第十九話 支店構想
査察から一週間後。
遼太郎は、具体的な計画を立て始めていた。
「王都への進出には、大きく分けて二つの方法があります」
彼は、セレスティアとゴブ爺を前に、説明を始めた。
「一つは、既存の宿を買収する方法。もう一つは、新しく宿を建てる方法です」
「買収と新築……」
「買収の方が、初期費用は抑えられます。しかし、既存の施設を改装する必要があるかもしれません」
「新築は……」
「新築なら、自分たちの理想の宿を作れます。しかし、費用と時間がかかります」
遼太郎は帳簿を開いた。
「現在の資金は、銀貨四百五十枚。増築に必要な費用は、銀貨五百枚」
「じゃあ、増築すら、まだできないのね」
「はい。しかし、王都への進出を考えるなら、もっと大きな資金が必要です」
「どれくらい?」
「最低でも、銀貨二千枚」
セレスティアの顔が、曇った。
「二千枚……そんな大金、どうやって……」
「私に、考えがあります」
遼太郎は言った。
「投資を募るのです」
「投資……?」
「この宿の将来性に賭けて、お金を出してくれる人を探します。そして、その見返りとして、利益の一部を還元する」
「でも、そんな人がいるかしら……」
「います」
遼太郎は、真っ直ぐにセレスティアを見つめた。
「セレスさん。あなたは、王族の血を引いています。そのコネクションを、使わせていただけませんか」
セレスティアは、息を呑んだ。
「私の……コネクション……」
「はい。王族や貴族の中には、事業に投資したいと考えている人がいるはずです。彼らに、この宿の可能性を伝えれば、資金を出してくれるかもしれません」
「でも、私は王位継承権を放棄したの。もう、王族としての立場は……」
「でも、人脈は残っているはずです」
遼太郎は言った。
「お願いします。この宿の未来のために、力を貸してください」
セレスティアは、長い沈黙の後、頷いた。
「……分かったわ。やってみる」
「ありがとうございます」
数日後。
セレスティアは、王都に手紙を送った。
宛先は、彼女の兄である第一王子と、かつての友人である公爵令嬢。どちらも、財力と影響力を持つ人物だ。
「返事が来るまで、しばらくかかるわね」
「分かっています。その間、私たちは準備を進めましょう」
遼太郎は言った。
「王都に行く前に、まずこの宿の増築を完了させます。ここが成功していることを示せば、投資家も安心して資金を出せるでしょう」
「なるほど……」
「増築の資金は、あと銀貨五十枚で揃います。今月中には、工事を始められるはずです」
「今月中……」
「はい。急ぎましょう」
増築工事が始まった。
村の大工たちが、宿の隣に新しい建物を建て始めた。客室が四部屋増え、食堂も拡張される予定だ。
「順調ですね」
遼太郎は、工事の進捗を確認しながら言った。
「ああ、問題なく進んでる」
トマスが答えた。彼は、今回の工事の監督も務めていた。
「あと二週間もあれば、完成するぞ」
「ありがとうございます」
工事が進む中、宿の運営も継続していた。
客は相変わらず多く、スタッフたちは忙しく働いている。しかし、その表情には、疲労よりも充実感が浮かんでいた。
「リョウ様」
エミリアが、遼太郎のところに来た。
「手紙が届きました。王都から」
「王都から……」
遼太郎は、手紙を受け取った。
差出人は、セレスティアの兄である第一王子だった。
手紙の内容を、セレスティアと一緒に確認した。
「兄上は……投資に前向きだわ」
セレスティアの声が、震えていた。
「本当ですか」
「ええ。『星降り亭の評判は、王都にも届いている。興味がある』と書いてあるわ」
「素晴らしい」
「でも、条件があるみたい」
「条件……」
「王都に来て、直接話を聞きたいって。事業計画の詳細を説明してほしいと」
遼太郎は頷いた。
「当然です。大きな投資を決める前に、直接会って確認したいのは当たり前のことです」
「じゃあ、王都に行くの……」
「はい。増築が完了したら、すぐに出発しましょう」
遼太郎は言った。
「この宿は、ゴブ爺さんとスタッフに任せます。大丈夫ですよね、ゴブ爺さん」
「もちろんでございます」
ゴブ爺が、力強く頷いた。
「リョウ様とお嬢様がお留守の間、この宿は私がお守りいたします」
「ありがとうございます。頼りにしています」
増築工事が完了したのは、予定通り二週間後だった。
新しい建物が、宿の隣に建っている。客室が四部屋増え、食堂も広くなった。
「完成です」
トマスが、誇らしげに言った。
「ありがとうございます。素晴らしい仕事です」
「いや、お前の設計が良かったんだ」
遼太郎は、新しい建物を見上げた。
「これで、より多くの客を受け入れられます」
「ああ。繁盛するといいな」
「はい。きっと繁盛します」
出発の朝。
遼太郎とセレスティアは、宿の前に立っていた。
スタッフ全員が、見送りに来ている。
「リョウ様、お気をつけて」
エミリアが言った。
「ありがとう。留守中、よろしくお願いします」
「はい! 頑張ります!」
「セレスティア様も、お元気で」
ソフィアが言った。
「ありがとう、ソフィア。あなたたちも、無理しないでね」
「お嬢様、ご武運を」
ゴブ爺が、深く頭を下げた。
「ゴブ爺、宿を頼んだわ」
「お任せください」
遼太郎は、スタッフたちを見回した。
「皆さん。私たちが戻るまで、この宿を守ってください。何かあれば、ゴブ爺さんに相談してください」
「はい!」
「では、行ってきます」
遼太郎とセレスティアは、草原の向こうへと歩き出した。
スタッフたちは、いつまでも手を振って見送っていた。




