地味な経理ですが、影の人事部でクズ上司を処刑するとボーナスが跳ね上がります
「高須さん、この経費精算、また差し戻し。接待交際費の使途が不明瞭だよ」
窓際から差し込む西日が、三十路を目前にした高須樹里亜のデスクを無慈悲に照らす。
樹里亜は、いかにも″真面目だけが取り柄の地味な経理″という顔で、レンズの厚い眼鏡を押し上げた。
「申し訳ありません、常務。すぐに確認いたします」
目の前でふんぞり返る肥満体の男──佐伯常務は、わざとらしく樹里亜の手の上に自分の手を重ねた。
湿り気を帯びた手のひらが気持ち悪い。
「君もさ、もう少し愛想を良くすれば、こういうミスも″内緒″にしてあげられるんだけどねぇ」
耳元で囁かれる加齢臭の混じった吐息。
樹里亜は心の中で、精巧な計算機を叩いた。
(セクハラ発言、身体的接触、職権乱用……ランクB。
推定損害賠償額と離職に伴うコスト削減効果を合わせて、今回の″査定″は──八十万ってところね)
樹里亜は、控えめな微笑みを浮かべた。
「……善処いたします、常務」
これが、彼女の戦場だった。
◇〜第一章:影の人事部〜◇
東都商事には、表の人事部の他に、社長直属の【特命人事課】が存在する。
通称、影の人事部。
メンバーは、各部署に潜伏する数名の中堅社員。
彼らの使命は、組織を蝕む″高給取りの無能″や″ハラスメントの温床″を、公的な手続き──という名の冷酷な断罪──によって排除することだ。
その報酬は、排除した人間を雇用し続けた場合に発生したであろう″負の経費″の一部が、特別賞与として還付される。
つまり、クズを掃除すればするほど、自分のボーナスが跳ね上がる。
「お疲れ様。樹里亜、今月の進捗はどう?」
終業後の隠れ家バーで、影のメンバーの一人、営業部のエース・成瀬が冷ややかな笑みを浮かべて座っていた。
彼は、パワハラを繰り返す上司を次々とメンタル不調による″自主退職″に追い込んできた、通称・死神だ。
「佐伯常務にロックオンしたわ。あの人、接待費を愛人のマンションの管理費に回してる。セクハラ証拠も十分。来月のボーナス支給日までに、一千万クラスの『コストカット』を実現させてみせるわ」
「はは、相変わらずエグいね。僕は今回、新規事業部の部長を狙ってる。イケメンで評判だけど、裏で女子社員をランク付けして弄んでる最低野郎だ。あれを消せば、和解金と退職金の中止で、僕のボーナスに二百万は上積みされる」
二人の視線が火花を散らす。
影の人事部員同士、協力関係にあるが、同時に”誰が最も効率よく会社を掃除したか”を競うライバルでもあった。
◇〜第二章:イケメン上司の罠〜◇
翌日。
樹里亜の部署に、新しく中途採用のマネージャーが着任した。
神崎冬弥。
モデルのような容姿に、物腰の柔らかい態度。
オフィス中の女性社員が色めき立った。
だが、樹里亜の嗅覚は″毒″を察知した。
「高須さん、君の仕事は正確だね。でも、もっと効率化できるはずだ。僕が指導してあげるから、今夜、少し残ってくれないかな?」
神崎は樹里亜の肩を抱き寄せ、爽やかな笑顔を向けた。
一見、熱心な指導。
だが、彼の指先は不自然に樹里亜の首筋に触れている。
そして、彼の提出した″前職のリファレンスチェック″の不自然さを、樹里亜は見逃さなかった。
(この人、典型的な【パラサイト型パワハラ】だわ。気に入った部下を囲い込み、手柄を奪い、精神的に依存させる。……美味しい。最高級のボーナス対象だわ)
樹里亜は″影のデバイス″──眼鏡のフレームに仕込まれた超小型録音機と、ブローチ型のカメラを起動した。
◇〜第三章:静かなる処刑〜◇
ターゲットは二枚抜き。
肥満のセクハラ常務・佐伯と、狡猾なパワハラ上司・神崎。
樹里亜は経理部という立場を最大限に利用した。
まず、佐伯常務の″愛人のマンション管理費″の証拠を、匿名で常務の本妻に送付。
家庭内をパニックに陥らせ、彼が冷静な判断を失うように仕向けた。
焦った佐伯は、部下である樹里亜を呼び出し、″経理データの改竄″を強要した。
「いいか、高須。この件を黙っていれば、君を課長に推薦してやる。だが、逆らえば……わかっているな?」
部屋には、樹里亜と佐伯の二人きり。
「……それは、脅迫でしょうか?」
「脅迫じゃない、″取引″だ!」
完璧な音声が録音された。
次に、神崎だ。
彼は期待通り、樹里亜に自分の過去の不始末を押し付けようと画策していた。
神崎は、樹里亜が作成した重要書類をわざと破棄し、「彼女がミスをした」と部内会議で糾弾した。
「高須さん、ガッカリだよ。君には期待していたのに。……責任を取って、辞めてもらうしかないね」
神崎の勝ち誇ったような笑み。
しかし、樹里亜は動じなかった。
彼女はタブレットを取り出し、役員たちが並ぶ会議室のスクリーンに、ある映像を映し出した。
それは、神崎が夜中にこっそりオフィスに忍び込み、樹里亜のデスクから書類を盗み出してシュレッダーにかける姿だった。
「神崎マネージャー。その書類のコピー、実はもう一点、社長室に直送済みです。あと、貴方が前職で同様の嫌がらせをして訴えられた際の和解書も、ついでに添えておきました」
神崎の顔から血の気が引く。
「ついでに、佐伯常務。先ほどの『取引』の音声データ、今、社長に送信しました。ご家族にもコピーが届いている頃かと思います」
◇〜第四章:特別ボーナスの果実〜◇
一週間後。
東都商事からは、常務一名とマネージャー一名が″一身上の都合″で姿を消した。
退職金はゼロ。
それどころか、損害賠償請求の予備軍として、彼らは会社に首根っこを掴まれている。
樹里亜は、社長室に呼び出された。
「……今回も見事だった、高須くん」
「恐縮です、社長」
社長が手渡したのは、一通の封筒。
表向きは″業務改善インセンティブ″だが、その中身は驚愕の数字だった。
佐伯と神崎を雇用し続けた場合の三年分の年収、および不祥事によるブランド毀損の回避。
それらを算出した結果、樹里亜へのボーナス上積み額は──。
六百万円。
通常のボーナスと合わせれば、一千万円に届く額だ。
◇〜エピローグ:勝利の祝杯〜◇
「完敗だよ、樹里亜。六百万なんて、今期のトップじゃないか」
いつものバーで、成瀬が苦々しく、しかしどこか嬉しそうにグラスを掲げた。
樹里亜は、分厚い眼鏡を外し、コンタクトに変え、一着数十万円する一流ブランドのスーツに身を包んでいた。
「戦うボーナスは、甘くないわ。でも、会社が綺麗になって、私のお財布が潤う。これ以上の正義ってある?」
彼女は最高級のシャンパンを口にし、妖艶な笑みを浮かべた。
明日からはまた、″真面目だけが取り柄の地味な経理部員″に戻る。
次の獲物を探し、静かに、確実に、その首を狩るために。
これが、アラサー女子・高須樹里亜の、最高に過酷で最高に楽しい、ボーナス商戦だった。
〜〜〜おしまい〜〜〜
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