貴方が羨ましい
貴方が羨ましい。
陽光の下、美しい翅を誇らしげに広げる、アゲハチョウの貴方が――。
洋館の窓に張り付いたヤママユガは、今日も窓ガラスを覗き込んで深い溜息を漏らす。
壁には大きな標本箱が飾られており、中には様々な種類の蝶が誇らしげに自慢の翅を広げている。
赤、青、黄色で描いたサイケデリックな幾何学模様。
どれも見る者の目を惹く、美しい翅ばかりだ。
人の子が虫取り網片手に夢中で追い掛け回し、部屋に飾りたくなる気持ちがよくわかる。
それに比べて、私はどうだろうか。
不気味な目玉模様の翅はカビのような粉が噴いて、まるでボロ雑巾のよう。
これでは忌み嫌われて当然だ。
おかげで日の下を飛ぶことは叶わず、こうして人目を避け、夜の闇に乗じてコソコソと生きているわけなのだが、それでも憧れは捨て切れないのだろう。
未練がましく街灯に群がる仲間たちを見ていると、ひどく惨めで、情けなくて、時々無性に泣きたくなる。
どうして私は醜い蛾に生まれてしまったのだろうか。
蝶も、蛾も、見た目に大差はない。
ただ、ほんのちょっと翅を閉じる向きを間違えただけ。
それだけのことなのに……。
窓の向こうで宝石のように扱われるアゲハチョウを恨めしげに見つめて、深い溜息を一つ漏らすと、ヤママユガは醜い翅をはばたかせて夜の闇へと消えたのだった。
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私は貴方が羨ましい。
月明かりの下、誰に追われることなく自由に飛び回ることができる、ヤママユガの貴方が――。
目前に迫った虫ピンの恐怖に怯えながら、アゲハチョウは思った。
どうして私は美しい蝶に生まれてしまったのだろう。
この翅がもっと地味な模様をしていたら、人の子に追われることはおろか、標本にされることもなかっただろう。
誰に命を脅かされることなく、穏やかに自分の生を謳歌できたはずなのだ。
――そうだ。
アオムシから羽化したあの日、翅を閉じる向きさえ間違えなければ……。
窓ガラス越しにこちらを覗き込む蛾を恨めしげに見つめて、深い溜息を一つ漏らすと、アゲハチョウは覚悟を決めるように目を閉じたのだった。
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程なく、子供部屋の戸が叩かれ、母親が少年を呼んだ。
「坊や、ご飯の支度が出来たわよ」
どこの家庭でもよく見る夕飯時の一コマだ。
少年は「はーい」とぞんざいに返事をすると、アゲハチョウの標本箱を机に放り、捨て台詞よろしく親への不満を一つ残して部屋を飛び出していく。
「あーあ、僕も他の子みたいにお金持ちの家に生まれていれば、夏休みにいろいろなところに連れて行って貰えて、もっと珍しいカブトムシやクワガタを標本に出来たのにな」




