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第三話 駆け引きは恋のスパイス




 北川さんという人は不思議な人だ。


 そのモジャモジャ髪が眼鏡にかかるほどには容姿に気を遣えていないし、その所為で目元が影になっている。そしてそんな社会人としてあるまじき風采が何故か周囲から許容されている謎。また、その表情はそのよく動く口元で判別される。よく見れば高級ブランドの腕時計を着けており、服は小綺麗にしているものの、大概ノーブランドの()()()()を履いている。


 全体的にアンバランスなのだ。これまで気が付かなかったが、佐藤エマのような肌の白さは生まれつき? それとも生粋のインドア派?


「お疲れ様」

 わざわざ別フロアに来てまで私に言うことはそれだけか。なわけがない。ついでは私の方だった。北川さんは私の言葉を待たず、直ぐに私から離れていった。


「三浦。お待たせ」

 北川さんは三浦君を容易く佐藤エマから切り離し、そのまま三浦さんと二人でミーティングルームに入っていった。北川さんは三浦君より細く見えるが、並んでいると背格好は同じぐらい。だが頭がモジャモジャしている分は低いはず。

 佐藤エマは獲物を失ってさっさとフロアから出て行った。

 私は佐藤エマと三浦君が何を話していたのかが気になった。

 見合いはしているが、三浦君を諦めたわけではないのだ。

 


 私用の携帯電話が震えたので見ると、母からだった。

 見合い継続の連絡だった。嘘だろ。私は唖然。先日の別れ際にモニョモニョモニャモニャしていたあの人。正規ルートで私にアポを取ってくるなんてビックリだ。断れないじゃないか。私でいいわけ、ないくせに。

 私はガラス張りの向こうのミーティングルームにいる北川さんと三浦君を見やった。


 結婚は母の望みだ。母と叔母は交互に私の見合い話を持ってくる。二人とも私の結婚に熱心だ。その気持ちに応えてやりたいのは山々だがしかし。

 

 私は三浦君に恋をしていた。が、三浦君と結婚となると違うような気がした。

 だって彼は私とまともに話そうとしないのだから。


「どしましたかぁ、田中さん。休憩終わりましたんで、この処理速攻でお願いしまぁす。集中してくださいねぇ。また山本さんから怒られますよォ」

 斜め前の席に座る清水君から差し出された書類を受け取りながら嘆息が出た。

 どいつもこいつも。

 


 *



「田中。おまえもしかして、内勤より外勤が向いてるんじゃないか?」


 唐突に求められて顧客先への挨拶回りについて行った帰りだった。部長の木村さんが機嫌良さそうに私に向かってそう言った。私は咄嗟の反応が出来なかった。

 外勤になれば総合職になる。それでは転勤に残業に、仕事から逃れられなくなって母の望む結婚から遠ざかってしまう。私は今の状態に甘んじていた。木村さんには全部見透かされていたかも知れない。


「今日は先方の機嫌が良かったよ。おまえが話を広げてくれたからだな」

 木村さんは仁王像のような顔をして、優しくて褒め上手。女に甘いところがある。

「もう直ぐ三年目か? よくそこまで詰め込んだな」

「私なんか全然です」

「いや出来ると思うよ、俺は」

 煽てられてるわ。

 

 その後の社内会議で、部全体に向かって木村さんが話してしまった。人事の話は木村さんが決める話ではないのに決定事項のように。外堀を埋められた気がした。

 会議終わり、そっと三浦君を見ると、隣の席の清水君と楽しそうに話していた。

 


 *



 それは五年ぶりの新年会だった、と聞いている。

 私は転職組なのでその有り難みがよく分からなかった。

 帰りの混乱は必死だった。良い大人が酒に呑まれて会場外のそこかしこで死屍累々の有り様だった。


 そしてその翌朝、いつもより気怠げな雰囲気漂う出社時間にて。


 ――昨日は有難う。田中さんのおかげで楽しかった!

 新年会で隣りの席だった法務部の山下さんから声をかけられた。

 ――私もです。昨日は山下さんとお話し出来て楽しかったです。有り難うございました。

 会釈をしながら、後方のざわつきを感じて顔を上げる。


 ふと見やって、私はその光景に目を疑った。

 人違いかと思った。目を擦った。

 三浦君が女の肩を抱きながら歩いていた。


 は?


 彼は女嫌いで通っていた。だから攻めあぐねていた。何故女性との関わりを厭うのか。無駄話を疎んじられて私生活の話はほぼ出来なかったので、事情は分からずじまいだった。


 今、彼は私でない女をその片腕に大事そうに抱きかかえ、その女に向かって何をか囁きかけて楽しそうに笑っている。女の方は顔を真っ赤にして戸惑っているが、これまた実に嬉しそうだ……。


 それこそがざわつきの根源だった。


 三浦君が私にそんな微笑みをくれた事など未だ嘗て一度もない。私どころか社内では女全般にだ。

 

 ――田中さん、聞いてる?


 よりによってその相手がだ! 総務部の鉄の女、槇薫(まきかおる)。いつもカラスのような真っ黒な格好をして陰鬱そうにしているのに、おいこら何だその緩み切った顔は! 雨が降ろうが槍が降ろうが相手が取締役だろうがヤカラだろうが全く動じないでお馴染みの、だったろうが! 黒子のような姿をしておいて急に主役に躍り出るなんて狡過ぎる! 何処から湧いて来た。今直ぐその場所を明け渡せ! 昨日の新年会で二人に一体何があった!?

 

 脳内を罵詈雑言が支配してどうにもこうにも気持ちの整理が追いつかない。


 ――田中さん?

 

 これが私の失恋だった。

 

 ――田中さん? 


 私だってもう少し頑張れば――。私の頭を占めたのはそんな後悔。

 いや、私だって手をこまねいていた訳ではない。しかし私では彼の笑顔は引き出せなかった。あの女なら良いのか!? 若さか!?


 ――おおい、田中さん。どうしたの?

 ――あ。すみません、山下さん。何でしたっけ。

 ――だから、今度二人で食事しようって。

 ――ですから私、お付き合いしてる人がいるんですけど。


 私の胸ばかり見ている山下さんを前にしては、急激に激昂が冷めてきた。

 その時は何となく、私をクラゲ呼ばわりした春田さんとの見合いが継続されていた。断られず断りもせずの曖昧な関係ではあった。でも山下さんは無い。

 山下さんとは新年会の席でも同じやり取りをしている。付き合っている人がいると春田さんの事を思って答えたものの恋人関係かと言われるとそうではないので、訊ねられた時に迷ってしまったのは良くなかったかも知れないが、とにかく山下さんは既婚者。


 ――男と二人で食事するだけでも彼は怒る? そんな了見の狭い奴?

 ――……山下さんの奥様は怒るんじゃありませんか。

 ――僕の方は問題ないよ。


 山下さんはそう言うが、ありまくりだと私は思う。下心が垣間見えて全然駄目。


 一度は現実を直視した。男運の無さにも。しかし、諦めてなるものか……。




 時に、二月のバレンタインデーは近年流れ作業的に済ませていた。


 が、今年こそはと勇気を出して三浦君に声をかけた。 


 ――相談したい事があるんだけど、夜は空いてる?


 そしてにべもなく断られるという、虚しい思い出をバレンタインデーに貼り付けて当日は呆気なく終了。


 そんなバレンタインデー翌日、春田さんから連絡があった。

 春田さんという人は、見合いの最中に電話し通しだったり、水族館デートの誘いは前日だったりとだいぶ忙しない人だ。

 そのメールには回りくどくモニャモニャ書かれていたが、つまりは私からチョコが欲しかったらしい。今はカッコ付きの恋人同士、当日にガン無視して申し訳ない事をしたと電話をかけたのはバレンタインデー翌々日。


「今日外出する予定があるので、ついでに会社に届けに行きますね。受付の方にお渡しすれば良いですか?」

「え……」

「それよりも宅配でご自宅にお届けした方が良いですか?」

「いやあ……」

「お忙しいって仰ってましたよね。私も今週はお会い出来ないんです」

「……えぇえ?」

 我ながら酷い対応だ。これでドン引くか、と思いきや。

「僕は雪乃さんに会いたいだけです。一昨日、どうしたかなと思って。チョコは次に会うときにください。ね」

 私のペースに合わせて来た。

 ここにも変わった人がいる。私のような年増より若い子の方が良いんじゃないだろうか?

 珍しく見合いが続いている。もういい加減打ち止めにしたい。と思いつつ、年上男になんだかんだと優しくされて絆されている。

「はい」

 そう言うしかないじゃないか。



 後日、春田さんとの食事デートは私を会社に迎えに来てくれるところから始まった。

 連れて行かれた先はピアノの生演奏付きのレストラン。美しい前菜からのフルコース。

 クラゲの失言以来、春田さんの言葉選びは完璧で私を褒める事ばかり言う。


 別れ際にチョコレートの入った紙袋を手渡すと、とても喜んでくれた。バレンタイン当日も初めからこの人を誘えば良かったと後悔した。

 それを何処か他人事のように思いながら私は北川さんを思い出していた。



 続きます。

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