第七話 予約超過(オーバーブック)
最初の客を送り出してから、一週間が経った。
カイラの宣伝が功を奏したのか、ぽつぽつと客が訪れるようになっていた。冒険者、行商人、巡礼者。一日に一組から二組。多いとは言えないが、ゼロだった頃に比べれば、大きな進歩だった。
「結界強度、12%になりました」
ゴブ爺が報告した。
「良い傾向ですね」
遼太郎は帳簿を見ながら答えた。
「このペースなら、一ヶ月で30%まで回復できるかもしれません」
「30%……それでも、まだ危険水域でございますな」
「分かっています。でも、一歩一歩です」
その日の午後。
遼太郎は受付カウンターで帳簿をつけていた。今日の宿泊客は、二組四名。部屋は三号室と五号室を使用。食事は二食とも提供済み。
「リョウ」
セレスティアが、階段を降りてきた。
「何ですか」
「また客が来たわ」
「また?」
遼太郎は窓の外を見た。確かに、草原の向こうに人影が見える。それも、一人や二人ではない。かなりの人数が、こちらに向かって歩いてきている。
「何人いるんだ……」
数えてみる。五人、いや六人。さらに、その後ろにも何人かいるようだ。
「十人以上いますね」
「嘘でしょ」
セレスティアの声が、緊張を帯びた。
「部屋、足りないわ」
「分かっています」
遼太郎は冷静に答えた。
客室は八部屋。現在、二部屋が使用中。空いているのは六部屋。しかし、来ている客の数は十人以上。明らかに、部屋が足りない。
「オーバーブックだ」
遼太郎は呟いた。
「オーバー……何?」
「予約超過です。部屋の数より、客の数が多い状況」
セレスティアは青ざめた。
「どうするの。断るの?」
「いいえ、断りません」
「でも、部屋が……」
「方法はあります」
遼太郎は立ち上がった。
「ゴブ爺さんを呼んでください。それから、村の大工さんにも連絡を」
「大工さん?」
「はい。急いで」
セレスティアは困惑しながらも、遼太郎の指示に従った。
客が到着した。
十二人のパーティだった。どうやら、街で結成されたばかりの冒険者グループらしい。新人が多く、装備もまちまちだ。
「ここが、星降り亭か」
リーダーらしき男性が言った。三十代くらいの、厳つい顔をした戦士だ。
「いらっしゃいませ」
遼太郎は、いつも通りの笑顔で迎えた。
「星降り亭へようこそ。本日は、何名様でいらっしゃいますか」
「十二人だ。全員、今夜泊まりたいんだが」
「承知いたしました。ただ、申し訳ございません。本日は、満室でございます」
リーダーの顔が曇った。
「満室? じゃあ、泊まれないってことか」
「いいえ、お泊まりいただけます」
「はあ? 今、満室って言ったじゃないか」
「はい。しかし、『ウォーキング』で対応いたします」
その言葉を口にした瞬間、遼太郎の視界に、半透明の文字が浮かんだ。
【スキル発動】
・ウォーキング Lv.1 が発動しました。
・対象:宿泊希望者 12名
・空き部屋:6室
・超過:6名
【選択肢】
A: 近隣の宿へ案内する
B: 臨時の宿泊施設を創出する
C: 詳細を表示する
遼太郎は、心の中で「C」を選択した。
【ウォーキング・詳細】
この能力は、「宿泊の場」を創出・拡張する力です。
Lv.1では、以下のことが可能です:
・臨時の寝床の創出(テントや簡易ベッドなど)
・既存の空間の一時的な拡張
・近隣の施設との連携
消費エネルギー:星核残量の2%
遼太郎は理解した。
「ウォーキング」とは、単に客を他の宿に送ることではない。宿泊の場そのものを創り出す力だ。
「少々お待ちください」
彼はリーダーに断り、食堂の奥へと向かった。
「リョウ様」
ゴブ爺が、心配そうに近づいてきた。
「ゴブ爺さん。この宿に、テントや寝袋はありますか」
「テント……? はい、倉庫にいくつかございますが」
「それを出してください。それから、食堂を寝室に転用します」
「食堂を……?」
「はい。テーブルを片付けて、床に寝具を敷きます。個室ではありませんが、屋根の下で眠ることはできます」
ゴブ爺は驚いた顔をした。
「しかし、それでは……」
「サービスの質は下がります。でも、断るよりはマシです」
遼太郎は言った。
「お客様を断ることは、最後の手段です。可能な限り、受け入れる方法を探す。それが、ホテルマンの務めです」
ゴブ爺は黙った。そして、ゆっくりと頷いた。
「承知いたしました。すぐに準備いたします」
「ありがとうございます」
遼太郎は食堂に戻った。
「お待たせいたしました」
リーダーに向き直り、彼は説明を始めた。
「本日は、通常の客室が六室しかご用意できません。残りの六名様には、食堂を臨時の宿泊スペースとしてご利用いただきます」
「食堂で寝るってことか」
「はい。個室ではございませんが、屋根の下で、温かい寝具をご用意いたします。もちろん、食事も通常通りお召し上がりいただけます」
リーダーは眉をひそめた。
「それで、料金は?」
「食堂ご利用の方は、通常料金の半額とさせていただきます」
「半額……」
「はい。サービスの質が下がる分、お値引きいたします」
リーダーは仲間たちと顔を見合わせた。
何やら相談している。遼太郎は、黙ってその様子を見守った。
「……分かった」
リーダーが言った。
「それでいい。野宿よりはマシだ」
「ありがとうございます。では、お部屋の割り振りを決めましょう」
遼太郎は手際よく、十二人を六つの部屋と食堂に振り分けた。
その夜。
食堂は、臨時の宿泊スペースに変わっていた。
テーブルは片隅に寄せられ、床には厚い毛布が敷き詰められている。枕も、毛布も、ゴブ爺が倉庫から見つけ出したものだ。
「思ったより、快適だな」
床に横たわった冒険者の一人が言った。
「ここ、暖炉があるから温かいし」
「飯も美味かったしな」
「星も見えるぞ。窓から」
彼らの声に、遼太郎は安堵した。
不満を感じている者は、いないようだ。
「お休みのところ、失礼いたします」
遼太郎は食堂の入り口に立ち、声をかけた。
「夜食に、温かいスープをご用意いたしました。よろしければ、お召し上がりください」
「夜食?」
「はい。個室ではない代わりに、少しでもサービスを、と思いまして」
冒険者たちは顔を見合わせた。
「……いい宿だな、ここ」
誰かが呟いた。
「サービスがいい。客のことを、ちゃんと考えてる」
「ああ。また来たいな」
遼太郎は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。お言葉、励みになります」
翌朝。
十二人の冒険者たちは、満足そうな顔で宿を後にした。
「世話になった」
リーダーが言った。
「いい宿だ。仲間にも勧める」
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
遼太郎は深く頭を下げた。
彼らが去った後、遼太郎は視界に浮かぶ文字を確認した。
【通知】
・星核にエネルギーが補給されました。
・結界強度:12% → 18%
6%の上昇。一度に受け入れた客の数が多かったため、得られたエネルギーも大きかったのだろう。
「リョウ様」
ゴブ爺が近づいてきた。
「すごいことでございます。こんなに一度に上昇したのは、初めてでございます」
「まだまだです」と遼太郎は言った。「でも、方法は見えてきました」
「方法……」
「客を呼び、満足させ、感謝を得る。そのサイクルを、より大きく、より速く回す。そうすれば、結界は回復します」
遼太郎は帳簿を
続ける
21:46
続行のため小説の次章構成を整理した。
開き、数字を書き込んだ。
数日後。
遼太郎は、帳簿の数字を眺めながら考え込んでいた。
客は増えている。しかし、部屋の数には限りがある。このままでは、また「オーバーブック」が起きる可能性が高い。
「増築が必要ですね」
彼は呟いた。
「増築……でございますか」
ゴブ爺が尋ねた。
「はい。部屋を増やさなければ、これ以上の成長は見込めません」
「しかし、増築には資金が……」
「分かっています。でも、方法はあるはずです」
遼太郎は窓の外を見た。
草原の向こうに、村の建物が見える。
「村の大工さんに、相談してみましょう」




