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ドラゴンの庭

金のドラゴン

作者: 笹月美鶴

 この世界はドラゴンの庭ほどしかない。

 はるかな山々、広大な草原、巨大な街。

 そのどれもがドラゴンの庭に散らばったおもちゃたち。

 世界は、ドラゴンの庭なのだ。


 これはここではない、どこかの世界に伝わる、ドラゴンのお伽噺。

 深い森に囲まれた岩山に、金のドラゴンが住んでおりました。


 森に住まう里の民は金のドラゴンを神とあがめて奉り、ことあるごとに美しい舞いで金のドラゴンをたたえ、樽いっぱいのお酒を金のドラゴンにふるまいました。


 金のドラゴンは、自分を崇める人間たちを愛しておりました。

 友であり、子供のように思っておりました。


 宴も終わりにさしかかり、人間たちが金のドラゴンの前に並びます。

 金のドラゴンは人間のひとりひとりをそっと、ぺろりと舐めました。


 舐められた人間は、活力があふれます。

 具合が悪かったものも、とっても元気になりました。


 金のドラゴンはときおりはがれ落ちる鱗をこころよく人間たちにあげました。

 ドラゴンの鱗は丈夫な鎧の材料としてすばらしい素材です。

 ドラゴンの鱗でできた鎧や武器を身にまとった戦士たちは誰にも負けることがありません。


 けれど少しだけ、残念に思っていました。

 金のドラゴンの金色の鱗はあんなにも美しいのに、剥がれ落ちた鱗は黒く、カサカサと乾燥した古木のようになってしまうからです。


 乾燥した古木のような鱗でできた鎧は強く、丈夫です。

 でも、あの美しい金色のまま鎧を作れたなら、どんなに素晴らしいことでしょう。



 ある日、金のドラゴンが岩を踏み外し、鱗の薄い、柔らかな足を傷つけてしまいました。

 足から血が流れ、金のドラゴンは痛そうな顔をしますが、すぐに何もなかったかのように寝床に戻ります。


 それを見ていた男が金のドラゴンの怪我を案じて後を追おうとして、ふと地面を見ると、血に濡れた鱗を見つけました。


 血に濡れたその鱗は金のドラゴンが落としたものに違いありません。

 そして、カサカサと乾燥した古木のようになってなどいない、美しい、金の鱗でした。


 男は鱗を持ち帰り、じっと観察します。

 血のついていない端のほうは黒く変色していますが、血の付いたところは金色のままです。


 少しだけ、鱗についた血を拭いてみました。

 拭いたところがすっと黒くなります。


 二日目、また少し、鱗についた血を拭いてみます。

 やはり鱗は黒くなりましたが、黒くなるのに少し時間がかかりました。


 三日目、また少し拭いてみます。

 もう、鱗が変色することはありませんでした。

 美しい、金色です。


 男はその鱗で鎧を作ります。

 小さな鱗だったので胸当てしかできませんでしたが、それはそれは美しい鎧が出来上がりました。


 軽くて、丈夫なドラゴンの鎧。

 それが金色に輝いていたなら、どれほどの価値を持つでしょう。



 満月の夜、華やかな宴が催されました。

 金のドラゴンにいつもの樽に入ったお酒が振舞われます。

 しかも、今日は樽が八つもありました。

 ふわふわ。ふわふわ。

 お酒で、金のドラゴンの気分はとってもふわふわです。

 ふわふわしたまま、金のドラゴンは眠りに落ちました。


 突然の、痛み。


 いままで経験したことのない痛みで金のドラゴンは目覚めます。

 そして、体が動かないことに気付きます。


 金のドラゴンの手、足、首、しっぽに幾重にも縄が巻かれ、四方の岩や木にくくりつけられています。

 縄から逃れようと暴れますが、体がしびれて力がはいりません。

 酒に、しびれ薬が入っていたのです。


 人間たちが金のドラゴンを取り囲み、鱗の隙間を狙って次々と槍を刺しました。

 吹き出した血を鱗にていねいに塗っていきます。

 金のドラゴンはあっというまに頭から尻尾の先まで真っ赤に染まりました。


 それから三日。

 全身に塗られた血が乾いてカサカサになったころ、刃物を持った人間が金のドラゴンを取り囲みます。


 三日目だ。

 三日たった。

 さあ、皮を剥げ! 肉を削げ!

 美しい黄金の鱗を剥ぎとれ!


 欲に溺れた人間は、神をも殺す、醜い獣。


 そのとき、森から咆哮が聞こえました。

 それを合図に、岩山に駆けのぼって来たたくさんの獣が人間を襲います。

 うさぎやネズミが列をなして、金のドラゴンを縛っている縄をかじって断ち切りました。


 自由になった金のドラゴンをうさぎたちが先導し、森の奥に逃がします。

 着いたところは沼でした。

 深い深い森のさらに奥の、人の立ち入らぬ暗い沼。


 うさぎたちにうながされ、金のドラゴンが沼に入ります。

 沼の泥は思いのほかなめらかで、やさしく体を包み、傷の痛みをやわらげてくれました。


 サルたちがていねいに、金のドラゴンの全身に泥を塗ります。

 泥で覆われた金のドラゴンは、黒いドラゴンに変わります。


 獣の襲撃から逃れた里の民は逃げた金のドラゴンをさがしますが、見つけることはできませんでした。

 そのうち人はばたばたと倒れ、謎の病にかかり、どんどん死んでいきました。


 この森には、恐ろしい風土病があったのです。

 その病は金のドラゴンの体液で、舐めてもらうことで、中和されていたのです。


 森の動物たちも怪我や病気になったとき、金のドラゴンにやさしく舐めてもらいました。

 金のドラゴンが自分たちを癒してくれていることを、ちゃあんと知っていました。

 森の動物たちはみな、金のドラゴンを愛していたのです。



 深い深い森の奥に、大きな沼がありました。

 その沼には一匹の黒いドラゴンが住んでおりました。

 けれど暗い沼に一筋の光が差し込む時、黒いドラゴンが金色に輝くのを、森の獣だけが知っています。

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