表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホテルマン異世界転生_ようこそ、終焉の宿へ ~ブラック企業のナイトオーディターは異世界で"ウォーキング"を極める~  作者: もしものべりすと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/40

第三十一話 魔王の遺産

王都での覚醒から、一週間が経っていた。


遼太郎が放った光は、虚無帝国軍の夜襲を食い止めた。しかし、それは一時的な勝利に過ぎなかった。クロノス率いる本隊は、まだ国境の向こうで待機している。いつ本格的な侵攻が始まってもおかしくない状況だった。


「結界強度、98%に到達しました」


星降り亭に戻った遼太郎は、地下の聖室で星核を確認していた。


あの夜、彼が発動した「ウォーキング」の力は、想像を超えるものだった。街全体を覆う光。敵兵の侵攻を止める結界。そして、無数の人々から集めた力。


その反動で、星核のエネルギーは大幅に消費された。しかし、王都での避難民支援と、覚醒したウォーキングの力によって、結界強度は急速に回復していた。


「あと2%で、100%でございますな」


ゴブ爺が、隣で言った。


「はい。しかし、100%になったところで、クロノスの軍勢を止められるかどうか……」


「リョウ様」


ゴブ爺の声が、少し改まった。


「お話ししなければならないことがございます」


「何ですか」


「魔王様の遺産について、でございます」


遼太郎は、ゴブ爺を見た。


老ゴブリンの目には、深い決意が宿っていた。


「場所を変えましょう。長い話になります」


二人は、聖室を出て食堂に向かった。


深夜の食堂は、静まり返っていた。暖炉には、小さな火が燃えている。その揺らめく光の中で、ゴブ爺は語り始めた。


「私が魔王様にお仕えし始めたのは、今から約九百年前のことでございます」


「九百年……」


「当時、私はまだ若いゴブリンでした。種族の中では最下層の存在で、誰からも見向きもされませんでした」


ゴブ爺の目が、遠くを見つめていた。


「ある日、一人の男が現れました。黒い髪、黒い瞳。この世界の者とは、明らかに違う雰囲気を持った男でした」


「魔王様……」


「はい。後に魔王と呼ばれることになる方でございます。しかし、当時はただの旅人でした」


ゴブ爺は、微かに笑った。


「最初に会った時のことを、今でも覚えております。私は道端で倒れておりました。飢えと疲労で、動くこともできず、死を待つだけの状態でした」


「……」


「そこに、魔王様が通りかかったのです。見知らぬゴブリンが倒れているのを見て、彼は立ち止まりました」


「普通なら、無視するでしょうね。ゴブリンは、この世界では下等な種族として扱われていると聞きました」


「はい。しかし、魔王様は違いました。彼は私を抱え上げ、近くの宿へ連れて行ってくれたのです」


ゴブ爺の声が、わずかに震えた。


「『大丈夫か』と、彼は言いました。『腹が減っているんだろう。何か食べるか』と」


「……」


「私は驚きました。人間が、ゴブリンに優しくするなど、聞いたこともなかったからです」


「魔王様は、種族の違いを気にしなかったのですね」


「はい。彼は言いました。『種族なんて関係ない。困っている者を助けるのは、当たり前のことだ』と」


ゴブ爺は、窓の外を見た。


「その言葉が、私の人生を変えました。私は魔王様についていくことを決め、彼の執事となったのです」


「それから、九百年……」


「はい。魔王様と共に、世界中を旅しました。各地に宿を建て、旅人を迎え、困っている者を助けました」


ゴブ爺の目に、懐かしさが浮かんだ。


「楽しい日々でした。魔王様は、いつも笑っておられました。お客様が喜ぶ顔を見るのが、何よりの幸せだと」


「宿屋を営むことが、魔王様の夢だったのですね」


「はい。彼は言いました。『俺は、世界中の人を幸せにしたい。そのために、宿屋を作るんだ』と」


しかし、ゴブ爺の表情が曇った。


「しかし、平和な日々は長くは続きませんでした」


「虚無の波……ですか」


「はい。千年前、この世界に虚無の波が押し寄せました。全てを飲み込み、消滅させる力」


ゴブ爺は、暖炉の炎を見つめた。


「最初は、辺境の村々が消えていきました。何の前触れもなく、一夜にして、跡形もなく」


「恐ろしい……」


「人々はパニックに陥りました。逃げ惑い、争い合い、絶望に飲み込まれていきました」


「魔王様は、どうされたのですか」


「彼は、虚無の波の正体を探りました。各地を巡り、情報を集め、古い文献を調べ……そして、一つの結論に辿り着いたのです」


「結論……」


「虚無の波は、この世界そのものの『滅びへの意志』だと」


遼太郎は、言葉を失った。


「世界の……滅びへの意志……?」


「はい。この世界は、生まれた時から、いつか滅びる運命にあったのです。虚無の波は、その運命が顕在化したもの」


「つまり、世界が自ら滅びようとしている……」


「左様でございます」


ゴブ爺の声が、低くなった。


「魔王様は、その事実に衝撃を受けました。敵がいるなら、戦えばいい。しかし、世界そのものが敵だとしたら、どうすればいいのか」


「……」


「しかし、魔王様は諦めませんでした。彼は言いました。『世界が滅びたいと言うなら、新しい世界に生まれ変わらせればいい』と」


「新しい世界に……」


「はい。それが、ウォーキングの究極の使い方でした」


遼太郎は、自分の手を見つめた。


「ウォーキングは、魂を次の世界へ送る力。それを、世界全体に適用する……」


「左様でございます。魔王様は、滅びゆく世界を『次の世界』へとウォーキングさせることで、新生させたのです」


「世界を、丸ごと……」


「はい。その時、魔王様は全ての力を使い果たしました。そして……」


ゴブ爺の目に、涙が浮かんだ。


「消滅しました。自らの存在を、世界に捧げて」


沈黙が、食堂を満たした。


暖炉の火が、パチパチと音を立てている。


「魔王様が消滅する前、彼は私に言いました」


ゴブ爺は、涙を拭いながら続けた。


「『ゴブ爺、頼みがある。俺がいなくなっても、この宿を守ってくれ』と」


「……」


「『いつか、俺と同じ力を持つ者が現れる。その者が現れるまで、この宿を守り続けてくれ』と」


遼太郎は、ゴブ爺を見つめた。


「私を、待っていたのですか……」


「はい。九百年間、ずっと。魔王様の言葉を信じて」


ゴブ爺は、遼太郎に向き直った。


「そして、あなたが現れました。ウォーキングの力を持ち、魔王様と同じように『外』から来た者」


「……」


「リョウ様。あなたこそが、魔王様の後継者でございます」


「後継者……」


遼太郎は、首を振った。


「私は、そんな大それた者ではありません。ただの……」


「ナイトオーディターでございますか」


ゴブ爺が、微かに笑った。


「魔王様も、同じことを仰っておりました。『俺は英雄じゃない。ただの宿屋の主人だ』と」


「……」


「しかし、彼は世界を救いました。自分を英雄だと思っていなくても、結果的に英雄になったのです」


ゴブ爺は、遼太郎の肩に手を置いた。


「リョウ様。あなたも、同じ道を歩んでおられます。気づいておられないかもしれませんが、あなたは既に、多くの人を救っております」


「私が……」


「この宿を立て直し、スタッフを育て、避難民を受け入れ、そして王都を守った。それは、英雄の所業でございます」


遼太郎は黙った。


自分が英雄だなど、考えたこともなかった。ただ、目の前の仕事をこなしてきただけだ。お客様に最高のサービスを提供する。それだけを考えて、走り続けてきた。


「ゴブ爺さん」


「はい」


「魔王様の遺産とは、何ですか」


「二つございます」


ゴブ爺は、立ち上がった。


「一つは、この宿そのもの。星降り亭は、魔王様が最後に建てた宿でございます。星核も、魔王様が遺されたものです」


「この宿が……」


「そして、もう一つ」


ゴブ爺は、食堂の奥へ歩いていった。壁に掛けられた一枚の絵の前で立ち止まる。


「これは……」


絵には、一人の男が描かれていた。黒い髪、黒い瞳。優しそうな笑顔を浮かべている。


「魔王様の肖像画でございます。私が、記憶を頼りに描いたものです」


遼太郎は、絵を見つめた。


その男は、どこか自分に似ているような気がした。顔立ちではなく、雰囲気が。


「魔王様は、これを遺しました」


ゴブ爺が、絵の裏から何かを取り出した。


古びた書物だった。革の表紙に、複雑な紋様が刻まれている。


「これは……」


「魔王様の手記でございます。ウォーキングの極意、世界の秘密、そして……虚無の波を止める方法が、記されております」


遼太郎は、書物を受け取った。


ずしりと重い。九百年の時を経た重みが、手のひらに伝わってくる。


「これを、私に……」


「はい。あなたこそが、これを受け継ぐべき者でございます」


遼太郎は、表紙をそっと開いた。


最初のページには、こう書かれていた。


『この書を手に取る者へ。


俺は、佐藤健一。元の世界では、しがないサラリーマンだった。


お前がこれを読んでいるということは、俺と同じように、この世界に来たんだろう。そして、ウォーキングの力を持っているんだろう。


まず言っておく。お前は、一人じゃない。俺も、同じ道を歩いた。迷い、悩み、それでも前に進んだ。


この書には、俺が九百年かけて学んだことが全て書いてある。ウォーキングの使い方、世界の仕組み、そして……虚無を止める方法。


全てを読んで、自分で考えろ。答えは、お前の中にある。


最後に一つだけ。


サービスの本質を、忘れるな。


俺たちの力は、人を幸せにするためにある。それだけを忘れなければ、お前は必ず正しい道を歩める。


頑張れ。俺は、お前を信じている。


佐藤健一』


遼太郎は、その言葉を何度も読み返した。


「佐藤健一……」


この世界に来た、もう一人の転生者。そして、世界を救った英雄。


「魔王様も、元の世界では普通の人間だったのですね」


「はい。しがないサラリーマンだったと、よく仰っておりました」


「サラリーマン……」


遼太郎は、書物を胸に抱いた。


「ゴブ爺さん。この書物、読ませていただきます」


「もちろんでございます。それは、あなたのものでございます」


「そして……」


遼太郎は、顔を上げた。


「クロノスを、止めます。この世界を、守ります」


「リョウ様……」


「私は、魔王様のようになれるか分かりません。でも、やれることはやります。全力で」


ゴブ爺の目に、涙が溢れた。


「ありがとうございます、リョウ様。魔王様も、きっと喜んでおられます」


「いえ、こちらこそ。九百年間、この宿を守り続けてくれて、ありがとうございます」


遼太郎は、深く頭を下げた。


「これからも、よろしくお願いします。ゴブ爺さん」


「こちらこそ。最後まで、お供いたします」


老ゴブリンと若き宿主は、固く手を握り合った。


窓の外では、夜が明け始めていた。


新しい一日が、始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ