第三十八話 ウォーキング vs ノーショー
光と闘が、激突した。
遼太郎のウォーキングと、虚無のノーショー。魂を救う力と、魂を消す力。正反対の二つの力が、クロノスの体内で衝突していた。
「ぐああああっ……!」
クロノスが、絶叫した。
「黒須さん! 耐えてください!」
遼太郎は、全力でウォーキングの力を注いでいた。しかし、虚無の抵抗は激しい。
(消せ……全てを消せ……)
虚無の声が、響いてきた。
(この世界は、滅びを望んでいる……全てを虚無に帰せ……)
「黙れ!」
遼太郎が叫んだ。
「この世界は、滅びを望んでなどいない!」
(愚かな……お前に何が分かる……)
「分かる!」
遼太郎の声に、力がこもった。
「私は、この世界で生きてきた! 多くの人と出会い、多くの笑顔を見てきた!」
(笑顔など、一時の幻に過ぎぬ……)
「幻じゃない!」
遼太郎は、これまでの日々を思い出した。
星降り亭での出会い。ゴブ爺、セレスティア、エミリア、マルクス、ソフィア、トマス。スタッフたちの成長。客たちの笑顔。
「人は、幸せになれる! 笑顔は、本物だ!」
(……)
「私は、それを証明してきた! この宿で、この世界で!」
遼太郎の体から、さらに強い光が溢れ出した。
「だから、お前を止める! 世界を、守る!」
光が、虚無を押し返していく。
クロノスの体から、黒い靄が少しずつ剥がれ落ちていった。
「佐伯……」
クロノスの声が、遠くで聞こえた。
「俺も……戦う……」
「黒須さん!」
「虚無に……負けない……!」
クロノスの目に、光が戻り始めた。
彼もまた、虚無と戦っていた。内側から、虚無の支配を振り払おうとしていた。
「一緒に……!」
遼太郎は、さらに力を込めた。
光と闘が、クロノスの体内で激しくせめぎ合う。
(馬鹿な……我を拒むというのか……)
虚無の声が、動揺していた。
(この世界は……我のものだ……)
「違う!」
二人の声が、重なった。
「この世界は、誰のものでもない!」
「生きている全ての者のものだ!」
光が、爆発的に膨れ上がった。
虚無が、悲鳴を上げた。
(そんな……馬鹿な……)
「終わりだ!」
遼太郎は、最後の力を振り絞った。
「ウォーキング……フル・チェックアウト!」
光が、クロノスの体を包み込んだ。
そして、虚無を——完全に追い出した。
黒い靄が、クロノスの体から飛び出した。
それは、形を失った煙のように、宙を漂った。
(覚えておけ……我は消えぬ……世界に絶望がある限り……我は何度でも……)
「分かっている」
遼太郎は、静かに言った。
「でも、私たちも、何度でも立ち向かう」
「希望がある限り、私たちは戦い続ける」
虚無は、何も答えなかった。
そして、ゆっくりと——消えていった。
「終わった……」
遼太郎は、膝をついた。
全身から、力が抜けていく。ウォーキングを全力で使った代償だ。
「佐伯……」
クロノスが、床に倒れていた。
「黒須さん! 大丈夫ですか!」
遼太郎は、這うようにしてクロノスの元に向かった。
「ああ……大丈夫だ……」
クロノスの顔には、安らぎが浮かんでいた。
「虚無が……消えた……頭の中が……静かだ……」
「良かった……」
「佐伯……」
「はい」
「ありがとう」
クロノスの目から、涙が流れた。
「お前のおかげで……俺は、自分を取り戻せた」
「いえ……私は、きっかけを与えただけです。戦ったのは、黒須さん自身です」
「そうか……」
クロノスは、天井を見上げた。
「これから、どうすればいいんだろうな」
「やり直せばいいんです。この世界で」
「やり直す……」
「はい。失敗しても、また始めればいい。何度でも」
遼太郎は、微笑んだ。
「私たちは、生きている限り、やり直すことができます」
「……そうだな」
クロノスも、微かに笑った。
「お前の宿で、働かせてもらえるか」
「え?」
「冗談だ……いや、半分本気かもしれない」
「いつでも歓迎しますよ。うちは、人手不足ですから」
「そうか……」
二人は、静かに笑い合った。
謁見の間の窓から、朝日が差し込んできた。
黒い霧は、すっかり消えていた。空は、青く澄み渡っている。
「朝だ……」
クロノスが呟いた。
「新しい一日の始まりですね」
遼太郎は、朝日を見つめながら言った。
「この世界も、きっと変わっていきます」
「ああ……変えていこう。俺たちの手で」
新しい朝が、世界を照らしていた。




