第二十三話 RevPARの魔法
三大家からの脅迫を受けてから、数日が経った。
幸い、それ以上の具体的な妨害はなかった。しかし、遼太郎は警戒を緩めなかった。彼らが、ただ引き下がるとは思えないからだ。
改装工事は、予定通り進んでいた。一週間後には、いよいよオープンだ。
その間、遼太郎はスタッフの採用と研修に力を注いでいた。
「今日から、三名の方に加わっていただきます」
遼太郎は、採用したスタッフを前に言った。
一人目は、リリア。二十代前半の女性で、以前は「銀の月亭」で働いていた。サービスの形式的な部分に不満を感じ、退職したという。
二人目は、ハンス。三十代の男性で、元料理人。腕は確かだが、勤め先の宿が閉業し、職を失っていた。
三人目は、ネリー。十代後半の少女で、孤児院出身。仕事を探していたところ、募集を見て応募してきた。
「皆さん、ようこそ『星月夜』へ」
遼太郎は、三人を見回した。
「これから、私たちは一緒にこの宿を運営していきます。最初は大変かもしれませんが、一緒に頑張りましょう」
「はい」
「よろしくお願いします」
「頑張ります」
三人は、それぞれに答えた。
「まず、私たちの宿の理念について説明します」
遼太郎は、ホワイトボードに文字を書いた。
【星月夜の理念】
「全てのお客様に、最高の体験を」
「これが、私たちの目指すものです。単に泊まる場所を提供するのではなく、忘れられない体験を提供する。そのために、私たちは全力を尽くします」
リリアが手を挙げた。
「質問があります」
「どうぞ」
「以前の職場では、効率が最優先でした。お客様一人一人に時間をかけていたら、回らないと言われました。ここでは、どうなのですか」
「良い質問ですね」
遼太郎は頷いた。
「確かに、効率は大切です。でも、私たちは効率を目的にしません。効率は、手段です」
「手段……」
「お客様に最高の体験を提供するために、効率化が必要な部分は効率化する。でも、お客様との接点では、十分な時間をかける。そのバランスが大切です」
リリアは、納得したように頷いた。
「それから、もう一つ大切なことがあります」
遼太郎は続けた。
「私たちの宿は、『数字』で管理します」
「数字……ですか」
ハンスが、首を傾げた。
「はい。感覚や経験だけでなく、データに基づいて判断する。それが、私のやり方です」
遼太郎は、ホワイトボードに数式を書いた。
【RevPAR = 稼働率 × 平均客室単価】
「これは、RevPARという指標です。Revenue Per Available Room、つまり『販売可能な客室一室あたりの収益』を表します」
「れぶ……ぱー……」
ネリーが、聞き慣れない言葉に困惑していた。
「簡単に言うと、この数字が高いほど、宿の経営が上手くいっているということです」
「なるほど……」
「例えば、私たちの宿は六室です。一泊の料金が銀貨三枚で、稼働率が百パーセントなら、一日の収益は銀貨十八枚。でも、稼働率が五十パーセントなら、収益は銀貨九枚に落ちます」
「稼働率を上げることが、大切なんですね」
「それだけではありません。もう一つの方法は、客室単価を上げることです」
遼太郎は説明を続けた。
「稼働率が五十パーセントでも、一泊の料金が銀貨六枚なら、収益は同じ銀貨十八枚になります。つまり、稼働率と単価の両方を、バランス良く管理することが重要なのです」
「両方を……」
「私たちの宿は、規模が小さい。だから、稼働率を上げるには限界があります。そこで、単価を上げる戦略を取ります」
「単価を上げる……でも、高くすると、客が来なくなりませんか」
リリアが尋ねた。
「高くても来る客を、ターゲットにします。そのために、サービスの質を極限まで高める。『この価格でも、泊まる価値がある』と思わせるのです」
遼太郎の目が、真剣だった。
「数字は嘘をつきません。毎日の稼働率、平均単価、RevPAR。これらを記録し、分析し、改善していく。それが、この宿を成功させる道です」
スタッフたちは、真剣に聞いていた。
「難しい話かもしれません。でも、心配しないでください。実際にやりながら、少しずつ覚えていけば大丈夫です」
「はい……」
「大切なのは、『なぜ数字を見るのか』を理解すること。数字は、お客様の満足度を測る指標でもあります。リピーターが増えれば、稼働率は上がる。サービスに満足すれば、高い料金でも払ってくれる。数字は、お客様の声なのです」
その夜。
遼太郎は、セレスティアに研修の様子を報告した。
「スタッフの採用と研修は、順調に進んでいます」
「良かったわ。開業に間に合いそうね」
「はい。あとは、実際にオープンしてからが本番です」
遼太郎は、帳簿を開いた。
「初月の目標を、設定しましょう」
「目標……」
「RevPARで、銀貨二枚。稼働率五十パーセント、平均単価四枚の計算です」
「最初から、そんなに高い目標?」
「高いですが、不可能ではありません。私たちのターゲットは、高い料金を払える層です。彼らを確実に取り込めれば、達成できます」
セレスティアは、遼太郎の自信に満ちた表情を見つめた。
「……あなたを信じるわ」
「ありがとうございます」
「でも、三大家の妨害は、まだ続くかもしれないわ」
「分かっています。警戒は怠りません」
遼太郎は窓の外を見た。
「でも、恐れてはいけません。恐れれば、判断を誤ります。私たちにできることは、最高のサービスを提供すること。それだけです」
「それだけ……」
「はい。お客様が満足すれば、噂は広がります。噂が広がれば、客は増えます。客が増えれば、収益が上がります。その好循環を作ることが、私たちの武器です」
セレスティアは、遼太郎の言葉に頷いた。
「分かったわ。私も、できることをする」
「お願いします。セレスさんの人脈は、貴重です。王族や貴族への紹介を、引き続きお願いします」
「任せて」
オープンの前日。
遼太郎は、改装を終えた「星月夜」の中を歩いていた。
内装は一新され、温かみのある空間に生まれ変わっていた。木目調の壁、柔らかな照明、心地よい香り。星降り亭の雰囲気を、王都風にアレンジした空間だ。
「素敵ね」
セレスティアが、隣で言った。
「マーガレットさんの宿が、こんなに変わるなんて」
「建物は同じです。でも、中身が変わりました」
遼太郎は、客室の一つに入った。
ベッドは新調され、シーツは上質な綿。窓辺には、小さな花瓶に花が飾られている。テーブルの上には、ウェルカムカードが置かれていた。
「細かいところまで、気を配っているのね」
「細部に、心が宿りますから」
「あなたの口癖ね、それ」
セレスティアが微笑んだ。
「でも、本当にそう思うわ。この宿には、心がこもっている」
遼太郎は、窓から外を眺めた。
王都の夜景が、広がっている。無数の灯りが、星のように瞬いている。
「明日から、勝負が始まります」
「緊張してる?」
「少しだけ。でも、楽しみでもあります」
「楽しみ……」
「はい。新しいことを始めるのは、いつでも楽しい。結果がどうなるか分からないからこそ、挑戦する価値がある」
遼太郎は振り返った。
「セレスさん。一緒に、この宿を成功させましょう」
「ええ。もちろん」
二人は、手を取り合った。
明日から、新しい章が始まる。
星月夜の物語が、幕を開けようとしていた。




