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 ある者は飢えで死んだ。病を患ったからと地下牢に閉じ込められ、食べ物を与えられず飢えで死んだ。

 私は王女だからと牢屋に近づくことすら許されず、私が幼い頃から仕えてくれているメイドに彼の話をねだったら教えてくれ、訃報を知った。


 ある者は自殺した。ふっと目を離した瞬間、一枚の紙を残し王城から飛び降りた。彼女は前日、子供を流産していたらしい。

 彼女の腹は薄く、私は彼女が妊娠していたことも、子供を身ごもってすぐ奴隷になったことも、彼女の死後知った。これも、メイドに何度もねだり続け、ようやく教えてもらった。


 ある者は最初の彼と同じ、闘技場で死んだ。手の平に豆の一つもなかった彼は、剣を握ったがどうすればいいか分からなそうにしていて、逃げる間もなく魔物に殺された。

 その試合は、私の目でちゃんと見た。


 それから、他にも色んな奴隷が死んで、死んで、死んで――

 彼だけが、生き残った。その頃十六歳になっていた私は、この世の辛さを遅ればせながら理解した。

 そして、甘い生クリームのようでは、誰も守れないのだと分かった。

 だから私は悪辣に、残酷に振る舞い彼を生かした。

 私のお気に入りにすれば、汚れてない服を贈れた。

 私の残飯であれば、彼に与えることも許された。

 首輪を彼につければ、奴隷だからと王国騎士団の奴らに彼が暴力を振るわれることもなくなった。

 王女のお気に入りだからと、闘技場で闘わされる彼の為に良い剣を与えることが出来た。

 私が我儘で癇癪を起こせば、彼を私の側に置けた。


 他のメイドたちは、悪意なく悪を振りまく王女ではなく、純然なる悪の華となった私に畏怖の感情を示したが、いつも私の側にいたメイドだけは、親が子を見守るように目を細め私に頷いてみせてくれた。

 その仕草一つで、私は自分が少しだけ許された気がした。





「王女様。勝利を貴方に」


 いけない、と私の意識が浮上した。最近少しぼんやりするだけで、彼らを思い出してしまう。

 心臓がキリキリと悲鳴を上げるから、よした方が良いと分かっているのに。つい意識はそちらへ向かってしまう。

 

 私は、肩を上下させながらも跪き、いつも通り剣を捧げる彼に微笑みかけた。お父様似で愛らしさとは無縁の私だが、今日くらいはなんのてらいもなく笑っても許される筈だから。


 だって今日は、歴史に名を残す良い日になる。


 彼を買った時から右耳で輝いていた小さな小さなピアス。それが魔力を原動力とする通信機だということに気がついたのは、いつだったか。

 でも中身に原動力となる魔力は入っていなくて。だから私は、彼の耳たぶを引っ張り遊ぶフリをして毎日少しずつ魔力を注いだ。魔力の受け渡しは密着している面積が小さい程難しく、指先という小さな面積から注げる魔力は微量だから、毎日毎日欠かすことなく私は彼の耳たぶを弄んだ。

 それが、今日はごっそりいなくなっている。つまり彼は連絡を取ったのだろう。

 自分を助けられる人物に。この国を攻め落とせる人物に。


 それはとても良いことだ。


 彼の捧げる剣を、今日も受け取ろうとした時。慌てたような声が闘技場に響いた。


「隣国の兵が、我が国に攻め入っています!」


 大きな声だった。お父様も、私も気が取られた。


 その瞬間、私が今さっきまで触れていた剣の冷たい感触は離れ。代わりに隣から鮮血が飛んできた。

 彼が、カサハイン国の王である父の首を斬っていた。用心深い父だが、四年間一度も自分に牙を向くことがなかった彼に油断していたのだろう。


 首を斬られ、地面に転がるお父様の頭を見て、私は思わず口を覆う。

 闘技場で、いくつもの死体を見た。今更血にビビるような乙女の私ではない。


 ならなぜ口を覆ったか? 

 ……だって、油断をすると口元がニヤついているのが誰かにバレてしまいそうだったのだ。

 ようやく、この国は終わるのだという、歓喜の笑みが。



 赤い鮮血を滴らせる彼に称賛の念を送りながら、「ああ」と私は大事なことを思い出した。彼に微笑みながら囁く。


「悪いのは、一部の貴族と私たち王族だけよ。だからどうか、無駄な殺生はよしてね」


 私の言葉に彼が微かに目を見開いてから、いつものように「貴女の御心のままに」と頷いた。

 あら、そういうの金輪際やめた方が良いわよ? だって貴方が私に跪く時代は、今この瞬間に終わったのだから。



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