のトイレのほうから足音がした。
レトロな柄のワンピースを着た金髪の女の子が、俺を見つけて走ってきた。
「あ、こまち!いたいた」
いきなりそう呼ばれて、少し笑った。
思っていたより背は高くなくて、思っていたより華奢だった。
耳にはピアスがいくつもあって、耳たぶは拡張していて、たしかに少し近寄りがたい見た目だった。
でも、目が真っ直ぐだった。
「ほんとにロン毛なんだ」
開口一番、それだった。
「ほんとに金髪なんだ」
と俺も返した。
梨沙は声を出して笑った。
電話で聞いた通りの笑い方だった。
駅の中に響くくらい、遠慮なく。
それで、だいたい決まった。
この人は、画面の向こうの人と同じだ。
「お腹すいた?」
「すいた」
「じゃあ行こ」
並んで歩き出す。
金髪のショートが、少し揺れる。
その横顔を見ながら、俺は思った。
もしかしたら、ほんとうに。
ここまで読んでくれて、ありがとう。
第一章は、
物語の始まりというより、
思い出の輪郭に触れただけの章です。
これで何かが分かったり、
気持ちが整理されたりは、
たぶんしません。
書いている自分自身も、
まだ分かっていないことの方が多いです。
ただ、
あの時間が確かにあったことだけは、
忘れずにいたくて、書いています。
続きは、
少しずつ、
思い出せたところから。




