過充電で満たされない心
こちらはわたしが適当に思いついた文章の羅列(題名)にストーリーを付けたらこんな感じかな、という作品になっています。
短編です。楽しんで貰えると嬉しいです。
亡き父の秘密の書斎でマキは水槽に一人ぼっちで飼われていた美しい人魚・イナミと出会う。
イナミを海に返そうとするマキとマキの傍にいたがるイナミ。
なんとかイナミを説得し、海に帰すことが出来た。
それから三年後の二人の話。
「いつか会いに来てね、約束だよ」
悲しみを堪えるような微笑みを浮かべて、イナミは海の中へ去っていった。
マキが印象的に覚えている、イナミとの別れの思い出だ。
イナミはマキの父が秘密で飼っていたオスの人魚だった。
マキの父は有名な大企業の社長、母は医者として働くキャリアウーマン。いわゆる仕事人間である二人の間に生まれたマキは幼い頃から一人ぼっちだった。
家は裕福で食べるものも着るものも十分にあった、たまに家政婦さんが家を掃除したり、料理を作ってくれていた。でも一緒にいてほしい家族はいつもいなかった。
マキの誕生日の日だって家族三人が全員揃うことは無い。父母が片方不在にしていることは日常茶飯事だったし、なんなら10歳の誕生日を迎えた日、両親は共に仕事で家に帰ってこなかった。
マキは大人しく、自己主張の少ない子供だった。寂しくても、両親に寂しいと言ったことは一度もなかった。だからマキの両親は安心してしまったのだろう。この子は、自分たちがいなくても大丈夫なのだと。
マキはずっと一人だった。愛情はかけてもらった。それでもどこかで満たされない心があった。
昔からスキンシップや会話が苦手なこともあって、マキは友達にも家族にも、甘えられないまま大人になった。
マキが18歳の時、父が亡くなった。遺言を残していた父は、マキに書斎を明け渡すとそれだけを言ってこの世を去った。
母もマキも家政婦も滅多に近寄らない、父が立ち入りを禁じていた書斎。そこに足を踏み入れると、大きな水槽とその中で眠る美しいオスの人魚と出会った。それがイナミだった。
どういう経緯で父が人魚を手に入れたか不明だし、イナミに尋ねてみても話したがらなかった。
そもそもおとぎ話でしか読んだことの無い架空の存在がいたことにマキは驚いていた。
それからマキはイナミを元の海に帰すために奔走した。
まず、イナミがどこの海の出身なのかとか、海に帰っても生活できるのかとか、懸念の種は増えていくばかりであった。
イナミのことは母にしか話さなかった。万が一、水族館とか研究所とかに連れていかれ、解剖とか実験とかその他恐ろしいことをされたら…と考えたからだ。念には念を。父から託されたイナミを無事に海へ帰すのが自分の役目だ、とマキは決意を抱いていた。
だが、マキの決意とは裏腹にイナミはマキから離れたがらなかった。
出来るだけ書斎にいて欲しいと頼んできたし、出身の海の話も自分を海へ帰すためだと知った時から口数が極端に減った。
それでも一年を経て、マキはイナミの出自の海を探し当て、その海に近い海岸へイナミを連れていくことが出来た。
海へ帰ることを渋っていたイナミが最後に言ったのが「また会いに来て」だった。
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あれから三年。マキは父の残した企業で平社員として働いていた。社長には父が生前信用していた人物が就任し、企業は厳しい競争社会を生き残っていた。平社員として働き、事業内容を覚えること。社長の勧めを聞いて、マキも納得した上でコネなど使わず立派に仕事へ就いていた。
そして、一ヶ月後に同じチームの先輩社員と結婚することが決まっていた。
結婚式は親族だけを招いた小さな式にする予定だ。彼もそのことを了承している。
忙しい毎日を送っている時、ふとイナミとの約束を思い出した。
イナミは約束を覚えているだろうか。もう人間の前には現れないのではないだろうか。様々な不安が頭をよぎった。悩んだ末、マキはイナミを見送った海岸にほど近い浜辺を訪れた。
電車を乗り継ぎ、浜辺に着いたのは夕暮れ時だった。
水平線へ沈んでいくオレンジ色の太陽を見、マキはイナミの姿を探す。
いや、約束とはいっても…いつにまた会おう、などと明確な日付も時間も設定していない。
イナミに会うことは出来ないだろう。諦めて帰ろうとした時だ。
「マキ…?」
懐かしい声に名を呼ばれた。振り返れば、浅瀬にほど近い場所にイナミの姿があった。
「やっと…来てくれたんだ」
眉尻を下げ、懐かしむように彼は呟いた。マキも懐かしさを感じて、靴が濡れるのも構わず海の中へ入った。イナミもギリギリまで近寄って二人は向かい合うように見つめあった。
「久しぶり、イナミ」
「久しぶり、マキ。会いたかった。もう一生会えないかと思った」
目の端にうっすらと涙を浮かべるイナミに大袈裟なと笑みをこぼすマキ。
「キミと別れてから、毎日この浜辺に通っていたんだよ」
「毎日?…待たせてごめん」
「うん…すごく待ったよ。でも、もういいんだ。キミにもう一回会えたから。これでキミを攫える」
え?と問い返す前にイナミに強い力で手を引かれ、そのままマキの体は海へ引きずり込まれた。
水しぶきが上がり、その音が徐々に遠くなり、息が出来ないことを知る。
慌てて水面に上がろうとするマキの手を制して、イナミがマキの体を抱えて海の深い場所へ沈み込んでいく。
「びっくりした?大丈夫だよ。殺したりなんてしないから。ただ、僕の傍にいて欲しいだけなんだ。キミに見つけられたあの日、僕はキミに恋をした。そして思ったんだ。この子を僕の花嫁にしようって」
徐々に水面が遠ざかり、辺りの水の色が暗い色へ変わっていく。水圧と息苦しさで、マキはイナミの体に縋り付き、助けを求めた。しかし、水の中ではマキの声は届かない。
イナミは縋り付くマキの姿に恍惚な表情を浮かべた
「嬉しい、キミから僕を求めてくれるなんて。…やっと捕まえられた。やっと僕のものにできる。これ以上幸せなことは無いよ」
それからイナミは語った。自分が人魚の国の王子であること。マキを人魚として作り替えて、共に海の底で生活しようと準備していたこと。
「他の男を好きになるなんて許せないよ。マキは僕のものだ。陸になんてもう帰してあげない。いつまでも僕と一緒に溺れ続けていて」
イナミにキスをされ、息が続かずマキはそこで意識を手放した。




