第二十四話 敵国の使者
星月夜がオープンしてから、一週間が経った。
客足は、予想以上に好調だった。セレスティアの人脈を通じて、貴族や富裕層の間で噂が広まり、予約が次々と入ってきた。
「RevPAR、銀貨二・五枚を達成しました」
遼太郎は、朝のミーティングで報告した。
「目標の二枚を、上回りましたね」
「すごい……」
リリアが、感嘆の声を上げた。
「皆さんの努力の成果です。素晴らしい仕事をありがとうございます」
「いえ、リョウ様の指導のおかげです」
「お世辞はいいですよ。さあ、今日も頑張りましょう」
宿の運営は、順調だった。
しかし、遼太郎の心には、一つの懸念があった。
三大家の動きだ。
オープン以来、彼らからの直接的な妨害はなかった。しかし、それは嵐の前の静けさかもしれない。
「何か企んでいるはずだ……」
彼は、窓の外を眺めながら呟いた。
その日の午後。
予期せぬ来客があった。
「お客様がお見えです」
ネリーが、遼太郎を呼びに来た。
「予約のお客様ですか」
「いえ、予約はありません。でも、お話があると……」
「分かりました。お通ししてください」
遼太郎が受付に出ると、そこには一人の男が立っていた。
見覚えのある顔だった。以前、星降り亭に泊まりに来た商人。虚無帝国から来たという、あの男だ。
「ヴィクター……さん」
「久しぶりだな、宿屋の主人」
ヴィクターは、にやりと笑った。
「王都に店を出したそうじゃないか。順調のようだな」
「おかげさまで」
「ふん。まあ、そう長くは続かないだろうがな」
「どういう意味ですか」
「そのうち分かる」
ヴィクターは、遼太郎を睨むように見つめた。
「今日は、メッセージを届けに来た」
「メッセージ……」
「我が国の皇帝陛下から、お前への伝言だ」
遼太郎の背筋に、冷たいものが走った。
皇帝。クロノス。黒須剛志。
「……何と」
「『お前のことは、覚えている』と」
「覚えている……」
「『いずれ、会いに行く』とも」
ヴィクターは、薄笑いを浮かべた。
「皇帝陛下が、一介の宿屋の主人を気にかけるとは珍しい。お前、何者だ?」
「……ただの宿屋の主人です」
「嘘をつくな。普通の人間が、皇帝陛下の関心を引くわけがない」
ヴィクターは、遼太郎に近づいた。
「お前、『外』から来た者だな」
「……」
「皇帝陛下も、そうだ。だから、お前のことが気になるのだろう」
遼太郎は、黙っていた。
何を言っても、この男には通じない。ヴィクターは、クロノスの手先だ。情報を与えれば、敵に利用される。
「まあいい。伝言は伝えた」
ヴィクターは踵を返した。
「近いうちに、また会おう。宿屋の主人」
彼は、宿を出ていった。
遼太郎は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「リョウ様……」
リリアが、心配そうに声をかけた。
「今の人、何者ですか……」
「敵国の、使者です」
「敵国……虚無帝国の?」
「はい」
遼太郎は、深呼吸した。
「皆さん、心配しないでください。仕事を続けましょう」
「でも……」
「大丈夫です。私が、何とかします」
遼太郎の声は、落ち着いていた。しかし、その内心では、激しい動揺が渦巻いていた。
黒須が、自分のことを覚えている。
そして、「会いに行く」と言っている。
それは、戦争が始まれば、黒須が自ら前線に出てくる可能性があるということだ。
「……セレスさんに、報告しないと」
その夜。
遼太郎は、セレスティアに全てを話した。
「黒須……いえ、クロノスが、あなたのことを覚えている……」
セレスティアの顔は、蒼白だった。
「はい。私も、彼のことを覚えています」
「どういう関係なの……」
遼太郎は、少し迷った。しかし、もう隠している場合ではない。
「私と彼は、同じ世界から来ました」
「同じ世界……」
「私がいた世界で、彼は私の上司でした。ホテル……いえ、宿泊施設で働いていた時の」
「上司……」
「彼は、私を追い詰めた人間です。毎日、毎日、否定され続けた。彼のせいで、私は過労で倒れ、そしてこの世界に来ました」
セレスティアは、言葉を失っていた。
「彼もまた、この世界に転生していた。しかも、私より先に。そして、虚無帝国の皇帝になった」
「そんな……」
「彼の目的は、この世界を滅ぼすことだと思います。予言にある『漆黒の王』。それが、彼なのかもしれません」
セレスティアは、遼太郎の顔を見つめた。
「あなた……なぜ、今まで黙っていたの」
「すみません。どう説明すればいいか、分からなかったのです」
「……」
「でも、もう隠せません。彼が私を狙っているなら、周りの人にも危険が及ぶかもしれない」
遼太郎は、頭を下げた。
「セレスさん。私といることで、あなたにも危険が及ぶかもしれません。もし、私から離れたいなら……」
「馬鹿なこと言わないで」
セレスティアの声が、遼太郎の言葉を遮った。
「私が、あなたを見捨てるとでも思ってるの?」
「でも……」
「でもも何もないわ。私たちは、一緒にこの宿を作ってきた。一緒に困難を乗り越えてきた。今更、離れるわけないでしょう」
セレスティアの目には、強い光が宿っていた。
「それに、クロノスは、この国の敵でもある。彼を倒さなければ、この国は滅ぼされる。それは、私の問題でもあるの」
「セレスさん……」
「だから、一緒に戦いましょう。あなた一人で抱え込まないで」
遼太郎は、セレスティアの目を見つめた。
その目には、真剣な決意が宿っていた。
「……ありがとうございます」
彼は、深く頭を下げた。
「私も、逃げません。この世界で、やるべきことをやります」
「当然よ」
セレスティアは微笑んだ。しかし、その笑顔の裏には、隠しきれない不安があった。
クロノス。黒須剛志。
彼が動き出せば、この世界は大きく変わる。
そして、その時は、もうすぐそこまで迫っていた。




