第二十八話 避難民の宿
戦争が始まってから、一週間が経った。
前線では、激しい戦闘が続いていた。エルディア王国軍は、虚無帝国軍の猛攻に苦戦しながらも、なんとか持ちこたえている。
しかし、避難民の数は、増え続けていた。
「もう、入りきらない……」
遼太郎は、満員の宿を見回しながら呟いた。
星月夜は、完全に避難所と化していた。部屋、食堂、廊下、中庭。あらゆる場所が、人で埋め尽くされている。
「リョウ様、食料が底をつきそうです」
ハンスが、疲れた顔で報告した。
「王宮からの支援は?」
「来る予定ですが、遅れています。他の避難所も、同じ状況らしいです」
「そうですか……」
遼太郎は、考え込んだ。
食料が足りない。しかし、避難民を追い出すわけにはいかない。
「配給を減らしましょう」
彼は、決断した。
「一人あたりの量を、少し減らします。そうすれば、もう少し持ちこたえられる」
「でも、子供たちは……」
「子供と老人には、優先的に配ります。健康な大人は、我慢してもらうしかありません」
遼太郎の声は、重かった。
誰かに我慢を強いるのは、彼の本意ではない。しかし、この状況では、選択の余地がなかった。
その日の夕方。
食事の時間になった。
遼太郎は、自ら配膳を手伝った。
「すみません、今日は量が少なくて……」
避難民たちに謝りながら、スープを配っていく。
「構わないよ」
一人の男が、笑顔で言った。
「こうして温かいものを食べられるだけで、ありがたい」
「そうだそうだ」
「あんたたちのおかげで、生きていられるんだ」
避難民たちは、不満を言うどころか、感謝の言葉を口にした。
「ありがとう……」
遼太郎の目に、涙が滲んだ。
こんな状況でも、人は優しくなれる。
それが、彼にとって、一つの希望だった。
夜になると、遼太郎は宿の見回りをした。
あちこちで、避難民たちが眠っている。毛布にくるまり、身を寄せ合い、不安を紛らわせながら。
「みんな、頑張っているな……」
彼は、そっと歩きながら、様子を確認した。
ふと、一人の子供が、目を開けているのに気づいた。
「眠れないのかい?」
遼太郎は、しゃがんで声をかけた。
「……お母さんが、いないの」
子供は、泣きそうな顔で言った。
「お母さんは、どうしたんだい?」
「逃げる時、はぐれちゃった……」
「そうか……」
遼太郎は、子供の頭を撫でた。
「大丈夫。お母さんは、きっと無事だよ」
「本当……?」
「ああ。きっと、君を探してるはずだ」
子供の目に、微かな希望の光が宿った。
「お兄ちゃん、誰……?」
「俺は、この宿の主人だよ。リョウっていうんだ」
「りょう……」
「君の名前は?」
「マリア……」
「マリアか。いい名前だね」
遼太郎は、微笑んだ。
「マリア、俺が約束する。お母さんが見つかるまで、この宿で守ってあげる」
「本当……?」
「ああ、本当だ。だから、安心して眠りなさい」
マリアは、しばらく遼太郎の顔を見つめていた。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
「おやすみ、マリア」
遼太郎は、彼女に毛布をかけ直した。
立ち上がると、近くにセレスティアがいた。
「見てたのか……」
「ええ。あなた、優しいのね」
「優しいっていうか……当然のことをしただけだ」
「当然のこと、ね」
セレスティアは、微笑んだ。
「あなたにとっては、当然のことなのね。でも、普通の人には、できないことよ」
「そんなことは……」
「いいえ、本当よ。だから、私はあなたを尊敬してる」
セレスティアの目が、遼太郎を真っ直ぐに見つめていた。
「これからも、一緒に頑張りましょう。この戦争が終わるまで」
「……ああ、一緒に頑張ろう」
二人は、静かに手を握り合った。
翌日。
思いがけない知らせが届いた。
「マリアさんのお母様が、見つかりました」
リリアが、息を切らせながら報告した。
「本当か!?」
「はい。別の避難所にいらっしゃったそうです。今、こちらに向かっているとか」
遼太郎は、すぐにマリアのところに行った。
「マリア、いい知らせだ」
「なに……?」
「お母さんが、見つかったよ」
マリアの目が、見開かれた。
「お母さん……!?」
「ああ。もうすぐ、ここに来る」
マリアの目から、涙が溢れた。
「お母さん……お母さん……!」
数時間後。
宿の前に、一人の女性が現れた。
「マリア!」
「お母さん!!」
二人は、抱き合って泣いた。
「よかった……無事だったのね……」
「お母さんも、無事でよかった……」
遼太郎は、その光景を見守っていた。
「よかったな……」
彼の目にも、涙が浮かんでいた。
「これが、俺の仕事なんだな……」
人を助け、人を繋ぐ。
それが、宿屋の仕事。
そして、それが、ウォーキングの力を高めること。
「頑張ろう」
遼太郎は、心の中で誓った。
「もっと、たくさんの人を、助けよう」
その決意が、彼の中で、静かに燃え上がっていた。




