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逆転のおまじない! めがねっコは、アイツのお願いに弱いのです

前半/女子視点【とまどい女子・詩織 編】、後半/男子視点【うろたえ男子・世良 編】の2部構成でお届けします!

【とまどい女子・詩織 編】




(わたし―――――だまされてる!?)




 歓声に包まれる市営体育館の観覧席で、詩織はむぐぐと下唇を嚙み締めた。


(いやいや、世良(せら)くんに限って、そんな性格の悪いことするとは思えないんだけど。けどよ!? けど、それにしてもおかしくない!?)


 頭の中では幾つもの「?」がぐるぐると渦を巻いて、詩織をプチパニックにする。せっかく見に来た試合にも集中できずにいる。


(恥ずかしかったけど、勇気を振り絞って来たんだよ! なのに、なんてことしてくれたのよぉぉ!!)


 一進一退の接戦を繰り広げる男子バスケの地区大会で、何度も歓声が沸き起こる。そんな中、詩織の頭の中は混乱を極めた叫びに占められて、観戦どころではない状態だ。


 絶賛、詩織を混乱の渦に落とした張本人は、彼女の眼下のコートに居る。余裕のなさに顔を強張らせ、懸命に相手の隙を狙い、動きの先を読んで駆ける――世良だった。



◇◇◇



 折に触れ、ぽつりぽつりと言葉を交わす仲の世良は、詩織のクラスメイトだ。中学の1、2年で同じクラスだった時は、ほとんど話すことも無い間柄だった。それが高校へ進学して、再び同じクラスになった。顔見知りの少ない環境で、言葉を交わすようになったのは自然の流れだった。


「今度の日曜の試合、スタメンで出られるんだ」

「すごい! よかったね」


 教室で交わした会話は、いつも通りそんな一言だけだった。来てほしいと言われたわけでもなければ、応援に行くねなどと約束したわけでもない。


 カレカノなどでは勿論なく、友人と言えるのかも怪しい、ぽつりぽつりと言葉を交わすだけの関係だ。


 だから、詩織が彼の出場する地区大会を――彼の晴れ舞台を見たい、と思ったところで、特別な意味などなく、勝手な自己満足に過ぎない。そう思ったから、友達を誘うこともしなかった。変に勘繰られて、からかわれるのが嫌だったというのもある。


 だから、詩織は二の足を踏もうとする気持ちを奮い立たせ、ひとりっきりでやって来たのだ。



◇◇◇



 詩織が会場であるスポーツセンターの体育館へやって来た時、世良を含めた自校のバスケ部員たちも乗り付けたマイクロバスから降りて来るところだった。


 眼鏡を掛けていても、部員の顔は解るかどうかの距離だ。けれど、大きく学校名と校章の入ったバスは見間違いようがない。


(もしかしたら、世良くんを見付けられるかな)


 あまり近付くのも親し気過ぎて、とんだ勘違い女認定される恐れもある。そんな思いから、遠く離れたその場に留まり、じっと目を凝らして降車する面々を観察する。


 だが、全員が揃いのジャージで固まる中、個人を見分ける難易度は高い。諦めかけたその時、何となく見慣れた背格好のひとりが、こちらに顔を向けた気がした。


(わわっ、世良くんが気付いてくれた!? ――って、えぇっ!?)


 こちらに顔を向けた世良に、微かに心臓が跳ねた詩織だったが、彼がこちらに駆け寄って来てしまったから、心臓は、最早うさぎのタップダンス並にバクバク踊る。


「来てくれたんだ!」


 世良が告げたのか、詩織の内心が漏れたのか分からない声が2人の間で弾む。


 しっかりと顔の見える距離までやって来てくれた世良に、詩織は何か言葉を掛けようと、小さく唇を開け閉めするが、肝心の声は出てこない。そもそも、詩織は自分がどんな思いでこの場にやって来たのかすら、整理できていないのだから、想いを言葉にするなど無理だった。なんとなく視線を逸らし、俯き加減になっているのは世良も同じ様だった。


 小さな空白が2人の間に落ちる。


 詩織は、空気を読まずに下がってしまった眼鏡中央のブリッジを、不器用に摘まんで引き上げる。


 全員がバスから降り切ったのか、世良を呼ぶ声が聞こえる。時間切れだ。あまりに短く、何を話すことも出来なかった時間は、嬉しくもあり、切なくもあった。


 ちらちら背後を振り返る世良は、急かされたのが後押しになったのか、大きく息を吸うと真っ直ぐに詩織に向き合った。



「あのさ、俺、もう行くけど……ひとつだけ、お願いしても良いかな」




◇◇◇




【うろたえ男子・世良 編】




(まずい―――――めっちゃ凄い破壊力なんだけど!?)




 逆転に次ぐ逆転で、先の見えない試合に、会場のヴォルテージが上がり、反比例して選手らは疲労が蓄積し、神経がキリキリと絞られる極限状態の中――


 コートに立つ世良は、むぐぐと下唇を嚙み締めた。


(やって、って頼んだのは確かに俺だよ? けどホントにやってくれるとは思わなかったし。なんなら効果も、ダチから聞いた出所不詳の半信半疑モノだったし?)


 頭の中では幾つもの「?」が飛び跳ねる勢いで噴出して、世良をプチパニックにする。切羽詰まった試合なのに、注意を削がれそうになっている。


(恥ずかしがりながら、やってくれるなんて! って云うか、照れまくってるのが丸分かりなのが可愛すぎんだけどぉぉ!!)


 自分の願いを聞き入れて、実行してくれた詩織の姿。それを観客席に見付けた世良は、張り詰めすぎて凝り固まっていた緊張感が、砕け散ってキラキラエフェクトに変化し、彼女を彩る錯覚を見て目を瞬かせた。


「世良!」


 だが、気が逸れたのも一瞬。すぐにチームメイトの呼ぶ声に反応し、身体は反射的に動き出す。


「おう!」

「そっちだ!」

「いけ!」


 短く声を掛け合って、読み通りに仲間が動き、ボールがリングネットを通る。


「っしゃーーー!」




 どんな転換点があったのか、忽然と緊張感による無駄な固さのとれた世良。その彼に引っ張られる形で、動きに精彩を取り戻し始めたチームメイトらは、拮抗したその試合をモノにした。


 試合後、どれだけチームメイトからその理由を聞かれても、彼がハッキリとした理由を告げることはなかった。ただ、何やら思い出し笑いをしながら「おまじないが効いただけだよ」と、嬉しげに話すのみだった。




◇◇◇




 あの試合以降――。


 世良は、詩織と顔を合わせては、頼んだ『おまじない』を実行してくれた姿を思い出して、口許を綻ばせている。


「また笑ってる! やっぱり、あれってわたしのこと、からかったんでしょ!」


 今日も、教室で会うなり弧を描いた唇を目敏く見付けた詩織が、拗ねたように言う。


「や、からかってないから! 誤解だって。それに、ちゃんと効果あんの見たろ?」


「確かに、勝ったけど」


 モソモソと言いながら、唇を尖らせる詩織は、まだ不満げだ。


 確かに、友人から教わった『おまじない』は、あまりに馬鹿馬鹿しすぎて、世良だって微塵も信じてはいなかったのだ。まあ、そんなことを言えば、せっかく話せるようになった詩織を怒らせるのも目に見えるので絶対に内緒なのだが。


 あの時、自分のお願いとも言えない言葉を受け取り、会場へやって来てくれた詩織を見付けて胸が踊った。それなのに、いざ向き合うと、お互いが何も話せないままただ時間だけが過ぎてしまった。


 だからこその、別れ際――。


 なにか一言絞り出さねばとの焦燥感に駆られた世良が、ようやく捻り出せたのは、友人から聞かされた『逆転のおまじない』だった。


 どこか頼りなげに、もじもじと眼鏡を直す彼女に気をとられてしまったせいかもしれない。


「俺たちが負けそうだったら、眼鏡を上下逆にして掛けて欲しいんだ」


 告げたときの、彼女のキョトンとした顔は、更に胸をポワリと暖かくするもので……。


 けれど観客席での、詩織の姿――照れながら、たどたどしい手付きで眼鏡をひっくり返し、羞恥に頬を染めるだけでなく、目を潤ませる様子ときたら!


(すっっっ……っげーー破壊力だった)


 あれは、プレッシャーに押し潰されかけていた世良の全身に、ドカンと気付けの雷を落とされた衝撃だった。


 お陰で、それ以降の試合は、大きく育ちすぎた緊張感から解き放たれ、試合での動きを劇的に変えるに至った訳だ。正しく、逆転のおまじないだった。




「聞いてる!?」


 もぉ、と頬を膨らませる姿もまた心を擽られる。けれど、コートで目に飛び込んだ姿は、衝撃的に可愛らしくて、本人を前に思い出さずにはいられない。


「あ、また笑ってるし!」

「気のせい、気のせーい。ふふ」

「ちょっ、もぉ」


「勝てたのは、お前あってのことだから。――……また、次も頼むな」


 彼女を目に止めるたび、口許を綻ばせてしまう副産物を残した『おまじない』。



「え!――う、うん。行く」

「ん。――また、楽しみにしてる」


「はぁっ!?」


 一拍於いて、若干の怒りに眉を吊り上げ、ぶわりと顔全部を真っ赤に染めた詩織が想像したのは、間違いなくあの『おまじない』だ。


 世良としては、来てくれるだけで充分なのだが、彼女の勘違いを敢えて否定する必要もない。


(次の試合の楽しみが増えちゃったな)


「よろしく。期待してるね」

「もぉっ、期待しないで。って言うか、どこであるのか教えなさいよね」

「ん。絶対に教える。分かったらすぐに連絡する」


 おまじないを切っ掛けに、彼女と話すことは一段と増えたし、気安さも以前の比ではなくなった。


『逆転のおまじない』は、試合だけでなく、膠着した関係までもをひっくり返してみせたのだった。


 願掛けならぬ逆掛け――



 世良の友人がもたらした『おまじない』の真偽は分からないけれど、どうやら世良と詩織には効果があったらしい。

新学期、新環境で落ち着かなくも眩しい日々。

ささやかな出来事が、トキメキをもたらすものだと良いな・との想いを込めて。


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