第二十話 旅立ちの朝
王都への旅は、徒歩で五日間の道のりだった。
遼太郎とセレスティアは、街道を歩きながら、様々なことを話した。
「王都は、どんな場所ですか」
遼太郎が尋ねた。
「大きな街よ。人口は十万人以上。この大陸で、最も栄えている都市の一つ」
「十万人……」
「建物も立派で、城壁も高い。王宮は、街の中心にあるわ」
「セレスさんは、王宮で育ったんですよね」
「ええ。でも、あまり良い思い出はないわ」
セレスティアの表情が、わずかに曇った。
「第三王女として、いつも影のような存在だった。兄たちは跡継ぎ候補として注目されて、私は『予言の巫女』としてしか見られなかった」
「予言の巫女……」
「だから、父が死んだ後、王宮を出たの。もう、あそこには戻りたくなかった」
「でも、今回は……」
「分かってる。この宿のためよ。投資を受けるためには、仕方ない」
セレスティアは、前を向いて歩き続けた。
「あなたがいてくれるから、大丈夫。一人じゃないから」
「……セレスさん」
「何でもないわ。さあ、先を急ぎましょう」
旅の途中、いくつかの宿に泊まった。
遼太郎は、それぞれの宿の運営を観察した。サービスの質、清潔さ、スタッフの対応。星降り亭との違いを、頭の中で比較していく。
「どの宿も、悪くはないですね」
「でも、星降り亭ほどではないでしょ」
セレスティアが、少し自慢げに言った。
「はい。私たちの宿の方が、サービスは上です」
「当然よ。あなたが育てたスタッフだもの」
遼太郎は、少し照れくさそうに笑った。
「セレスさんや、ゴブ爺さんの協力があってこそです」
「謙遜しないで。あなたの功績よ」
五日目の夕方。
ついに、王都が見えてきた。
「あれが……王都か」
遼太郎は、目を見開いた。
巨大な城壁が、地平線に沿って伸びている。その向こうには、無数の建物がそびえ立ち、中心には白い塔を持つ王宮が見えた。
「すごい……」
「でしょ。私も、久しぶりに見たわ」
セレスティアの声には、複雑な感情が混じっていた。
「行きましょう。日が暮れる前に、城門を通らないと」
「はい」
二人は、王都に向かって歩き出した。
城門で、身分の確認を受けた。
セレスティアが王族の証を見せると、門番たちは慌てて道を開けた。
「セレスティア様! お帰りなさいませ!」
「ありがとう。今日は、兄に会いに来たの」
「第一王子殿下ですか? かしこまりました。ご案内いたします」
門番の一人が、先導を始めた。
「すごい扱いですね」
遼太郎が、小声で言った。
「王族だから。でも、あまり好きじゃないの、この感じ」
「分かります」
王都の中を歩いていく。
石畳の道、立ち並ぶ商店、行き交う人々。活気に満ちた街だった。
「ここが、王都の繁華街よ。宿も、たくさんあるわ」
「なるほど……」
遼太郎は、周囲の宿を観察した。
立派な建物、綺麗な看板、入り口に立つ従業員。しかし、何かが足りないような気がした。
「あの宿、スタッフの表情が硬いですね」
「分かるの?」
「はい。笑顔がない。心がこもっていない」
「……あなた、本当によく見てるわね」
「職業病です」
遼太郎は苦笑した。
王宮に到着した。
白い石で造られた巨大な建物だ。門の前には、槍を持った衛兵が立っている。
「セレスティア様、お待ちしておりました」
執事らしき男が、出迎えた。
「第一王子殿下が、お待ちです。こちらへどうぞ」
「ありがとう」
セレスティアは、遼太郎を振り返った。
「緊張してる?」
「少しだけ」
「大丈夫。あなたなら、きっとうまくいくわ」
「ありがとうございます」
二人は、王宮の中に入っていった。
第一王子、アレクサンダーとの面会は、謁見の間で行われた。
金色の装飾に囲まれた豪華な部屋だ。正面には、王座に似た椅子があり、そこに一人の男が座っていた。
金髪の青年だ。整った顔立ちで、どこかセレスティアに似ている。三十代前半だろうか。威厳のある雰囲気を纏っている。
「セレスティア。久しぶりだな」
「兄上。お元気そうで何よりです」
セレスティアが頭を下げた。遼太郎も、それに倣って深く礼をした。
「こちらが、手紙に書いてあった男か」
アレクサンダーの視線が、遼太郎に向けられた。
「はい。星降り亭を運営しております、リョウと申します」
「リョウ……変わった名前だな。どこの出身だ」
「遠くから参りました」
「遠く、か」
アレクサンダーは、遼太郎を値踏みするように見つめた。
「お前のことは、いろいろと聞いている。辺境の宿を立て直し、冒険者ギルドとの提携を結び、王国の査察で最高評価を得た。なかなかの手腕だ」
「恐縮です」
「しかし、それだけでは投資を決められない。お前の口から、直接話を聞きたい」
「かしこまりました」
遼太郎は、姿勢を正した。
「星降り亭の事業計画について、ご説明いたします」
遼太郎は、事業計画を詳細に説明した。
現在の経営状況、結界の回復、スタッフの育成、ギルドとの提携。そして、王都への進出計画。
アレクサンダーは、黙って聞いていた。時折、鋭い質問を投げかけてきたが、遼太郎は全て的確に答えた。
「……なるほど」
説明が終わると、アレクサンダーは腕を組んだ。
「数字に嘘はなさそうだ。お前の計画も、筋が通っている」
「ありがとうございます」
「しかし、一つ気になることがある」
「何でしょうか」
「虚無帝国の動きだ」
遼太郎の背筋に、緊張が走った。
「お前の宿に、虚無帝国の間者が来たという報告を受けている」
「はい。確かに、そのような者が訪れました」
「そして、虚無帝国は今、この国との戦争を準備している」
「……」
「そんな状況で、辺境の宿に投資するのは、リスクが高いと思わないか」
アレクサンダーの目が、鋭く光った。
遼太郎は、一呼吸置いてから答えた。
「確かに、リスクはあります。しかし、だからこそ、投資する価値があると考えます」
「どういうことだ」
「戦争が起きれば、多くの避難民が出ます。彼らには、安全な居場所が必要です。星降り亭は、その受け皿になれます」
「受け皿……」
「そして、戦争が終われば、復興が始まります。その時、信頼できる宿泊施設があれば、経済の回復を支えることができます」
遼太郎は、真っ直ぐにアレクサンダーを見つめた。
「短期的にはリスクがあっても、長期的には必ずリターンがあります。私は、そう確信しています」
アレクサンダーは、しばらく黙っていた。
そして、微かに笑った。
「……お前、面白い奴だな」
「恐縮です」
「度胸がある。普通、王族の前でそこまで堂々と話せる奴はいない」
「失礼があれば、お許しください」
「いや、気に入った」
アレクサンダーは立ち上がった。
「投資を決めよう。銀貨二千枚。それで、足りるか」
「十分です。ありがとうございます」
遼太郎は、深く頭を下げた。
「ただし、条件がある」
「条件……でございますか」
「王都の支店には、王家の紋章を掲げてもらう。そして、王家の客を優先的に受け入れること」
「かしこまりました」
「それから……」
アレクサンダーは、セレスティアを見た。
「セレスティア。お前も、王都に残れ」
「え……」
「お前は、この国の王女だ。辺境で宿屋を手伝っている場合ではない」
「でも、兄上……」
「分かっている。お前が、あの宿を大切に思っていることは」
アレクサンダーの声が、わずかに柔らかくなった。
「だが、戦争が近い。お前の力が、必要になるかもしれない」
「私の力……」
「予言の巫女としての力だ」
セレスティアの顔が、曇った。
遼太郎は、二人のやり取りを見守っていた。
「……分かったわ、兄上」
セレスティアは、小さく頷いた。
「しばらく、王都に残るわ」
「セレスさん……」
遼太郎が声をかけようとしたが、セレスティアは首を振った。
「大丈夫。あなたは先に、宿に戻って」
「でも……」
「私は、ここでやるべきことがあるの。あなたは、宿を守って」
セレスティアの目には、決意が宿っていた。
「……分かりました」
遼太郎は頷いた。
「でも、必ず迎えに来ます。約束です」
「ええ、待ってるわ」
セレスティアは、微かに笑った。
翌日。
遼太郎は、一人で王都を後にした。
振り返ると、城壁の向こうに王宮が見えた。そこに、セレスティアがいる。
「待っていてください」
彼は呟いた。
「必ず、迎えに行きます」
そして、星降り亭への帰路についた。
数日後。
遼太郎は、星降り亭に戻ってきた。
「リョウ様! お帰りなさい!」
スタッフたちが、出迎えてくれた。
「ただいま。留守中、ありがとうございました」
「セレスティア様は……」
エミリアが、周囲を見回した。
「セレスさんは、王都に残りました。しばらく、戻れません」
「そうですか……」
スタッフたちの顔に、寂しさが浮かんだ。
「でも、大丈夫です。彼女は、やるべきことがあるから残ったんです。私たちは、この宿を守りながら、彼女の帰りを待ちましょう」
「はい!」
遼太郎は、宿を見上げた。
増築された新しい建物が、陽光を浴びて輝いている。
「さあ、仕事を再開しましょう。やることは、山ほどあります」
彼は歩き出した。
星降り亭の新しい章が、始まろうとしていた。
第二部「宿屋チェーン拡大編」、完。
第三部 王都激闘編




