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「私は君の眼にどう映りますかね」

知り合いからお題を頂き、それにそってショートストーリーを書くっていうもので書かせて頂いた作品です。

楽しんでいただけると幸いです。

「私は君の眼にどう映りますかね」


病室を去っていこうとする私の背にそのように問いかけられた。

声の主を振り返る。彼はなんの感情も宿さない凪いだ目で私を見つめていた。

痩せ細り骨の浮き出た体、落窪んだ眼窩のいつ命の灯火が消えてもおかしくない、ターミナルケアを受けている患者だ。

年若く見えるが、すでに三十の後半になる彼は私より年上で、私のことを君、または先生と呼んでいた。

「…今を懸命に生きている患者です」

私はどう答えていいのか迷い、絞り出すようにそれだけ応えた。

「…そうですね。私はなんとか「しがみついて」生きている。先生たちのお陰で、私は今日も生きることが出来た」

ありがとうございます、と力無く微笑む彼を見ているのが痛々しくて、私は会釈して病室を後にした。

私は彼の担当医ではない。けれど、時折こうやって彼の様子を伺っていた。

家族に遠ざけられ、恋人に見捨てられた彼を憐れんでいるからなのか…。一日一日を「しがみつく」ように生きる彼を見ていると何かしてあげたい、とお節介を焼きたくなっていた。

病気が進行する前、彼は絵を描くことを日課としていた。まだ自由に歩けるだけの体力があった頃は病院の周辺をスケッチして色鉛筆で塗っていた。私も何度もその絵を見ていた。

しかし、指に力が入らなくなり彼は大好きな絵を描くことができなくなった。それからすぐ、彼はターミナルケアに切り替わった。

日がな一日ベッドの上で窓の外を眺める彼を慰めるつもりだったのか、私は一日一回時間を作って彼の病室を訪れていた。

彼は私が来れば嬉しそうに目を細めてくれた。口下手で面白い話など出来ないのに、私は彼に話しかけた。彼も私の話を聞いて話の輪を広げてくれる。そんなやりとりが一ヶ月続いただろうか。

ある日、彼は私に頼みたいことがあると申し出てきた。

「絵を描きたいんだ。君が笑っている絵を」

「でも…もう指に力が入らないって…」

「ああ。だから手伝って欲しい。私の手を握って一緒に絵を描いて欲しいんだ」

とんでもないお願いだった。私は絵は全くの未経験だったし、美術の成績も芳しくなかった。それに彼の手を握って絵を描くなんて、そんな芸当が出来るとは思えない。

…私はしばらく考えて、それから彼の願いを叶えることにした。

「嬉しいな…君とこうして絵が描けるなんて…」

彼は感慨深く私に筆を握らされながら絵を描いていた。絶妙な筆遣いなんて出来ない。自分の絵を自分が手伝わされて描くだなんて小っ恥ずかしい。でも、彼の願いだからと私は彼の指示に従って彼の手ごと筆を紙面に滑らせる。

完成した絵は、とても人に見せられる出来ではなかった。バランスが悪くなんだか不格好で私は申し訳ない気持ちが一杯になり彼に謝った。すると、彼は首を振って出来上がった絵を愛おしそうに眺める。

「いいんだ。また絵を描くことが出来た。今日、私がしがみつくことが出来た証を残せてとても満足しているんだよ」

彼は満たされた顔で笑った。私が病室を去ったあとも彼はその絵を眺めていたのだろう。

翌日、彼を看取った看護師から彼が大事そうにあの不格好な絵を持っていた話を聞かされた。

「残りましたよ、貴方がしがみついて生きた証」


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