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そして、息を呑んだ。
それは彼だった。奴隷だった頃よりも、よっぽど上等な服を身に纏っているが、朝日に照らされた雪のような銀色の髪も、蜂蜜のようにトロリと溶けてしまいそうな瞳も、間違いなく彼のモノだった。
「なにか用かしら? お父様を殺した恩知らずが!」
ありがとう、お父様を殺してくれて。
「私を早く助けなさいよ、愚図!」
早く、私を処刑して?
「あんたを私のお気に入りにしたのが間違いだったわ!」
今日この日まで、ずっと生きていてくれてありがとう。守らせてくれて、ありがとう。
『悪逆な王女』として振る舞いながらも、私は自分の瞳が潤むのが分かった。
彼の格好、そして重臣たちの様子から、きっと彼は王子だ。第一王子ユベールだ。
そういうことか、と私は安堵の息を漏らす。
戴冠式の日に、新たな時代の幕開けの日に、きっと第一王子を奴隷にしていた私は処刑されるのだろう。
暗い時代の象徴として。
その日が来るまでに、やりたいことは沢山ある。使用人として息を殺しながら、死ぬ日までにやりたいことは全部やろう。
例えば貴方の唇と私の唇を重ねる、とか。
◇◇◇
彼に手を引かれ、私は庭園に行くことになった。
雪が降りしきっている。この国は秋が終わればすぐ雪が振り始め、春の始まりを告げるように消えていく。
そういえば、一昨年の雪は大変だったなとぼんやり考えた。この国は基本的に冬を越せるように作物などが育てられているが、一昨年は思っていたよりも早く冬が訪れたのと、夏の間は日照りが続いたせいで、民が十分な食料を蓄える前に、国が雪に包まれ農業ができなくなってしまったのだ。
まあ、王女である私は沢山の食料が税として納められていたから困ることなんてなかったが。
意識を飛ばしていた私は、私の手を恭しく握る彼の手の異常さにようやく気づき、慌てて手を振り払った。
もう使用人の私がその手に触れるなんて間違っている。
「汚い手で私に触れないで頂戴」
「分かりました」
私は、こちらをまっすぐに見つめる彼を見据える。
「あら、まだ敬語を使うの? もう私は、お前よりも下の身分となったのに」
「……いいえ、違います。貴女は、たとえ『使用人』になっても、変わらずこの国の王女です」
「まあ、私を奴隷のような身分にしておいて、まだそのようなことを言うの? 馬鹿にするのも大概にしなさい!」
私の頬に、彼の手が触れた。それは今までの関係ならば許されなかった触れ合いで、私の心臓がドキリと高鳴る。
「貴女が望むなら、俺はあのまま奴隷でも構わなかったんですよ」
嘘おっしゃいな。だって貴方、魔力が底をついていても決して、ピアスへの隠匿魔法をやめなかった。だから、奴隷商人に売られている時も、ピアスをつけていられた。
貴方よりも魔力の高い私には全部お見通しだったけど。
つまり、ずっと連絡を取る手段を探していたんでしょう?
ずっと、この国の悪が裁かれるのを望んでいたんでしょう?
だったらどうして、そんな風に顔をしかめているの?
私の頬から、彼が手を離した。熱が離れて、冷たい風によって私の頬から熱が引いてく。
ポロリと、私の頬に一滴の涙が転がった。コロコロ転がるそれは、私の顎から滴ると、真っ白な雪にまぎれていった。
「ヴィヴィアンヌ様、俺は来年の春にカサハイン国の王になります」
「あら、奴隷だったお前が王になるなんて」
彼が治めるなら、きっと良い国になるだろう。そして、彼の父親が隠居する時に隣国の王ともなり、大国を統べる者と彼はなる。
私は安堵した。この国が、長く繋がっていくことに。
「貴女が愛したこの国の、王になります」
「……この国を愛したことなんて、一度もないわ」
ただ、一人でも多く生き残ってほしい、それだけだった。
その為ならこんな国、滅んだって構わなかった。




